07 定番恋愛イベント、やめてください!
赤い目がじっと私を見つめている、吸い込まれそうな瞳に目が逸らせない。この目に見つめられていると本当に心まで操られてしまいそうだ。
「俺もう限界なんだ」
エロ匂わせ・あるあるセリフを吐かないで欲しい!
シキはもう一歩近くに寄ってくる、見上げると端正な顔立ちが私の真上まできていた。絶対ときめいたらだめ!だめだけど、さすが(元)推し……顔がいい!
「む、無理よ!恋愛禁止なんだから!」
「恋愛じゃない、食事のようなもの」
ぼそりと甘い低音が上から降ってくるので、私は自分の唇をガッツリと手でガードした。
そんな私の反応を見てシキは不満げな表情をすると、身体を傾けて顔を近づけてくる。
「ちょ!ちょっとまってってば!」
顔と顔が10センチというくらいまで近づいた!と思ったら、そのままシキの顔がぼすっと私の肩に乗っかった。
「え、シキ?」
高い背を折り曲げるようにしたシキは私に体重を預けている。……返事はない。
まさか……血が足りないのも、体力が限界なのも本当?
「シキ、大丈夫!?本当に倒れちゃったの!?」
身体を預けられて表情が見えないから、シキがどうなっているのか全く見えない。べちべちと背中を叩いてみる。
「……」
「ねえシキ!……あ!」
思わず声が飛び跳ねた。
――私の首筋に痛みが刺さったから。ぐにっと皮膚が圧迫されるのを感じて、牙が刺さる感触を感じた。
こ、こいつ!倒れたフリをして、私の血を許可なく飲もうとしたな!?そうだよ!吸血鬼はキスじゃない!首から血を吸うんだった!
押し付けられた牙は一瞬だけで、すぐに唇は離れたらしい――けど、ちろりと熱い柔らかい感触を感じる。……これ!舌だな!?
私はありったけの力を込めてシキを思いっきり突き放した。
「あっと……」
予想していなかったのか、血を吸ってなくてやっぱり元気がないからか、シキは簡単によろめいた。すんなりと私たちに距離ができる。
「今!私の血を!吸ったでしょう!」
「……未遂。牙をあてただけ」
シキはそう言ってちろりと唇を舐めた。鋭い大きな犬歯がのぞく。昼間に見た時よりも歯の主張を感じる。吸血行為の時は通常よりも鋭くなるのだろうか――ってそんなことを考えてる場合じゃなくて!
「血を吸うのは、絶対に、ダメ!」
私は自分の首を両手のひらで包んだ。ついでにさっき痛みを感じたところを撫でてみるけど、血は出ていない。
「えー……」
「言ったでしょ?血を吸うのは、客観的に見るとラブシーンに見えるって!」
「え、じゃあ今いちゃついてたってこと?」
「違う!嬉しそうな顔をするな!」
シキには全く意図は伝わらないようで、ニコニコしながらもう一度私に近づいてくる。
「じゃあ誰も見ないところに行こうよ。俺の部屋に行く?」
「行きません。どこであっても首への接吻絶対禁止です!」
「接吻じゃないよ……あっでも、プロデューサーがそう思うなら今のがファーストキスになった?」
「だから嬉しそうな顔をするな!違うから!」
話が本当に通じない!ついこないだまでアイドルを目指してたというのに言葉が荒々しくなってしまう。
誰か助けて欲しいけど、シキが私の首に舌を這わせたなんてことをメンバーに知られたら今度こそプロデューサーを辞めさせられてしまう。
「人目がある場所での吸血行為も、シキの部屋で二人きりの吸血行為もダメよ」
「なんでダメなの?」
また一歩シキが私に近づいてくる。後ずさりするけれど、私の背中はすぐに壁にぶつかった。
「ペットに餌を与えるのと同じ。誰にも見られないところならいいんじゃないの。二人きりの吸血行為がダメなのは、どうして?」
「どうしてって……」
そんなの、私がドキドキしてしまうからに決まってる!ペットになんかみえるわけない!
吸血行為といっても、やってることは首筋にキスをしているようなものなんだから!なんで吸血イベントが女性向け作品で人気なのかわからないのか!恋人になっていなくても理由をつけてイチャつけるからだ!
二人きりの部屋するなんて、無理無理無理。
「ドキドキしちゃうから?」
妖艶に微笑んだシキはさすが人気ナンバーワン。こんなスチル、見たことがある。あなたのその笑顔なら本当に銀河一のアイドルになれちゃう。
そうよ、私はシキと恋人になるんじゃなくて!シキをトップアイドルにするんだから!
担当アイドルと吸血行為で疑似イチャイチャなんて絶対によくない!恋愛を盛り上げるための装置に絶対屈しない!
「とにかく、ダメなものはダメ!」
声を抑えながらも鋭く叫んだ。シキはそれでもじりじり近寄ってくる。
「でも、シキが血が必要だということはわかった。他の女の子の血は絶対にダメ、だから私の血をあげる!」
「それじゃあ――」
シキがまた私に手を伸ばそうとするから、私はシキの手首をがっしりと掴んだ。
「ついてきて」
「プロデューサーの部屋に連れて行ってくれるの?」
嬉しそうな顔も声も無視だ!私は手首を掴んだまま歩き出した
・・・
「なんで保健室」
到着したのは保健室。プロデューサーの部屋に行けると思ったのに……とブツブツいう声は聞こえないふりをして「先生いますか?」と声を張り上げた。
「いますよ。あら、エイリさんと……彼は?」
「私がプロデュースすることになったグループのひとり、シキです」
先生はなんで男子生徒が?という顔をしていたけど、私の担当アイドルと知り納得した顔に変化した。
「先生、私の血を抜いてくれませんか?注射器、ありますか」
「ええ?」
先生は目を丸くした、後ろにいるシキの表情は想像しないことにする。
「彼、血が必要なので。献血したいんです」
・・
「味気ない」
「文句を言わないでよね」
先生から血の入ったシリンジを受け取ったシキは不満の声を出した。私たちは先生が用意してくれた椅子に向かいあって掛けている。
「私は血の気が多いから、ちょっと抜くくらいがちょうどいいわ」
血液検査で採るくらいの量だけど、一度に飲む量はそれくらいでいいらしい。そもそも別に血がなくてもなんとかはなるらしいけど、強力な栄養ドリンクのようなものらしい。これくらいなら定期的に血を抜いても問題ないと先生も言ってくれた。
「そのまま吸った方が美味しいんだけど」
「文句言わない」
じろりと私がシキを見ると、シキもそれ以上は文句を言わずに血を一気に飲み干した。
「何これ」
「ん?」
「そのまま吸うよりも、美味しい」
空になったシリンジをぼうっと見つめて、シキは呟いた。
「美味しい?」
「うん。やっぱりエイリ=メイの血だからかな。……すごく美味しい」
目の前で自分の血を飲んで美味しいと言われるのは微妙な気分である。今までゲーム内で吸血イベントを見ても萌えのひとつとして受け取っていたが、ジュースのように飲まれると気味の悪さがある。まあでもときめきは全く無いのでヨシとするか。
「なら、良かった」
「こんなに美味しいなら、直接吸ったらどうなるんだろう」
赤い目がまた私を捕らえて光る。
「……そういえば、私には催眠使わなかったね」
「せっかくイチャつけるのに、もったいない」
私はすぐに振り向いて先生に弁解する。
「今のは語弊がありますからね!断じてそんなことはありませんから!」
「ふふ、わかってるわよ。それよりシキくん。もう夜だからすぐに男子寮に戻ってくれる?今回は緊急事態だったみたいだけど、次に女子校舎に入ったらペナルティよ」
先生にはシキが血が足りなくてぶっ倒れていたのをなんとか連れてきた、ということにしている。
「すみません。……でも今後も頼むかもしれません。血はなるべく新鮮なほうがいいらしいので飲むタイミングで採血をお願いできますか」
先生にお願いしてみたけど、自分の血を提供するのに新鮮がいいとお願いするのは変なかんじだな。
「じゃあ私がレッスン場に行くわ」
「ありがとうございます」
「あなた1人から血を採り続けるのもね」
「誰か協力してくれるかな」
「もう誰の血も飲まない」
立ち上がったシキはいつものようにだるそうな雰囲気でなく、ぴしっと姿勢よくたっている。なんだか瞳に光も見える気がする。
「こんなに気持ちがはっきりして、美味しいのはエイリ=メイだけだ。もう他の血はいらない」
「ええ……そうですか……」
お前の血しかいらない。なんだか聞いたことのあるセリフな気もするけど、ときめきの欠片もないシチュエーションだな。
でもこれでいい。恋愛イベントを盛り上げる設定はどんどん破棄させてもらおう。




