03話 わからない 後編
こうして一つ目のシーンの撮影が終わったため、昼休憩に入った。
ロケ弁当を頂き、俺と下野瀬、詩音さんとマネージャー四人でまとまって昼食をとっていた。
「いやぁー!俺も詩音ちゃんに秘密を打ち明けられたいですわ!さっきのシーン良すぎましたよ!」
と下野瀬は能天気にナンパをしている人のように詩音さんに語りかけていたが、詩音さんはそれはどうも。とクールにあしらっていた。
詩音さんのマネージャーはというと、もうちょっと素直に喜んだら?と微笑ましく会話に混ざっていた。
能天気とクールと保護者。なんという異色な組み合わせ…。
これは面白すぎると違うところに俺は笑っていた。
丁度食べ終わった頃、監督が現れちょっといいか?と俺だけを連れ出した。
「朝に話した夏向のシーンだが、セリフを全部取っ払うことにした。」
「台詞なしということですか…?」
思いも寄らない監督の答えに俺は一瞬動揺した。
監督の意図や考えはやはり、斜め上をいっている。
想像もつかないところから提案が舞い込んでくるのだ。
この監督の突飛な発想は一体どこからやってくるのだろうか。
本当にすごい…。
「台詞なしに夏向の表情に一点を置くんだ。この青を背景にしているから言葉がなくても十分に語ることはできる。この心情の変化を観客に伝えるには言葉ではなく表情や仕草、行動で語ることでより決意したことを伝えられると思うんだ。」
「監督…。俺正直この主人公の心情の変化の速さにどうしても違和感しか感じられないんです…。あまりにも速すぎて、人ってそんな簡単に変わる生き物じゃないと思うから…。」
と本心を打ち明けた。
監督はやはり察していたのだろうか真剣にこちらの意見を受け止めていた。
「俺もそうだと思う。これまで生きてきた中そういった経験は何度もしてきたからね。だけど、やってみてほしいんだ。お前のこの主人公を俺は見てみたい。」
やってくれるか?と監督は俺に聞き、俺は頑張りますと答えた。
………お前のこの主人公。
不思議な言葉だなと思ったが、なんとかやりきろうと思った。
昼休憩が終わり、早速撮影が再開した。
詩音さんは今日の分の撮影が終わっていたが、見学したいというため現場に残っていた。
青くて地平線すらも見えないどこまでも続いている広い広い海。
その海をぼぅっと眺めていた。
監督は再び歩み寄り、まずは自分が思うままにやってくれと一言残し、すぐさまモニターの前へと戻っていった。
………深呼吸をした。
俺はなんとしてでもこの役を演じきるんだ…。
ほんばーーーーん!!!と再び現場に緊張感が走った。
そうしてカメラのフィルムが回り出した。
よーーーーい!アクションッ!!!!
瞼をゆっくり閉じる。
冷たい風が心地よい。
再び目を開けたが、太陽の光が眩しくて少し目をかすめてしまう。
ゆっくりと両腕を広げた。風を全身で感じることができた。
海の音が鳴り止まない。
再び目を閉じた…。
―――――――カット!!!!!
現場は騒つく。
ある人は美しい。またある人はクギ付けになったなどスタッフさんから溢れる言葉は様々であった。
監督は何かを考えている様子であったが、俺には何も言わずもう一度と呟き、再びカメラは回った。
だけれども、何度やっても主人公の心情がさっぱり掴めない。
理解ができなかった。
どんなに必死に歩み寄り続けてもこの役はどんどん遠ざかっているような気がした。
理解ができないことが増え続けていた。
3テイクのうちどれも特段代わり映えのしない映像がそこには映し出されていた。
俺は監督の思いに応えることができなかったと思っていたら…
スタッフ一同、下野瀬や詩音。よかったとそれぞれ口を合わせていた。
当の本人は全然そんなことなないと思っていたが情けないことに、ありがとうございますと何度も頭を下げることしかできなかった。
その横で監督は何か考えているような様子をしていたが、俺は気がつくことができなかった。
こうして、重要と言われていたシーンも淡々と終わりを告げた。
最後まで主人公の心情に理解ができぬまま今日の撮影が幕を閉じた。
俺はたくさんの人をまた欺いたとしか思えなかった…。