前編
婚約破棄もの書いてみたくて、挑戦してみました。
短編のはずが、思ったより長くなったので前後編に分けました。
楽しんでいただけたら幸いです。
――思い出した記憶の最後は、道路に飛び出した子供を蹴り飛ばした直後、迫って来ていたトラックにぶつかった所だった――
誕生日のパーティーを終えて自室に戻った私は、唐突にひどい頭痛と吐き気に襲われて蹲っていた。
その時に、頭の中に溢れ出したのは、多分、所謂前世の記憶なのだろう。
「いや、我ながら、もうちょっとマシな助け方無かったわけ?」
前世、どうやら二十歳そこそこで死んだっぽいが、最後の光景は衝撃的だった。
飛び出した子供を助けようとした。
これはいい。
でも、助け方よ。
走り込んだ勢いのまま、利き足をそっと添えた後、思い切り振り抜いて、幼気な少女を歩道の方までぶっ飛ばしたんだけど……
いや、まぁ、あのタイミングじゃ抱き上げて離脱なんか不可能だっただろうし、二人仲良くミンチになるよりはマシだったろうけども!
せめて“子供を蹴り飛ばして轢かれた女”ではなく“子供を助けて身代わりに轢かれた女”として取り上げていて欲しいものだ。
――うん。
現実逃避はこの辺にしておこう。
頭痛や吐き気なんかも治まったし、まずは部屋にある姿見で今の姿を確認する。
18歳の誕生日を迎えた私こと、アリシア・リーステイン。
それなりのバストにくびれた腰、スラッと長い脚。
正直、前世の私よりもスタイルがいい。
ちょっと目付きがキツ目だけど、顔立ちも整ってるし、キレイなプラチナブロンドの髪は緩く縦ロールしている。
挙げ句の果てに、この私“伯爵家の娘”らしい。
――うん。
我ながら、もの凄く“悪役令嬢”って言葉がしっくり来る容姿をしてるな。
さらには、18年間生きてきたアリシアの記憶が間違いなくある中に、別の20ん年くらいの記憶が混ざった感じになっている。
「えっと……つまり、最近流行りの異世界転生ってやつかぁ」
まさか自分が体験する事になるとはね、異世界転生。
ん?
何で異世界って言いきれるのかって?
アリシアの記憶の中で見た世界地図的なものに、地形、地名、国名、何一つ前世の記憶と一致する物が無かったの!
まぁ、それはさておき、私が転生してきたこの国、結構ヤバイっぽい。
滅亡へのプレリュードが第二楽章に入りつつある。
いや、王家はマトモっぽいんだ。
あちこちで起こる問題を、少ない税収で対応し、それでも足りない時には国王自ら身銭を切って賄っているらしい。
なので、私がイメージしていた王族の、いわゆるロイヤルな生活とは程遠い暮らしをなさっている。
そのため、国民達も貧しい生活を余儀なくされつつも、王家への信頼は厚い。
一方で、領主含めた上流貴族達からの、王族への風当たりは強い。
自分達が徴収した税を納めて、国を回しているのに、自分達への見返りが少ない、と言うのが言い分だが……
正直、本来納められるはずの税の、実に6割強が着服されているようだ。
それでよくまぁそんな事を言えたものだと思うが。
この国の学問の進みはかなり遅れているようで、前世で言うところの“簿記”など、1割できればいいレベルのため、資金運用もどんぶり勘定なのだろう。
それではいつまで経っても、税収は安定しないし、国民も富むことは無いだろう。
……と言っても――
「お嬢様。 旦那さまが執務室でお呼びでございます」
「――わかりました。 すぐに行くと伝えてください」
――私は、私が出来ることをやっていきましょうか。
せっかく転生したのに、滅亡や没落などゴメンですので。
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さて、前世の記憶が蘇ってから、はや4年。
それはもう怒涛のような毎日でしたとも!
まずは、お父様と共に、我が伯爵領に集まってくる税収が正しいのかの確認。
その結果、地方の下級貴族含め、実に7割近くの者達が、多かれ少なかれ着服していた事実が発覚し、これを断罪。
問題が、帳簿が“正しいのか”を判断できる人材の不足にあるとして、私が主導し、急遽簡易の“学校”を設立し読み書き計算の基礎を徹底的に叩き込んだ。
それにより、伯爵領に限って言えば、民の生活水準が劇的に改善し、税収も上がったのだ。
その功績が認められ、陛下へのお目通りが叶った際に、次の策を発動。
今度は王家を味方に付けることに成功した私は、非公式で相棒となった第4王子と共に、伯爵領でやった税収の見直しを行ったのだ。
――そして。
「アリシア。 そなたの協力のお陰で、随分とこの国の膿を取り除くことが出来た。 心から礼を言う」
「……もったいないお言葉。 身に余る光栄です」
王城内の一室に、国王陛下と、企みの相方たる第4王子のカイル、そして私の三人が集まって、最初の一言がいきなりコレだ。恐縮してしまう。
なんだかんだ言っても、上流貴族アリシアとしての人生も長くなってきたが、元々は日本人。
急に社長クラスと面会とか言われても、キョドる。
「アリシア、この部屋には関係者しかいない。普段通りでいいと思うぞ?」
「カイルの言う通りだ。 公式の謁見ではないしなぁ、気軽に話してくれ。 そもそも――まぁ、これはいいか」
ソワソワしている私に気を遣ってくれたのかな?
さっきの、ザ・国王な雰囲気から一転、一気に近所のおっちゃんな雰囲気になった陛下。
「わかりました。 ではお言葉に甘えまして――そろそろ仕上げですが、そちらの首尾は?」
「あぁ、頼まれていた資料もあらかた用意できている。 お前と公爵家令息の婚約発表のパーティーも、つつがなく執り行えるだろう」
そう言ってニヤリと黒い笑みを浮かべる王子。
多分、私も同じような顔をしている事だろう。
「全くお主らは……よくもまぁこんな方法を考え付いたものよ。 もっとも、こうでもせねば対応できぬ程までにしてしまったワシの責でもあるが。 アリシアよ、お主、一部の貴族達からなんと呼ばれているか知っておるか? “悪鬼令嬢”だの、“悪魔の娘”だの、ロクな物がないぞ?」
「あら、どちらの方がそんな酷い事を? きっちり断罪して差し上げないといけま――」
「「やめてやれ!」」
「――納得いきませんわ」
随分とあんまりな呼び方をされているらしいので、もう少しイジメ――ゲフンゲフン――厳しく躾けて差し上げようかと思いましたのに。
「なんにせよ、貴族連中からの評判は戦々恐々としたものだが、逆に民からの評判はこれ以上無い程に良い」
「『人は城、人は石垣、人は堀――』と言った人もいます。 人材こそが最大の守りになるのですよ。 だからこそ、私は徹底的に民衆を味方に付けたのですから」
――そう。
明日に控えたパーティーで行う発表で、この国は騒然となるだろう。
でも、民衆が私を――王家を信じてさえくれれば、すぐに立ち直せるはずだ。
――さぁ、最後の仕上げを始めようか。