06 乙女ゲームの定番イベント
ふう、疲れた。頭をフル回転させたからとにかく今は糖分が欲しい。
寮に帰ったらお菓子をたくさん食べたい。もう体型だって気にしなくていいんだもの、アイドルにはなれないんだから……。
夜が近づいてきて少し肌寒い。私は大人たちとのミーティングを終えて寮に帰ろうとしていた。
今日は今後のデビューまでのスケジュールについて話をした。
彼らのコンセプトについてや、デビューアルバムの構想まで。プロである学園長や事務所でプロデューサー経験のあるベテランの教師たちが中心となって話し合いを進めていて、私はメモを取るだけで必死だった。
彼らのプロデュースは今のところ、大人たち主導で行われている。
私はお飾りのプロデューサーのようなものだ。このままでいいの?……そう思った私に学園長は言った。
「デビューまでは私たち大人が階段を作っていくわ。高い階段をのぼって、窓から飛び出た後。どうやって羽ばたかせるかはあなたにかかっている。今は吸収して、彼らをどうやって輝かせていくか考えてちょうだい」
プロデューサーの卵として、今は私のことも教育中みたい。
安心すると同時に、3カ月後には卵を卒業しなくてはいけない!めちゃくちゃ難題でもある。
土台を作ってもらえるのは正直ありがたいけど、そこから自分がグループを先導していけるのか。自信はなんにもない。
そもそも私は彼らを、どんなグループにしたいんだろう。
正直、今はまだ何もわからない。とにかく今は目の前のことを全部ひとつずつこなすしかない!やれることをやろう!
気合を入れ直し、歩きながらコスモを起動させた。
彼らの今日のスケジュールを確認すると、ネル以外はきちんと授業に出てレッスンを行ったようだ。ネルはサボっているけど、まあ彼の得意分野であるダンスの基礎レッスンなのでヨシとするか……いや、彼は協調性のなさ、自分勝手なところが問題だから1度態度についてはなんとかした方がよさそうだ。
シキはあんなにぼんやりとしているけど案外真面目らしく過去も授業はしっかり出ていたみたい、サボリ癖はなさそうだ。
――私が授業を受けることはもうないんだなあ。
彼らがレッスンをする間も、私は大人と仕事をする。
これからも寮には住めるけど、もう学生ではない。本当にアイドルの夢は終わってしまったんだという現実が突き刺さる。
ギャラクシー☆スター学園は3年制の学校で、芸能界を夢見る生徒たちにとって自分の魅力を売り出すチャンスの場でもある。
この学園の生徒は常に練習生として、色々な事務所から注目を浴びる。才能がある子は1年生の春だろうが、スカウトされて学園を去る。
3年最後まで残る=どの事務所からも声が掛からなかった。という残酷な仕組みだ。
もちろん卒業と同時に事務所への所属が決まることもあるけれど、才能があって学園から出た後にスタートして活躍する子は卒業時まではいない、と言われている。
……私もこれでいいんだ。3年の秋、もう後はなくなってきていた。
道はちょっと外れてしまったけど、ちゃんと新しい道にいけたんだから。
少し寂しい気持ちもあるけれど、お別れをいう友達も私にはいない。
というより、この学園では友達を作ることは難しい。
皆がライバルで、いつ引き抜かれるかと常にギラギラとしていて、あまり仲間意識も芽生えないから。
寮までの道、校舎の傍を通ると切なくなる。もう私はダンスレッスンやボイトレを受けることもないんだな。
……あれ?
今、校舎とダンススタジオの隙間に入っていったのは、女生徒と……男性じゃなかった?
どきりとする。
この学園は、学び舎が男女でしっかり別れている。未来のスターの卵に変な虫がつかないように、外部の人間も入れないようになってる。それなのに女子校舎に男性が?
背が高い女生徒……いや今のはどう見ても男だ。180cmはあったように見える。
まずい。変質者が女生徒を襲おうとしているのかもしれない。
コスモの緊急通報をすぐ押せるようにして、私は慌てて人影を追いかけるた。
夕方が終わりを迎える時間、校舎とダンススタジオが隣合うその通路は暗い。
その暗がりに浮かび上がるのは、やはり男女で。男が女性の頬に手を当てて唇を近づけていく。女性も嫌がることなく受け入れているように見える。
――あ、もしかしてラブシーン!?変質者ではない?
でもこの学園は恋愛禁止だ。見てしまったからには止めた方がいい?どうしよう!
ガタン。
お約束だけど、建物の壁に立てかけてあった何かの板に足をかけて思い切り物音を立ててしまった。
男がゆらりとこちらを振り向く。
それは――シキだった。
「シキ!?な、なにしているの!?」
相手がシキだとわかると大きな声が出た。変質者ではないことへの安堵と、シキがここにいる純粋な驚きだ。
「あ。プロデューサー」
シキは少しだけ驚いたようだけどいつもと変わらない口調で私を呼んだ。
女の子は私の声には反応せずに、シキの胸にしなだれかかっている。
「何しているの?その子は誰?恋愛禁止よ!私とだけじゃなくて、誰とも禁止!」
目の前に広がる光景は、アイドルとしてあってはならないものだ!私はズカズカと二人に駆け寄る。
だけど、私がすぐ近くまで来ても女生徒は反応なく、こちらも見ずにシキの胸にもたれたままだ。
「え、もしかして、この子体調が悪い?――ねえ、あなた大丈夫?」
女の子はぼんやりと私を見た。ああよかった、気を失っているわけじゃなさそうだ。
見たことがある、同じ学年のアイドル志望の子だ。いつもはつらつとしている彼女がこんなにとろんとした目をしているなんて本当に体調が悪そうだ。
「ええと、誰だっけ……あーそうだミヤビちゃん。ミヤビちゃん大丈夫?シキ、保健室に連れて行きましょう」
「ああ、大丈夫だよ。その子、俺が催眠をかけているだけだから」
「さ、さいみん……?」
私の心配をよそにシキは謎の言葉を発した。全く理解できなくて私は赤ちゃんのように言葉を繰り返すしかできない。
「うん。変なことはしてないよ。血をもらう前に少し言うことを聞いてもらってるだけ」
「血……?」
「でも、プロデューサーがヤキモチやいてるからやめるね」
理解が追い付いていない私の前で、シキはミヤビちゃんの耳元に唇をよせて「もういいよ、自分の寮に戻って」と言った。すると彼女はぼんやりとしたままゆっくりと建物の間から外へ出て行く。
そして、ミヤビちゃんが完全に隙間から広い場所へ出るとシキはパンッと手をたたいた。
横顔しか見えないけれど、ぼんやりと虚ろな目をしていた表情がはっきりとする。
「あれ?なんでこんなとこいたんだっけ?」
ミヤビちゃんは首をひねりながら呟くと、まあいいかとそのまま寮の方へしっかりとした足取りで歩いて行った。
「ど、どういうこと……シキあなた何をしていたの」
「血をもらおうとしてた」
「血?」
「うん。さっきミエルがやる気出せって言ったから。俺、血飲まないと気力がわかなくて」
そうだ、シキは吸血鬼だった。
ゲームでもその設定は十分に生かされていた。乙女ゲームは吸血設定が好まれる。ユニ☆キラアプリでも、何度もメイはシキに血を吸われていたし、吸血スキルが官能的で刺激的で大人気だったんだ!
「あの子の血を吸おうとしてたのね。……で、操るって何?」
「そんな強力な物じゃないから大丈夫」
「強力って……あなたは人を洗脳できるの?」
「血を吸う前の一瞬だけ。悪用はしてないよ」
「どうしてここに?男子禁制の校舎よ」
「操って、入れてもらった」
「こんなこともうしたらダメだよ、もうシキはデビューを控えたアイドル候補なんだから」
「ヤキモチやいてくれたんだ」
「違います!」
行動に悪気がないどころか、自分に都合のいい勘違いをして少し嬉しそうなシキ。
「あのね。シキは3カ月後にはデビューするの。こんな行動をしていたら記者に撮られてしまったり、ファンに見つかる可能性がある。吸血行為といっても、はたから見れば女の子とイチャイチャしているようにしか見えないの!」
「イチャイチャしてるように見えた?」
「ラブシーンを覗いてしまったと思ったわ」
「それで止めてくれたんだ、嬉しい」
全く話が通じる気がしない!シキの嬉しそうな顔は続いている。
「ヤキモチで止めたわけじゃないから。アイドルを管理するプロデューサーとして止めたのよ」
「なんだ」
「もう絶対ダメだよ」
「でも血を吸わないとやる気がでない」
そうだった……ユニ☆キラアプリには、体力ゲージみたいなものがあって各キャララブアイテムとイベントを起こさないとしばらく行動できないという設定があった。時間回復が煩わしくてアイテム課金をしまくったなあ。
性格だとかはゲームの設定と変わっているのに、こんなところは引き継がれてしまっているの!?
シキと起こすラブイベントはもちろん、吸血。アイテムは私の血、だ。
「他の女の子の血が飲めないなら、プロデューサーの血を飲ませてよ」




