5話
走って家に帰り、部屋に籠る悠。頭の中にはグチャグチャとしたものが次々に浮かび上がってくる。そもそも自分は人に好かれるような人間ではない。みんなが良いと言ってくれたところは全て、自分を守るための偽物の自分なのだから。これ以上距離が近づけばそんな自分を守る皮は剥がれていき、素が見えた瞬間に嫌われてしまうのではないか。そう思うからこそ、悠は誰に対しても踏み込みすぎないようにしていた。自分の嫌なところを見られて失望されたくない。それに、相手の嫌なところも見たくないから。そうして、嫌なところを見ずに生きてきたから、誰にでも優しくできるのだ。嫌いなところが無ければ優しくできる。優しくしていれば優しくしてもらえる。深く考えたことはなかったが、こんな打算が自分の中にはあったのだろうと悠は思った。自分を分析していくと、嫌なところしか出てこない。
近すぎず、遠すぎない距離感。それで上手く回っていたのに、何故今になってこんなことになったのだろうかと思い返す悠。なつきと遥香とは心地よい距離感を保っていたし、これからもその距離感でこの関係が続くと思っていたのに。なつきも遥香も、わざわざこの関係が壊れるかもしれないリスクを負ってまで、思いを伝えたり、付き合いたいと思ったのだろうか。それとも、そんなところまで考えずに思いを伝えたのだろうか。
智美も、自分に話しかけてくれた優しい先輩で、ちょっとした変化にも気づいてくれ、信頼できる先輩なのかもしれないと悠は思い始めていた。だからこそ相談をしたら一目惚れだったと言われてしまったわけだ。悠からしたら困惑以外の言葉が浮かんでこない。好きがわからないと言ったのに、好きだと返されても答えられるわけがない。
みんな、みんないい迷惑だ。
そんな考えに至った瞬間、悠は自分を叩く。
「なんだよ、迷惑って、何様だよ……嫌だ、自分が嫌だ。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い」
布団に潜りこみ、声を殺してただただ涙を流す悠。
そんな悠の部屋のドアがコンコンと叩かれた。
「だれ?」
泣いてることはばれたくない悠は、短い言葉で尋ねる。
「悠ちゃん、私。琴音だよ」
悠は、驚きすぎて涙が止まってしまった。何故ここで遥香の姉である琴音が部屋を訪れたのか全く分からなかった。遥香が相談したのか、それとも智美が何か伝えたのか。たまに遥香の家でゲームをする時に一緒に遊ぶ程度でそこまで深い付き合いがあった訳でもないのに何故琴音がわざわざやってきたのかわからなかった。ただ、どういう理由にしろ今の顔を見られたくない悠はドアを開けることなく話をする。
「なんで、琴音さんが?」
「いつも一緒の3人が別々に登校してるわ、悠ちゃんは何故か1人で走って帰ってるし心配にもなるでしょ。 家に帰って、遥香に理由聞いても答えてくれないしさ。だから来ちゃった。どうしたの」
琴音の優しい声が聞こえるが、悠は何も言えずにいた。そんな悠を見かねて琴音が話を続ける。
「悠ちゃん、いつも遥香と仲良くしてくれてありがとね。遥香ね、家でもよく悠ちゃんの話するんだよ。悠はね、なんでも一人で抱え込んじゃうからもっと話して欲しいんだけどどうすればいいかなって相談もよくされるんだ。話はたくさん聞いてくれるけど、自分のことはあんまり話してくれないってさ、本当は嫌われてるのかなって言ってたこともあったんだ」
「え? そんなわけない。なのに何で」
悠は驚いた。嫌われたくないから、自分のことなんかで手間をかけたくないから。遥香やなつきとは笑っていたかったからこその行動が、遥香を不安にさせていた。遥香がそんなことを考えていたなんて思わなかったのだ。
「相談のこと以外だと、なんかねーー、あんまり名前を呼んでくれないって言ってたよ。悠は用事があっても、ねぇとかあのさって話しかけてくるばっかりであんまり名前呼んでくれないって拗ねてた。恋する乙女かよって思わずツコッンだらさ、そうだよって堂々と返されて驚いたよ」
琴音が、可笑しそうに笑いながら話す。遥香は自分の恋心を琴音に話していたのだ。
「遥香、悠ちゃんに言ったんでしょ?昨日返ってきたと思ったら、悠に負担かけちゃったって泣きながら言ってきてさぁ、何事って聞いたら、気持ち伝えちゃったって。言わない方がいいこと分かってるのにってさ。なつきちゃんも同じこと思ってるらしいよ。本当、2人とも悠ちゃんの事大好きだよねぇ。
あとね、智美覚えてる?智美もさなんか悠ちゃんを一目見たときから気に入ったらしくて、話してみたいけどいきなり教室に遊びに行ったら怖がらせてしまうかもしれないって何度も相談してきて。私にきっかけ作ってって言ってくるんだよ。だからさ、今度部室にでも遊びに来てあげてよ」
悠の知らない2人の気持ちに、智美の知らない一面にハッとする。3人が3人とも気にかけてくれていたのに自分の事ばかり考えて、傷ついたのはまるで自分だけかのような反応をしてしまったことに気が付く悠。申し訳なさや、不甲斐なさからポロポロと涙が次から次へと溢れてくる。
自分が傷つきたくないからという理由で、相手を傷つけてしまっていた。そもそも智美に関して言えば、出会って1か月、ちゃんと話したのは昨日が初めてだというのにここまで考えてもらっているのにあんな態度を取ってしまうなんて 何をしているのだろう。
「琴音さん、どうしよう。そんな風にみんなが思ってくれてること知らなかった……」
まだ間に合うのなら、もう一度2人と仲良くなりたい。智美のことをもっと知りたい。それが悠の素直な気持ちだった。もう一歩、踏み込んだ関係に。
「どうすれば正解かなんてわからないけどさ、今の気持ち全部吐き出しちゃえばいいんじゃない? 当たって砕けろって言うじゃん。私は遥香のことしかわからないけどさ、少なくとも遥香は悠ちゃんが気持ちをぶつけてくれたら喜ぶと思うよ」
琴音のその言葉で悠は決心する。全てぶつけてしまおうと。それで壊れる関係ならそれまでなんだ。いずれ崩壊する。だったら今、気持ちを伝えてみようと。
気持ちが鈍らないうちに行動をと、悠は遥香、なつき、智美にメッセージを送った。『話がしたい』と。もしも聞いてもらえるのなら、公園に来てほしいとう旨のメッセージを送ると、悠は琴音にお礼を告げ、公園へ走った。
公園のベンチで、気持ちが鈍らないように自分に言い聞かせ続ける悠のもとに、足音が3人分。悠の目の前に、遥香、なつき、智美の3人が並んだ。皆走ってきたのだろう、肩で息をしている。悠は立ち上がり、3人に少し近寄ると、口を開く。
「みんな、ごめんなさい。自分のことばっかり考えて、みんなから逃げてしまって」
そう言って頭を下げた悠は、頭を上げると同時にそのまま話続ける。
「自分の気持ちを話させて。えっと、まず皆が好きって言ってくれたこと自体は嬉しかった。でもね、皆が好きだって言ってくれる自分は素の自分じゃないというか、嫌われたくないからやってるだけだから、皆が好きっていう水嶋悠って私のことじゃないんじゃないかって思うと辛くて。それに、これ以上距離が近くなってしまったら、素を知られて嫌われるんじゃないかって思うと怖くてだから、名前も呼べなかった。そしてあと1つだけ。やっぱりね、私は好きがわからない。恋とか愛とか全然わからないんだ。これから先その感情が私の中に生まれないとは言い切れないけど、少なくとも今、私の中に好きという感情は誰に対しても存在してない。だから思いには答えられない。だけどムシのいい話かもしれないけど、なつき、遥香それに、智美先輩とはこれからも仲良くしたい。これが私の気持ち」
悠は自分の思いを、上手くはないが、それでも一生懸命に伝えた。誰も口を開くことなく時間だけが過ぎていく。もうダメなのかと悠が諦めかけたその時、遥香が悠に抱き着いた。
「悠! 私、怖かった。あんなこと言っちゃって、悠が離れていったらどうしようって。気持ちを教えてくれてありがとう。それと、私こそごめんね。悠の思いに気が付かなくて、一人で自分と闘い続けてたんだね。私も悠とこれからもっと仲良くなりたい。悠のいいところも悪いところも知っていきたい。悠が恋愛感情を持てないならそれでもいい。私が悠を好きって思いは変わらないからさ」
遥香が気持ちを伝えると、なつきも、悠を抱きしめる。
「悠。本当の気持ち教えてくれてありがとう。私もさ、遥香と同じでこれからもっと悠を知りたいし、悠にも私の事知ってほしい。それにさ、悠は今までの自分は本当の自分じゃないっていうけど、あの悠も悠の一部なんだよ。嫌われるのが嫌だからだったとしても優しいのに変わりはないじゃん? だいたい考えすぎなんだよ。もっと私たちを頼れ! 悠が嫌って言っても離れたくないくらい私も遥香も悠のことが大好きなんだからさ」
悠は、なつきと遥香からの言葉に泣くつもりはないのに涙が溢れてくる。そんな悠にハンカチを渡し、智美も話始める。
「悠ちゃん、あの時はごめんね。私は、なつきちゃんや遥香ちゃんみたいに悠ちゃんとずっと一緒にいたわけじゃないから、色々言えないけど、私も、悠ちゃんのこともっと知りたい。もっと仲良くなりたい」
素を出して思いを伝え、それを受け入れた上で仲良くなりたいと言ってくれる3人に涙が止まらない悠は、なつきと遥香の胸でしばらく泣き続けた。ありがとう。何度もそう言いながら。
以上になります。
ありがとうございました。




