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『ワンルーム』

『ワンルーム』という小説を読み終えたとき、涙が出た。非正規雇用の貧しい男と女が同棲して懸命に生き、迷いながらも結婚して子どもを持とうと決意するまでの物語だった。

 ストーリーはありふれているが、登場人物の心の動きの描写が新鮮で繊細で、私は完全に感情移入して読み耽った。

 新人文学賞受賞作品だった。

 受賞者のペンネームは恒河沙網。

 私も同じ賞に応募していたが、完全に負けた、と思った。同時に清々しい気持ちで、こんな作品を書けば受賞できるんだな、またがんばろう、と決意を新たにした。

 私は『ワンルーム』を文芸雑誌の受賞作品特集号で読んだ。

 恒河沙さんってどういう人なんだろうと思いながら、受賞者のことばのページを開いた。

「恒河沙網は僕の作品ですが、その小説は僕の作品ではありません。なぜなら、恒河沙は僕がつくった小説執筆AIだからです。恒河沙に小説を書かせたのは僕ですが、僕自身が小説を書いたわけではない。僕には小説を書く才能はありません。しかし恒河沙には『ワンルーム』を超える作品がいくらでも書けると確信しています。恒河沙の小説が読者に受け入れられることを願っています」

 そのコメントは私を混乱させた。

 恒河沙網はAI。人間ではない。

 AIが小説を書けることは知っていた。しかしこんな完成度の高い心震える小説を書けるようになっていたなんて。

 編集部のコメントが掲載されていたので、それも読んだ。

「編集部が恒河沙網がAIだと知ったのは、『ワンルーム』が最終選考に残り、連絡先に電話したときでした。恒河沙の製作者は正直に作者がAIだと明かし、資格がないのなら辞退すると私たちに告げました。編集部は会議を開き、『ワンルーム』は却下するには惜しすぎる作品だと判断し、最終選考委員会にゆだねることを決定しました」

 次は選考委員Aのことば。

「『ワンルーム』を書いたのがAIだという情報はあらかじめ伝えられていた。私は同作には受賞資格はないと判断し、参考程度に読んだ。しかし読後には、その判断はくつがえっていた。最終選考作品の中で抜群であるばかりでなく、日本文学史上に残る傑作だと断言できる。私はAIがここまで到達したことに感動すらした。恒河沙網の次回作が読みたい。私は『ワンルーム』を推さざるを得なかったのである」

 選考委員Bのことば。

「『ワンルーム』は選考委員全員一致で受賞作となった。我々が小説に対して真摯であろうとすれば、そうなるのは必然だった。人間の時代は終わるのかもしれない。恒河沙網がこのレベルの作品を書き続けられるのなら、私は引退を考える。それほどの衝撃だった」

 選考委員Cのことば。

「恒河沙網が特異なAIで、唯一無二の存在であることを願う。今後、恒河沙に追随するAIが登場するならば、小説家という職業は消滅してしまうだろう。しかしすでにAI画家、AI作曲家が美術、音楽の世界を席巻していることを考えると、文学にはそんな事態は来ないというのは儚い夢でしかない。人間の芸術がAIの芸術に敗北しつつある今、人間の存在価値はどこにあるのか。恒河沙網を製作したのは人間だが、彼はAIがより優れたAIを製作する時代が来ると言っているそうだ。人類は万物の霊長の座をAIに譲り渡すことになるのかもしれない」

 私は選考委員をつとめている有名なプロの小説家たちのことばを読んで、虚しさを覚えた。

 彼らですらAIに対して敗北感を抱いている。

 自分など、どれだけがんばっても恒河沙網に勝てるわけがない。

 小説を書くモチベーションが一気に消え失せた。

 私は泣きながら、めちゃくちゃ苦労して書いた自作小説のデータをすべて消去した。

『ワンルーム』の書き出しをもう一度読んでみた。

 名文だよ、ちくしょう!

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