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白鳥の子  作者: 夏凪カナメ
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02話 月夜の音色 前編


その日の仕事はいつもより早く終わった。

長丁場の予定ではあったが、順調に撮影が進んだのだ。

俺はどことなく気持ちが晴れやかではなかったから、実家近くの居酒屋で一人晩酌をした。


テェーン店の居酒屋、店内は薄暗いが個室になっており、人目を気にすることなく落ち着いて過ごすことができる。

テーブルにはビールとお通しの豆腐やピリ辛きゅうり。

そして、この店の目玉メニューであり俺の好物でもあるトロトロのチーズが包みこまれている軟骨入りのつくねが3個。

俺の目の前に並べられたそれらは輝いて見えた。



「自信がない少年が好きな女の子のために必死になる物語か…。」

ぼそっとため息を吐くように口から溢れた。

俺は今とある映画の撮影を行っている最中である。

俺はその主人公の少年の役を演じる。



主人公はどこにでもいるような平凡な学生。

内気な性格で読書が好きだという。

ある日、いつものように学校の図書館で読書をしていると、一人の少女に出会う。

明るく天真爛漫な少女に振り回される日々を送るが、ある日を境に突然少女が図書館に現れなくなった。

少年は気になり、思い切ってその少女の担任の教師にどうしたのかと尋ねるが、少女は難病を患っていたという事実を知る。

その担任の教師に、少女の命は残り少ないから仲良くしてやってくれと頼まれる。

そして少年は…



…といった定番的な内容である。

いわゆる、青春恋愛映画だ。

しかし、その映画の中盤で少年は、自分の“存在価値”というものとは何か苦悩する。



生きるべき人間は少女ではないのか。

少女は家族にも友人にも愛されている存在であるから、ちっぽけな自分の命と引き換えに彼女が生き続けることができないのか。

少女のように周囲の人間とうまく関わり合えない不器用な自分などはどうなったっていいのではないか。



自己肯定感の低さから生まれた苦悩。

その少年の苦悩は物語を終える瞬間まで続く。



……俺自身、その少年の存在意義というものはもうすでにその少女のためにあったから苦悩し続ける意味などなかったのではないかと考えてしまう。

簡単に言えば、少女のことが好きだということ。

俺にはその少年の答えがもう出ていると思っているから、どうしても物語中盤の少年の苦悩の場面にどうも感情移入ができないのだ。

というか、「今は彼女のためにできることをするべきなんだ。」とセリフでもろ自分の存在意義を語るのだ。



もうその少年は存在意義が見つかっているだけでも幸いなことなのに…と羨ましく思ってしまう。

演じる当の本人は、絶賛自分自身の存在意義を見出せていないのだから…。


「はあ…。」

と大きなため息をついた。

――――まずい。

これ以上ここにいたら負の感情が俺を飲み込む。

ビールをグイッと飲み干し、すぐさま席をたった。




会計が終わり店の外に出た。

店の外といっても、この居酒屋はコンサートホールもある大きなビルの中にあった。

居酒屋の他にもファミリーレストランやファーストフード店、美容院や服屋、さらには病院まであった。上層階はオフィスにもなっている。

したがって、ファミリー層向けや仕事をしている人など様々な人をターゲットにしているお店が充実しているからか、コンサートがない日でも多くの人で賑わっていた。

ちなみにコンサートホールは上の階にあるらしい。




――――――ピアノの音が聞こえてきた。




居酒屋があるこの1Fの中央部分にはホワイエがある。

そこにはアップライトピアノが置かれていて、それは誰でも気軽に演奏することができた。

人通りが多いためか、大抵いつも誰かがそのピアノを奏でているため、ホワイエには美しい音色が響き渡っているのだ。

ジャンルは様々で、ショパンやベートーヴェンといった有名なピアノ作曲家の曲を演奏している人もいれば、今流行りの曲を奏でていたりと様々な人がいて楽しい空間になっている。

そのアップライトピアノは壁を背に置かれているため、奏者がどんな表情で弾いているかは分からない。

音色だけが全てなのだ。

見ず知らずの人が演奏し、見ず知らずの人が聴いている。

一瞬の出会いとひとときをこの空間は作り出しているのだ。



(なんだっけ…。この曲どこかで聞いたことがある…。懐かしいな…。昔、ピアノを習っていた時に誰かが弾いていたような…。)



芸能界に入る前、小学生の頃ピアノ教室に通っていた。

結局、中学に入る前に辞めてしまったため、6年ほどしかまともに弾いたことがない。

それでも、有名なピアノ曲を弾いたり聴いたりはしていたため、このホワイエで弾かれている曲名は大抵分かる。

その懐かしさに惹かれたのだろうか、俺は無意識にホワイエへと吸い込まれていった。


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