3話
「しばらく生徒会を休むだぁ?」
「はい」
時刻は昼休み。俺は今会長にしばらくの間、放課後の生徒会活動を休止したいという申し出をしていた。
「なんでだ?」
会長はキッと俺の顔を見る。真剣な表情なのはわかってる。けどやっぱりその目付きの悪さだと、どうしても怖くて言い淀んでしまう。本当に、もう少しだけ、目付きだけでもマイルドにしてください。
「その、来月の9月末に部活の大会が控えてるので。そこで僕も一応役者で出るので、放課後はそっちの方に専念したいなと………」
昨日のことがやはりまだ胸に引っかかっている。きっと心のどこかで彼女達の意見に同意してしまっているからだろう。だからこそ、それを取り除くため、そして先輩のためにできる最大限のことはやりたい。
「そうか、まぁ大会ならしゃーない。それに、球技大会の方はあとは当日の仕事だけだし、他にやることは殆どない。だからこっちはそんなに心配しなくて大丈夫だぞ」
「ありがとうございます」
会長は先程とは違って優しそうな表情で言う。いつもそんな感じの表情だったら、1年生(主に俺)からビビられないのに。
「なんだよ、そんなにビクついて。そんなに俺が怖かったのか?」
「え、えぇ。先輩の圧というか目付きが………」
目付きは生まれつきだよ!と言われながら蹴りを一撃食らう。俺は蹴られた所を擦りながら教室に戻っていく。あの人確かテコンドー習ってたとかいってたので、だいぶ加減はしてくれてるだろうけど、結構痛いな。どことなく奏に似ている感じがあるなぁ、と思いながら俺は5限の準備を始めた。
―――――――――――――――――――――――
「お疲れ様です」
「あ!あっきーだ!」
木曜の放課後。今日は7限の日だったので、いつもより練習時間は短いが、これから毎日遅れることなく参加出来る。と、気合いを入れていたところ昨日と同じく小田先輩が飼い主を見つけたかのように、凄い速さで直接的な近寄ってくる。
「今日生徒会は?」
不思議とブンブン振っている尻尾が見える気がする。
「大会も近いですし、放課後の参加は自粛して、こっちの練習に励もうかと」
「なるほど!いいねぇ、いっつも低燃費なのに今日は一段とやる気だねぇ!」
「それを言うなら省エネでしょうよ………」
あっはは!と先輩は笑いながらまたビューンと別の部員の方に行ってしまった。本当、元気だな。俺はとりあえず荷物を置いて、先生から拝借したパソコンを起動する。昨日からの続きだ。今日はアニメーションの時間の設定とか、細かいところに手を加えていこうと授業中に考えを巡らせていたのだ。もちろん、ちゃんと板書はしてるよ。聞いてないだけ。
「――――――でさぁ、」
「え、マジ?!ウケる!」
「――――ここの所をこうして…………」
「ふむふむ、あー、なるほどぉ………」
「…………」
集中している俺の耳に届く声。その声は練習している人達の声だけではない。先輩と先輩に指導を入れてもらっている部員、それとヘッドフォンをして効果音やBGMの録音をしている人、そして雑談に花咲かせている人。
真面目なものであればそこまで気にはしないが、どうしても今必要ない情報が耳に入るだけで、そっちの方へと意識を持っていかれる。俺が来てから大体10分。ずっと青木さんと前村さんは談笑している。無駄に大きな笑い声が、耳に残る。今は先生もいないし、先輩は指導していて手が離せない。かと言って、俺がどうこうできる問題では無いのだが。
「どうしたん?秋坂」
「え?」
不機嫌感丸出しな俺に話しかけてきたのは、音響担当の町田だった。
「いつも以上に顔キモイよ」
「顔がキモイのはいつものこと………じゃねぇよ、お前こそなんだよ」
こいつは俺が唯一遠慮なしに言える異性である。デリカシーは無いわ、空気は読めないわで結構危なっかしいやつなんだが、消して悪い奴ではない。多分自分に素直なんだろう。
「私は休憩ついでにプロジェクターどんな感じかなと思って見に来ただけ」
「まぁぼちぼちってとこだ。結局、通しで合わせてみないとなんとも言えん」
「だよねぇ」
そう言いながら町田は水を飲む。俺もそれに釣られるように、近くに置いてある水筒に手を伸ばす。
「なんとも言えないよね」
「まぁな、けど通し練習ができる日なんて土日ぐらいしか……」
「そうじゃなくて、アイツら」
そう言って、町田が指す方には以前変わらず談笑している前村さんと青木さんの2人がいる。
「あぁ……」
「前村は今ん所仕事がないにしろ、青木の方は役者なんだし、ちょっとはしっかりして欲しいよねぇ」
「でも、あまり強くは言えない。下手なこと言ったらあの二人が辞めかねない。そしたら全部台無しになる。それに、今はあの二人よりも石垣さんの演技の方をどうにかした方が………」
「確かに、それは言えてるかも」
もう1人の部員である石垣さんは役者志望で滑舌は良いのだが、動きがぎこちない感じでそこで足止めを食らっている。先輩も先生もそっちの方の指導に専念しているので、俺たちは放置されているのだ。
「じゃあ私、持ち場に戻るわ」
「おう」
そんな会話を終えて、俺も作業に戻る。相変わらず、あの2人は練習をする気はないようだ。スマホをいじったりして、遊んでいる。俺は極力2人の方を見ないように、作業の方に集中する。あぁでも、やっぱり、中学の頃に付いた癖なのか、無意識に周りの声を鮮明に聞き分けるのは止めることはできなかった。
―――――――――――――――――――――
「ねぇ、あっきー」
部活が終わり、時刻も6時半。次の電車は7時と言ったところで、先輩がいつもとは違った元気の無い声で呼んできた。なんだろう、部活で疲れているのかな。
「なんですか?」
「いや、その…………2人のこと、なんだけど………」
2人?2人というのは俺の中で思い当たるのは多分青木さんと前村さんしかいないので、多分その2人のことだろう。
「ごめんね、私が不甲斐ないばかりに………」
「どうしたんすか?急に」
「今日、練習中ずっと2人を睨みつけるような視線送ってたし」
え、そんなことしてたのか。完全に無意識だった。中学の頃は色んな意味で荒んでいたので、気に入らない人とかいると睨んでしまう癖がある。気をつけなければ。
「あ、あぁそうっすか?多分気のせいっすよ、ほら俺、目細いんで、睨んでいるように見えただけっすよ」
「そ、そう?」
俺は笑って誤魔化す。こんな話を個人でしてくるということは、先輩もあの2人についてなにか思うことがあるのだろう。それに先輩は優しい。だからここで俺が不満でも漏らしたら先輩はそれを自分の責任だと言って、自分を責めてしまう。先輩は何も悪くないのに。
「そっすよ、別に2人を見てただけなんで何も問題ないっすよ」
「そう、それなら良かったんだけど。もし、なにか嫌なこととかあったら言ってね?こう見えて私、一応先輩だから………」
そういう先輩の目はやっぱり責任を感じている。下手に気を使わせてしまったかもしれない。
「そうっすね、じゃあ一つだけ」
「………な、なに?」
「あんまりお菓子食べすぎると太りますよ。あと、偏ったものばっかり食べてると体調にも悪いですし。先輩好き嫌い多すぎです」
「あっきーは私のお母さんか!それに、私は体調どころか風邪すら引いたことないよ!!」
俺がいつものようにいじると、先輩はいつもの元気さを取り戻す。これでいい。先輩はこうやって元気に振舞っているのがいいんだ。だから、先輩に無駄な心配はかけられない。やはり、俺がどうにかしなくちゃいけないのかもしれない。
「先輩……」
「ん?」
「馬鹿は風邪ひかないって、知ってます?」
「私馬鹿じゃないもん!もう、あっきー酷くない!?」
そんな俺のいじりにオーバーすぎるリアクションをする先輩を置いて、俺は自転車を漕ぎ出す。
「じゃ、電車あるんで。お疲れ様でーす」
「あっ!覚えとけよー!!」
そうやって最後まで見送りをしてくれる先輩は、いつも通りの元気いっぱいで満面の笑みを浮かべていた。
あの2人について、俺は考えを巡らせる。さすがに関係が悪化するほどのことは今は言えない。だけど、少しだけ、少しだけなら大丈夫だろう。集団などの組織では、誰か敵となる対象が居れば円滑に回ることがある。俺は自転車を漕ぎながら覚悟を決めた。
モチベに繋がるので、ブクマ、コメントよろしくお願い致します!