プロローグ
――――あの青い空を飛ぶ白い鳥はどうやら仲間とともに飛んでいくらしい。
渡り鳥。遠いところから一時的に訪れる者たち。
彼らは生き残るためとはいえ、命がけで壮大な海を越えてくる。
その中でも、彼らはとある季節の訪れを告げるかのように現れる。
白い体に優美な羽をもつ鳥。
白鳥。
その白い鳥は、何羽かの群れを成して訪れる。
仲間。
その白い鳥は、仲間が傷ついたとき飛び立てるまでいつまでも一緒に待つらしい。
どんなに辛くて、痛くて、苦しくても…。
命を落とすリスクというものはあるはずだ。それなのに信じて寄り添い続けるその暖かい強さは固い絆で結ばれているというものだろうか。
世界が崩壊する寸前。
一面に広がる美しい青と眩しい光。
ガラスのように割れている水面に反射するのは二人の影。
空にはあの白い鳥の群れが自分たちの居場所へと再び戻っていくのだろうか。光に飲み込まれるかのように飛んでいく。
――――君を待っている人が呼んでいるよ。
そういって彼女は微笑んだ。
儚くて美しい彼女が。
ガラスのように透き通った目に雪のような白くて細い腕、彼女の姿そのものがまるで幻のように感じてしまう。風が吹いたら消えてしまいそうなほど。
――――まだ君に何も返せていない…。
彼女は驚いた顔をしたが、すぐさまそんなことはないよと訴えた。それどころか、救われたのは自分のほうであるし、何もしていないよと。
……いいや。間違いなく彼女は世界を変えたのだ。
あんなにもモノクロームのような毎日。自分を肯定しない日々。たくさんの人や物を数えきれないくらい欺いてきたと告白したあのとき。
引き上げてくれた。寄り添ってくれた。
自分で自分の傷口をえぐり続けていたことに終止符を打たせてくれた。
「…なた…」
もう声がかすれていた。どうやら本当に時間がないらしい。
そう思った次の瞬間風が強く吹いた。
雫がふわりと舞い上がる。光の中へ吸い込まれるように…。
離れていく手と手。
どんなに必死に抗おうとしてもこの世界はそれを許してはくれない。
だからせめて、この記憶を無くさぬようにこれから証明しようではないか。
命が燃え尽きるその瞬間まで、自分がその世界に存在する意味を問い続けたとしても
自分で自分を苦しませることはもうやめにしよう。
その世界でこれからも生きていくのだと白宮夏向は心に強く誓った。