殺し屋と一般人
はじまりました。
(ふざけんな……!!)
ミハエルは目の前に広がる光景に、心の中で毒づいた。
ここはNYのスラム通り、薄暗い路地の真ん中である。
そんな状況の中、ターゲットは一瞬の隙をついて一般人の青年を人質にとっていた。
左肩を撃ち抜かれたターゲットは血まみれになりながら、青年に銃を突きつけている。
「はぁ……はぁっ……それ以上こっちに近づいたらこいつを殺す……」
息苦しそうなターゲットは、血走った目でそう言い放った。
「俺がそんなことで手を引くと思ってんのか?」
「はぁ……は……」
ターゲットはいら立ちと焦りを見せながらも、自身が生き残る活路を探そうとしているらしい。
このターゲットはプロの殺し屋業界で生き抜いてきたミハエルが、たかが一般人を人質にとられたくらいで諦めてくれるとでも思っているのだろうか。
プロの殺し屋には本来、こういった類の行動は意味がない。
……そう、本来であれば。
(くそ……このタイミングでこれはまずい……)
ミハエルはどうしたものかと次の一手を考えていた。
少し前なら一般人の命なんか目もくれず、ターゲットを殲滅していただろう。
しかし、今のミハエルにはどうしても一般人を巻き込めない理由があるのだ。
(組織のルールは周知されている……これで俺が一般人を巻き込んだことがバレればどのみち終わりだ……)
人質の青年は恐怖と困惑の表情を浮かべながら、こちらに懇願するようにジッと見つめている。
くそうぜぇと思いながらも、ミハエルはあくまで自分の今後のために、その場から動けずにいた。
「ははっ……!殺し屋ってのも大したことねえなあ!!口先だけかよ!!」
勝機を見つけたとばかりに目を輝かせたターゲットは叫んだ。
殺せないのは決して甘さや善意ではないのに、そんな不本意な言葉を聞かさたミハエルはいら立ちが沸点に達するのを感じていた。
その時……
グサ!!
「かっ……!……はあ……??あ……?」
その光景にミハエルは驚いて目を見開いた。
先ほどまでわめき散らしていたターゲットは、現状を理解出来ないといった顔で、首から血を噴き出している。
ブシャアアアアア
「おおおおおおおおお……が……!」
その瞬間、ターゲットの腕の中にいたその青年はしゃがみ込んだ。
それは状況を把握したターゲットが引き金を引こうとする一歩手前だった。
(今だ……!!)
バアン!!
ミハエルはその一瞬の隙を狙って、的確にターゲットの脳天を打ち抜く。
こんなことをしなくてもターゲットは確実に逝っただろうが、ミハエルの信念上あえてそうすることにした。
今、眼前には周辺に血をまき散らしながら、天を仰いでいる死体が転がっている。
これだけならば、ミハエルにとっては代り映えの無い日常だった。
しかし、今日は明らかな違いがある。
血まみれのターゲットから数歩離れたところに、この光景を作り出した元凶が1人、しゃがみ込んでいた。
「……おまえ……一般人か?」
「あ……はい。思わず……このままじゃ殺されるって思ったら……その……抵抗しました……」
「…………」
「………これ……僕……やばいですか……?」
「……ああ……。お前も、俺もな」
黒髪に健康的な肌色。
ミハエルは雰囲気から日本人か中国人だろうと考えていた。
歳の頃は同じように見えるその青年は、ジッとミハエルを見ている。
ミハエルは数十秒の間動けずにいた。
「あ……あの……!」
「……なんだ」
「た……助けてくれて……ありがとうございます!!」
白いシャツを返り血で真っ赤に染めた青年は、真剣な顔でそう言い放った。
「……お前……正気か……?そいつを殺したのはお前だぞ」
「あー……いや、まあ、これは何というか、不可抗力なんで……。あなたが最後、銃でとどめさしてくれましたし!」
「……そういう問題か……?」
「え……」
ミハエルと血だらけの謎の青年の間に、一瞬の沈黙が流れた。
「あー……。まあ、お前が一般人だってのは感覚的に分かるよ。ちょっと一般人にしてはイかれてはいるようだが」
「いかれてるって……」
「つーかそのナイフどっから出したんだよ」
「なんか、その人の後ろポケットから出てたから、ちょっと拝借しました……」
「お前……相当だな……」
「……ありがとう、ございます……?」
ミハエルは全く理解が出来ないという表情で天を仰いだ。
ターゲットの殲滅はできたといえ、この状況は非常にまずい。
ミハエルは今【一般人をどのような形であれ巻き込んでしまった】のだ。
このことが組織に伝われば、次に死体となるのは自分である。
「……とりあえず、お前には悪いがこっちにも事情がある。このまま帰してやるわけにはいかない」
「あ、そうなんですか……。……ちょうど泊まるところもなかったんで、助かります」
「……お前、本当にイかれてんな……」
「あ、え……すいません」
「とりあえずこれ着ろ。そんな血まみれで歩いてたら流石にここでも悪目立ちだ」
ミハエルは自身が来ていた黒の革ジャンを青年に渡した。
青年はありがとうございます、と小声で喋りそれを着る。
「これから俺の泊まってる場所に来てもらう。状況整理はそれからだ」
「はい……!」
捉えどころのない青年は、困惑しながらも素直にミハエルについていった。
ミハエルは混乱した頭で、星1つ見えないNYの夜空を見つめる。
(うまくやらないと、こいつも俺も……)
思考が深く沈みそうになるのをこらえて、ミハエルは足早に目的地を目指す。
青年はそれに黙ってついていった。
薄暗く、落書きだらけの細いスラムの路地に、2人の影が伸びていく。
これが殺し屋と青年の出会いであった。
この出会いが人生のターニングポイントになることを、2人はまだ知らない。
ミハエルはイケメンです。
一般人もそれなりです。
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