ロスト・アポカリプス in ロスト・ワン 滅亡十五夜目
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木こりの小屋で一夜を明かした山城達は起きてまずいカレーの残りを食べた後に出発した。目指すは、最小最弱のアザミーに隣接しながら対極の存在である最大最強の国――クレセント。
「ようやく国境にたどり着いたね」
クレセントとアザミーの国境は、この世界の地図をよく知らない山城にとってもわかりやすかった。急に木々が途絶え、ごつごつとした岩山が姿を現したのだ。木々と岩々、それらは互いに不可侵な領域を作り上げており、緑と灰色のコントラストを作っている。鋼の国のクレセントと木の国のアザミー、両者の土地柄をよく表している。
「それよりも、どうしてあんたはゴスロリ衣装に着替えてるんだ?」
「気分だよ、気分。目の保養になるでしょ? 感謝したまへ」
八重歯を見せながらにかっと笑うガブリエル。昨日はメイド服、今日はゴシックロリータであり、彼女の服装は毎日変わる。
「この岩山がずっと続くのか?」
「そうだね! 鉱石が豊富な岩山だらけの国だよ。ここでも掘れば金属をたっぷり含んだ岩石が取れるだろうね! もちろん、勝手に取ったら怒られるけど」
ずっと森の中にいたせいで全貌がよく見えずにいたが、山城達の目の前にそびえる岩山はかなりの高さで富士山みたいだ。
「これは迂回した方がよくないか?」
「同感。山越えはボクもしたくないな」
相談の結果、岩山の周りを反時計回りに進んでいくことにした。ごつごつした岩の足場は凹凸が激しく油断すれば足をくじきそうになる。
迂回するために国境付近をぐるりと回るはめになる。ここまで追手の気配はまったくない。もしかしたら守衛の見間違えとでも処理されたのかもしれない。
「ん? あれはなんだ?」
岩場と森の境目、国境のちょうど狭間に大きな天幕が張られている。シルクを使っているようで空から降り注ぐ光をきらきらと反射させている。
「人がいるな。隠れるぞ」
二人は岩陰に隠れて天幕の様子をうかがう。
天幕の周りをぐるりと等間隔で取り囲むように人が立っていた。金属の鎧を身に着けており、何らかの護衛をしているようだが、それにしては奇妙な点がある。それは、武器を持っていないことだ。剣や槍を手にしておらず、人一人分あるほど大きな盾を各々が持っていた。
「護衛が武器を持ってないのを奇妙に感じるのは、僕が異世界から来たからだろうな」
「だね。この世界では基本的に武器は必要ないからね」
持つとしても、山城がアルタールを追い出されたときに叩かれた木の棒のようなあまり殺傷力がない武器になるのだろう。
武器がない代わりに、護衛達は中世ヨーロッパの騎士が持っていた盾を一回り大きくしたようなモノを持っている。さらによく観察してみると、鎧と盾のデザインは二種類に分かれている。アザミー側の領土である木々の生える場所には、草木のような緑色の鎧をまとい、土から新芽が芽吹くような紋章が刻まれている盾を持った護衛が、クレセント側の岩石が足場になっている場所にはルビーのような紅色の鎧をまとい、燃え上がる炎のような紋章が刻まれている盾を持った護衛が立っている。
「しかし、これはきな臭い香りがするね! 密談ってやつをしてるのかな」
「アザミーとクレセントの誰かさんが会ってるのか」
「ぽいね。しかも、護衛の人数的に国の大事に関わる人達だよね! なにしてるんだろ……気になって仕方ないよ」
「秘境じみた場所で会談というのは、怪しさの塊だが、僕達が関わるべき事柄ではないだろう。あそこで行われているのが政治ならば、事情があるのかもしれないしな」
「僕達の本懐はあくまでも世界の滅亡の兆候を調べることとその回避ってわけだね! うんうん、朱雀くんわかってるぅ」
「だが、あそこは通らないといけない。森の方からさらに迂回すればばれずに済むか」
「大丈夫だと思うよ。平和な世界だけに、護衛の練度はあんまり高くないしね。視界さえ切っちゃえば気配でばれることはないと思うよ」
森の方から迂回するルートを進む。太くたくましい木々のおかげで護衛から視線を切るのはさして難しくはなかった。
迂回路の半ばほどまで着た頃だった。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!
脳をかき混ぜるような轟音と一緒に地面が揺れた。方角は先ほど天幕が張られていた場所からだ。山城は反射的にククリナイフを抜きかけるが、その行為が無意味なことにすぐに気づく。
「地震――じゃあなさそうだな。土砂崩れ、いや、岩山だから崩落か? さっきの人達が心配だ――行こう、ガブさん」
「うん! 天使的にもこれは見過ごせないよ!」
森の木の枝葉を払いながらさっきの密談が行われていた場所へと戻る。
そこは地獄と化していた。
岩山の斜面がこそげ落ち、岩と土砂が混じりあって天幕へとなだれ込んでいた。天幕は埋まってほとんど見えなくなっている。ちらほら人間の生存者もいた。だが、もしかしたらそのまま地の下に埋まっていた方が良かったかもしれない。やっとの思いで生を掴んだ者はその努力が報われるどころか、魔物に襲われてさらなる苦痛を味わっていた。ある者は異形に盾ごと腕を喰われ、ある者は生きながらに炎に焼かれている。