僕はギターを弾きたい
僕はギターを弾けるようになりたい。そして、バンドをやってみたい。
ギターは先日、先輩の引っ越し準備を手伝っていたときに、持っていけないからと渡されたものだ。
でも、僕はギターどころか音楽の授業以外で楽器に触れたことがなく、指の動かし方も譜面の読み方も全く分からない。
だから今、音楽に詳しい親友の湊に教えて貰おうとお願いしている。
それなのに···
「楓にギターを弾ける筈がないだろ。楽器を弾くどころか譜面すらも読めないのに、バンドなんて夢のまた夢だ。諦めろ」
苦々しい顔をしているのが気になるが、頭ごなしに否定された俺はついカッとなって言い返した。
「やる前から決めつけてるんじゃねえよ!やってみないと分からないだろ!」
「ならやって見せてみろよ!」
「ああ!やってやるよ!その代わりに弾けるようになったら、バンドを組むって約束しろよ!」
「できたらな」
売り言葉に買い言葉で大口を叩いた俺だが湊の他に教えてもらえるほど仲がよくて、音楽に通じている人はいない。
どうしようか、思い悩んだ末に書店でギターの本を買って読んでみたが音楽の知識がある程度ないと理解できないためすぐに行き詰まった。
そんなところに救いの手が差し伸べられた。
お母さんに頼まれて家のポストから新聞紙を取ったときに、何か冊子のようなものが地面に落ちる。
「なんだこれ。音楽練習帖?」
冊子は紙束をホッチキスで纏めただけの手作り感満載のもので、表紙には大きく「音楽練習帖」と書かれている。その下に結城楓と僕の名前が記名されていた。
得体の知れないものではあったがギターの練習に行き詰まっていた僕は縋るような気持ちでそれを手にとって部屋まで持ち帰って読んだ。
「書店の本とは全然違って分かりやすい。しかも、初歩の初歩から載ってる」
それは音楽の基礎知識が手書きで、でも綺麗な字で書き詰められたもので、中盤以降はギターの弾き方と練習用の曲の譜面が少しずつ難易度を上げていく形で書かれている。
湊を見返してやるために僕は何度も何度も冊子を読み込んで、実践して譜面の意味を理解して簡単な練習曲からチャレンジしていった。
最初は頭と指が連動しなくて、違う弦を弾いたり、タイミングがズレ放題だったが何度も繰り返すうちにすらすらと弾けるようになってくる。
そして、最後の曲を通しで弾けるようになった。
最後の曲には冊子の中に入っていた技術や記号がどの曲よりも多く使われていて、まさに最終テストのようなものだった。
「あれ、まだページが続いてる」
湊を見返しに行く前にもう一度おさらいしておこうと思った僕は最後の練習曲の後にページが残っていることを発見した。
そのページを開くとメッセージが残されていた。筆跡はそれまでの綺麗な字とは違って少し乱雑だが同じ人物が書いたものだと直感した。
"楓、このページを捲ったということは冊子に書かれている技術をマスターしたんだろう。おめでとう"
メッセージを読んだ僕はこの冊子の作成者が誰なのかを確信した。僕はギターを抱えて冊子を手に握ると、家を飛び出て走る。
行き先は高木と表札が掛けられている家だ。たどり着いた僕はベルを鳴らした。
「はーい。高木です····あらこんにちは、結城くん。息子の部屋はあちらにあるわ」
高木おばさんがにっこりと笑って僕を家に上げた。
おばさんの言った通り、右端の部屋にノックをした後入る。部屋の中に居たのは譜面を書いていた湊だ。
「久しぶり、湊」
「そうだな。ギターは弾けるようになったのか?」
あれだけ否定した手前少しぶっきらぼうに、それでいて心配するような表情で尋ねた。
「湊がくれた冊子の曲は全て弾けるようになったよ」
「気づいてたのかよ。お前はやればできるくせに何もないとすぐに諦めるだろ。でも、負けず嫌いだから厳しい言葉をかけてやれば何がなんでも最後までやりとげるかなと思って、ああ言ったんだ。ごめんな、酷いことを言って」
湊が苦々しい顔をしていたことへの疑問にも答えが出た。バンドをするために、僕がギターを確実に弾けるようになれるようああ言ったのだ。
「あのときはこちらこそ怒ってしまってごめんな。ところで何を書いていたんだ?」
僕が湊の机に置かれている譜面を指差して聞くと、湊は恥ずかしそうにしながらも答えた。
「それはいつか楓がギターを弾けるようになったときにバンドをするための曲を作っていたんだ」
それからは二人で、湊が作った曲を弾いたり、久しぶりの雑談をしたりして、日が暮れるまで笑いあった。
僕たちの奏でる曲はまだ始まったばかりだ。