扉の先には
4層に足を踏み入れて、最初に感じたのは異様なまでの静けさだった。
3層までと比較しても全く何も聞こえないというのは異質だ。例えトレジャーハンターが1人も潜ってない日だとしても魔物が生息しているのでその移動する音や息遣い、戦う音などが空気感としてかすかに感じられるはずである。
一体何が起こっているのか。皆目見当がつかない。
「……とりあえず、慎重に行こう」
鉱石は二の次だ。魔物に注意して進んでいこう。一応この層に住む魔物は全て事前に話に聞いて頭に入れている。そうやすやすとやられることはないだろう。本来この層に出ない魔物が現れたのであれば直ぐに逃げればいい。勝てるか勝てないかはさておいてそれが異常事態なのは変わらないのだから。
ゆっくりと注意深く迷宮の探索を続ける。4層の地図を見ながら、とりあえずは5層への階段がある部分まで行ってみることにする。経路をこの目で見て実際に通って知っておきたい。地図で見るのと自分で行くのとではやはり大きく違う。
が、
「魔物が……いない?」
30分ほど進んでは見たが、全く魔物に遭遇しない。勿論声も聞こえないままだし、魔物の死体が落ちているわけでもない。
だれか他の熟練ハンターが4層に下りて魔物を全て殺していったのかもしれない。それならこの状況にも説明がつく。魔物の死体は時間の経過とともに迷宮に取り込まれやがて魔力に変換される。その魔力でまた別の魔物が生み出され、その魔物の死体がまた別の魔物の糧となる。
ダンジョンはそんな風にして稼働している。ダンジョン自身が生きているのか、それともそんなシステムというだけなのか、それはまだ解明されていないがどうにもダンジョンには魔力の核と呼ばれる器官があるそうだ。
だから死体がないことは不自然ではないし、ハンターが殺し尽くしたのならまだ納得がいく。だがそれほどの腕を持つハンターが潜っているという話は今日は聞いていない。
「どうなってんだ……」
わからないことだらけだが、取り敢えずこのまま進んでいく。道程はもう半分ほどを過ぎた。何度か分かれ道があったりしたが地図があるので迷うことはないだろう。
そしてそれからまた30分が経った。
「……結局、遭遇することなくここまで来ちまったな」
目の前に広がるのは5層につながる本来の階段。普段であればここまでたどり着くには最低でも4、5回は戦闘をこなさなければならないのだが……結局、今日は1回も戦闘が発生することもなくここまで来てしまった。
「どうする……?このまま戻るか、それとも――」
5層に下りるか。
安全に行くならこのまま戻った方がいいだろう。5層の魔物は勿論だが4層よりも強い。その4層ですら戦ったことがないのだから5層に挑むべきではない。
「どうにもきな臭いんだよな……1層に上がってきてた魔物といい、逆に魔物のいない4層といい、今までになかったことが起きてる」
それに例の噂だ。ボロボロのフードを被った魔物のような人間。最近下層で目撃されるようになったというが今のところ誰も正体を知らない。
目が合ったら身動きが取れなくなるらしいが、その謎の人物はその後ジッと見てきた後どこかへ消えるという。襲ってくることもなく、謎の多い不気味な存在としてトレジャーハンターの間で語られている。
「……いや、戻ろう」
しばらく考えてからそう結論付ける。ダンジョンの異常は気になるが俺はまだトレジャーハンターになってから1ヶ月しかたってない駆け出しもいいとこだ。
そんな奴が下層に現れて何ができるわけでもない。ダンジョンの異常だけをハンターズギルドの職員に報告して素直に他のハンターに調査してもらうのが得策だろう。
こんなところで、命を使う必要はない。
5層の階段から振り返り、今来た道を戻る。来る時は取らなかった鉱石等を取りながら帰れば今日の晩飯代は稼げるだろう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……で、なんだこれは……」
そんな風に思って鉱石堀りに夢中になっていたら、道を間違えた。
そこまではいい。問題はその道が地図に載っていない道だったこと。
それに気付かず進んでいって、その最奥で俺を出迎えたのは豪奢な装飾を施された銅褐色の扉だったのだ。長年使われていなかったのだろう。その扉は錆びてくすんていた。
全体的に土がうっすらと付着している。だが、取っ手の部分だけが綺麗だ。何故か、……つまるところ誰かがこの扉を通っている。
鬼が出るか、蛇が出るか。……中を少し確認するだけするか。
「ぐっ……」
開くため取っ手を持って押し開ける。重い。吸血鬼になっていなければ恐らく俺一人では開けられなかったに違いない。
ガリガリと地面と擦れる音を響かせながら扉が開いていく。中は真っ暗だ、俺の目でも上手く見通せない。
扉が半分ほど開く。人が一人ギリギリ通れる程の広さだ、もう少し広げようと、1歩踏み込んで扉に体重をかけようとする。
そのときだった。
「は?」
扉の先に踏み込んだ右足が空を切る。驚いて足元に目を向けて見ると、そこには地面がなかった。
扉を押し開けるために全体重を前に傾けていたものだから俺はブレーキをかけることも出来ずに体を宙に投げ出してしまう。
「あっぶ!!!」
慌てて扉の取っ手を両手でつかむ。取り敢えずこのままぶら下がれば落ちることはな――
バキッ
「うっそでしょ……」
無慈悲にも鳴り響く破砕音、根元から折れる取っ手。……ああ、そういえば錆びてるってさっき自分で確認したじゃないか。
後悔も束の間。俺は抵抗もむなしくどこまで続くかも定かでない奈落の底に落ちていった。
ゴッ