ロスト・アポカリプス in ロスト・ワン 滅亡三夜目
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「起きて! おーきーてー! おはようおはようコケコッコー! 朝だよ朝だよ。天使が起こしてあげてるんだ起きたまへー」
「……道化だな」
山城の体感では意識を失っていたのは、時間にしてほんの数秒だ。目を開けると殺人天使ガブリエルの顔がある。もしかしたら、天使の顔をした悪魔に地獄に連れていかれたのかもしれない。
「ガブリエル、殺人罪で訴えられるぞ」
「ごめんって。だからこうして膝枕をして謝罪してるんだよ」
山城の後頭部には暖かくやわらかい枕――すなわちガブリエルの太ももの感触がある。
「ガブリエルって呼び方はなんか味気ないよね。これから世界を救う旅は長くなるわけだしさ、もっと親密な呼び名にしようじゃないか。ガブさんとかどうだい?」
「なら、そう呼ぼう」
「決まりだね! ボクは君を朱雀くんって呼ぶよ!」
「わかった。ところで、ここはもう異世界か?」
「その通りだよ。朱雀くん、ものすごく精神図太いね。殺された直後に周囲の確認ができるなんて、今までどれだけの修羅場をくぐってきたの」
「くぐってない。僕を撃ったのは、必要だからやったんだろ? なら、仕方ない」
「うん、あの世界での体と魂のリンクを一度切らないと、異世界に移動できないからね。初めて殺されるのには勢いが必要で、できるだけシリアスにならないように軽くやったつもりだけど……後からめちゃくちゃ怒られると思ってたよ。心が広いじゃあ足りないくらいの懐の広さだね」
山城は冷静に辺りを見渡す。森の中のようだ。ガブリエルの頭のさらに先には木々の葉っぱが広がっている。葉の合間に見える空の色は、少なくとも地球と同じ青だ。
「世界を救うったって具体的になにをすればいいんだ?」
ガブリエルに頭を預けたまま山城は聞いた。
「何をするか、から調べないといけないんだよね。ボクにわかるのは、残念ながらこの世界――マリンカリンの世界が破滅の兆候を見せているという事実だけで、具体的に何が原因かはわからないんだよ。数十年前訪れた時の情報からの推理でよければ一つだけ心当たりがあるんだ。この世界には人間を脅かす魔神がいて、世界を壊しそうな存在って言ったらそいつかなぁ」
「魔神か。実にわかりやすくて助かる。とりあえずそいつをぶっ飛ばせばいいんだな」
「あくまで魔神が原因である可能性が高い、であって確定ではないんだけどね」
しゃべりながら、ガブリエルは山城の髪の毛を撫でまわしていた。
「キミの髪、羊の毛みたいな感触で気持ちいいね」
「天パなだけだ。放っておいてくれ」
木々の上から複数の視線が山城達に注がれているのに気づく。猿に似ているが明らかに地球には存在しない種類の獣がじっと二人を見ていた。
「獣がこっち見ているんだが、襲ってはこないよな?」
「大丈夫だよ。彼らもきっとレベル差を理解してるからね! 今の朱雀くんはなななななんとこの世界の<人間>における最高レベル99とユニークスキルを渡しておいたからね! 感謝したまへ」
「それがあっさりと可能なガブさんが、実は最強じゃないのか?」
「英雄を創り上げるのは得意だけど、自分が戦うのは不得意だよ。それこそスライム一匹すら殺せないね」
「そうなのか。戦闘になる前に、特殊能力を把握しておきたいんだがいいか?」
「もちろん! 魔法少女に変身する力を上げたよ」
「なるほど。それは便利そうだな」
「冗談だって! 真面目に受け取らないで! こっちが困るから!」
「あんた、大した道化だな」
「キミの能力は<武装複製>。手に持った武器を複製する能力だよ。剣とか槍はもちろん、キミが武器と認識すればそこら辺の木の棒の複製もできるよ!」
「なら、一度殺された憂さ晴らしに、そこら辺の石に能力を使ってあんたを叩きのめしてみるか」
「……え? 冗談だよね? 朱雀くんって冗談言いそうにないだけに怖いんだけど!? 膝枕をしてあげるいたいけな天使を殺すなんてえげつないことしないよね」
「いたいけな天使は人の頭を銃で貫かない」
「それはごめんって! さっき許してくれたじゃん! ほんとに殺さないでよ!」
うるうると目をうるませて懇願しだすガブリエル。本当に弱いみたいだ。冗談で言ったつもりの山城だが、無表情で言っているので、本人には自覚がないけれど洒落になっていない。「冗談だ。別に怒ってない」と山城は一言添える。
「あのさ、膝枕もいいんだけどさ、そろそろ移動しない?」
「できればこのままひと眠りしたいが」
「ボクの足がしびしびしてきたんだけど」
「仕方ないな。また後でやってもらうとしよう。謝罪分はまだ終わってないぞ」
「朱雀くんって意外と自分の欲に素直なタイプなの!?」
「どうだろうな」