ロスト・アポカリプス in ロスト・ワン 滅亡十九夜目
「やっぱり死にたての死体はいいですネェ! たっぷりとエネルギーが残っててみなぎりまス!」
レベルでは、間違いなく山城が勝っている。では、なにがネグロスに有利をもたらしているのか? それは経験だ。ネグロスは戦闘経験が豊富であり、自身の能力を完璧に使いこなしている。
山城は人間としては最強クラスの力を持っているが、致命的に戦闘経験がない。
「潰しきらないうちに絶命してくださイ! 修復が面倒なのデ!」
山城を押しつぶそうとネグロスが力を込める。
「ガ、アァアアア!」
「あなたは不思議な人ですネ。レベル的には相当強いはずのに戦闘技術が拙イ。普通、レベルの上昇に伴って戦闘技術も磨かれるはずなのですガ」
ぼろきれの奥の赤い瞳がおかしそうに三日月状に歪む。
ネグロスの言う通りだ。もっと、もっと能力を活かさなければ。ガブさんが僕にくれた力――武装複製。武器の複製をする能力。単純に考えろ。この能力の強みを。
それを最大限に生かす戦い方を――。
「山城様を助けてください!」
アリタリウスの号令で迫力に圧倒されて動けずにいた護衛達が盾を持ってネグロスに突進する。彼らとネグロスの間にはレベルの差があるだろうが、全力の突進は死霊術士を少しだけぐらつかせる。
山城は渾身の力を込めて棺桶を押し返す。わずかな距離が開いたところで棺桶に蹴りを叩き込み、無理矢理距離を離させる。
「しぶといですネ」
「これから世界を救うつもりだからな。こんなところで終われるか」
「面白い人ですネ。人間の英雄願望はとうの昔に潰えたと思っていたのですが、まだ存在していたのですネ。もし、世界を救うという行為が、我らが魔神を倒すという意味ならば、中位存在のあなたごときには無理ですヨ」
「やってみないとわからないだろうが」
「やれやれ、無知とは怖いですネ。ま、いいでしょウ。どうせあなたはここでワタクシの人形になるのですかラ!」
ネグロスのように自身の能力を活かせ。レベルだけに頼るな。
そう自分に言い聞かせる。
「もう、負けない」
「ほウ?」
山城の人生において戦闘の経験なんてせいぜい不良との喧嘩が関の山だ。それがこの場に活かせるはずもないから、経験は実質ゼロ。もちろん、武道の類は一切やっていないので戦い方は知らない。ならば、この場でオリジナルの戦い方を編み出す。
強敵を前にして山城の思考力と集中力は飛躍的に増していた。これはレベル云々関係なく、山城元来の潜在能力だ。
「武装複製」
ククリナイフを三本複製してオリジナルを合わせて計四本。
「フヒヒ、武器は多ければ多いほど手数が増えていいかもしれませんが、扱いきれなければ意味がありませんヨ。四本出してどうするのですカ? 投げるのが関の山でしょウ」
「半分当たりだ」
山城は四本のククリナイフを投げた。ただし、それはネグロスに向かってではなく、自身の上方向に向かってだ。くるくると円を描いてナイフが舞う。それは、お手玉だ。サーカスのピエロをやっていた父親に憧れていた山城にとって、玉がククリナイフに代わっただけでお手玉は朝飯前だ。
「フヒヒヒヒヒヒヒヒ! ずいぶんと笑わせてくれますネェ! 道化師ですカァ!?」
ネグロスは再び棺桶を槍のように構えて突進してくる。山城のお遊びにはまるで警戒していない。
「あぁ、道化だよ」
ネグロスの上昇したスピードはすでに一度見たので、今度は虚を突かれなかった。身をひるがえして棺桶の先端をかわす。その動作の途中も宙で踊らせるナイフは一切落とさない。死霊術士が背後を晒した瞬間に、宙に浮いていたナイフの内二本を握ってその背中に突き刺す。
「ガッ!? 痛いですネェ!」
振り向きざまに横なぎに振るわれた棺桶を跳んでかわす。それと同時にククリナイフの複製を済ませ、自身が空中にいる間にナイフ二本を掴み、ネグロスの頭に向かって投げる。棺桶を振るい完全に重心を上げていたネグロスにかわせるはずもなく、頭部に突き刺さる。
「アッ、ガッッ」
「まだだ」
まだ宙に浮いている残り二本のナイフをつかみ取り、重力落下に任せて振り下ろす。ククリナイフがネグロスの胴を縦に深々と切り裂く。たしかな手ごたえが山城の手に残った。
「グガァ!?」
ククリナイフの軌跡を追うようにして緑色の血しぶきが噴き出す。
山城の戦い方はふざけているようで、実は理にかなっていた。まず、通常より多くの手数がククリナイフの数だけストックできる。それに、普通の武器ではありえない投擲と斬撃のコンビネーション――多角的な攻撃が可能になる。今、ネグロスは四刀流と対峙しているのと同じだ。
このまま止めを刺す。