WOLF-GATER
60年前に日本を変えた警備システム『ヴォルフゲーター』。
ゲートを通過するだけでその個人の犯罪歴を含めた情報が提示され、危険度が示される。
主要都市を中心に広められたシステムは最初こそ批難されたが今ではもう日常に溶け込んでいる。
新調したスーツに身を包み、無機質な回廊に一定のリズムで足音を立てていく。
最奥にたたずむ大扉を前に一息ついて男は中へと入る。
「失礼します。本日付で第一課に附属することになった弥陀 冬獅郎です」
大部屋の中央に座る男に呼ばれて弥陀は局長室を訪れた。
局長はサングラスをかけうつむいている。
「ご苦労。君の能力はその辺のエリートを優に超えている。自覚は?」
低く響き渡るような声だ。
「知能や身体能力については同期と変わらない実力だったと自負しています。飛びぬけた成果は特別なかったかと」
「私が聞きたいのは……少し幼稚な言い方をすれば、君の超能力についてだ」
(俺が隠し通してきた能力をこいつは知っているのか?)
誰にも言ったことのない、弥陀の秘密。
ヴォルフゲーターに見つからず、殺人さえできる力。
それを有効的に扱うため、彼は刑事という立場となった。
「超能力というと?」
いったん弥陀は様子を見る。
「とぼけなくてもいい。私も同類だ」
弥陀は信じなかった。
そんな存在は20年生きてきて出会ったことも見たこともない。
「まあいい。あまり時間がないから短く話す。質問は認めない。まず君を迎えるため、第一課のメンバーは全員クビにした。今のメンバーは君だけだ、好きに人員を補充してくれ」
普段通りとでも言うかのように局長は意味不明な事を言うが、弥陀は静かに訊く。
「もう一つはさっそく捜査をしてもらいたいということだ。正直どれほどの実力を持つ敵かわからん。相手は裏社会の大物、五十嵐 郷。彼が表社会に進出する可能性があるという情報が入った。すでに彼は政界の人間を数人殺している」
聞いたことはある。五十嵐 郷、数年前から注目されるようになった人間。
「了解しました。すぐに現場に向かいます」
弥陀は一礼し部屋の扉を開ける。
「待ちたまえ」
その一言に動きが止まる。
「五十嵐は見つけ次第殺せ。君ならできるはずだ」
「……了解」
第一課のためだけに存在する待機室に弥陀は座り込む。
弥陀は拳銃の整備をしホルスターに装備していた。
1課のメンバーは弥陀一人だが、数人は好きに選んでいいらしい。
だがそれはこの捜査が終わってからだ。
人ひとり殺すだけなら、他の人間は足手まといだろう。
「五十嵐 郷か。一撃で仕留めよう」
弥陀は五十嵐が組長をする童雪組の総本部がある六本木に出向いていた。
やけに人が少ない。
(まあ最後にここに来たのは3年くらい前だからこんなものか)
童雪組の本拠地。一見ただのオフィスに見えるが中身はクズだらけの掃きだめだ。
弥陀はネクタイを締めなおす。
グレーの引き戸を開け、組員たちの目を集める。
このフロアにいるのは20人程度。
「てめぇ、ここは童雪組だ。お前みたいなやつが来る場所じゃねえ」
髪を刈り上げたヤクザが血相を変えて叫んでくるが、弥陀はなにも言わず部屋の奥にある階段をめがけて歩く。
組員が次々に武器を手に取る音が聞こえる。
「お前ら、こいつをやっちまえ!!」
先ほどの男の声が響き渡ると他全員が走り出す。
「馬鹿どもが……」
弥陀は振り返り、大きく目を開いて呟く。
「倒れろ」
弥陀の声が組員の鼓膜を打つと同時に白目をむいて倒れていく。
死んではいないが、弥陀は力の制御ができない。
それだけが弥陀の問題点だった。
「なにやら騒がしいな」
階段を下りてくる音が聞こえる。
そこにいたのは小ぎれいな黒いスーツを身にまとう男だった。
「五十嵐?」
「ご名答だ。見たところ俺の部下たちは血がついていないな。何をした?」
五十嵐は落ち着いていた。
この有様を目の当たりにして恐れない彼は一体何者なのか。
「話している暇はない。的はお前だけだ。」
弥陀は再度、呼吸を整えて五十嵐を倒す準備をする。
目を大きく開き五十嵐に目を合わせる。
「死ね」
組員たちと同じように力を使うが五十嵐に変化はない。
「何?!聞いていないだと?死ね!!」
「さっきから何をやってる?いや、わかるぞ。お前異能力持ちだろ」
弥陀は焦る。
はじめての相手に対抗策を考えるが、残された道は一つしかなかった。
(銃を使いたくはなかったな……)
弥陀が腰のホルスターに取り付けた拳銃に手を伸ばすが突然、体が重くなった。
五十嵐の能力だった。
五十嵐は右手を体の前で強く握りしめ目を黄色く輝かせている。
「お前もッ……同種か」
彼の能力は重力を変えることであった。
上手く使えば他人の能力を防ぐことさえできるようだ。
「それでも!」
弥陀は重くのしかかる重力の中でなんとか銃を取り出し、五十嵐に発砲した。
しかし弾丸は五十嵐に到達するよりも前に重い重力に転がり落ちる。
勝つ術がないと悔やむ弥陀だったが突然身体が軽くなる。
何が起きたのかは不明であったが咄嗟に弥陀は拳銃で五十嵐の脳天を一撃で打ち抜く。
任務を成功させた弥陀が童雪組を出た後にオフィスに残っていたのは気絶した組員と風穴の開いた五十嵐。
そして局長だった。