第7話 因子Xと夜明けの香り
頭をうえを飛ぶ本を捕まえる。
ずいぶん硬い。
こんなハードカバーだったっけ。
疑問に思いながらも、腰の中杖に手を添え、魔術を行使。
≪分析≫、≪解明≫。
この本は魔力触媒ーー魔力を宿す素材。魔術の行使、魔導具の作成など用途は多岐にわたるーーは使わず、クエスト先で訪れた有名製紙工房の安心と信頼の羊皮紙、表紙には道具箱にしまわれていて、いつ買ったか覚えてない味のある革を採用して作った。
つまり、俺がいま感じ取ってる魔術の軌跡は、すべてウィンディが刻みこんだものということになる。
本に組み込まれた術式に書いてあることは、とりあえずわかるが、これを12歳にも満たない少女がやったとなると、やはり天才性を感じずにはいられない。
本を空へと放してやる。
「ウィンディ、意識してゴーレム化できるようになったのかい?」
「いいえ、ゴーレムさんを作るのは、まだまだ難しいです、先生」
「この子は?」
飛ぶ本を指差す。
「硬化する魔術をかけたら、葉っぱゴーレムさんたちと同じように、動きだしました!」
ふむ。
意識して物質をゴーレム化することはできない。
物質の単純硬化の結果として、ゴーレム化が起きていると考えられる。
袋からリンゴをひとつ取りだす。
なるべく条件を近づけるべく、作業机のうえに放りだされた短杖ーー魔法を行使するための杖。多くが35cm以下の長さで、携行性と手軽さに優れるーーを手にとる。
1週間前にウィンディのために買った高級品だ。
手のうえに乗せたリンゴを杖先でかるーく叩く。
ーーバギィ
ふむ、一度に魔力を送りこみすぎて、すこし表面が割れちゃったか。
ガチガチに硬くなったリンゴを、作業机のうえに置く。
「ウィンディもやってみて」
「はい!」
短杖をわたされ、嬉々とした表情でリンゴを硬くするウィンディ。可愛い。
ウィンディは額の汗をぬぐい、彼女のリンゴを俺のリンゴのとなりに置いた。
「すごいです! 触っただけでわかります、わたしのリンゴより先生のやつの方が、ずっと硬いです!」
「まあ、こめた方法も魔力量も違うからね」
リンゴたちを観察すること数十秒。
「あ、動きだしました!」
「やっぱり、ウィンディのリンゴだけか」
誕生日にボールをもらった子どもを喜ばせるために、自ら転がるボールはいない。だが、リンゴならある。そう世界に主張する赤い果実が、作業机のうえを縦横無尽に転がりまわる。
動くウィンディのリンゴを手につかみ、その構造に関して魔術によって分析調査をかける。
やはりだ。
さっき、ウィンディがかけた単純硬化では、絶対に得られないだろう″術式″がリンゴに刻まれている。
ウィンディに自覚がないのは、おそらく無意識のうちに単純硬化の魔術的効果のなかに、ゴーレム化を引き起こす″なにか″を仕込んでしまっているんだろう。
この仕込んでしまっている何か。ここでは仮に『因子X』としよう。この因子Xを解明し、意識して使うことができれば、彼女の可能性、ウィンディ謹製ゴーレムの可能性はぐんと伸びる。
そこへ辿り着けるようにするには、まず、ウィンディが魔術師っぽくなり、魔術師的になる必要がある。
ようは勘だ。
無意識のものを、いきなり術理の次元にはもってこれない。
文字で学び、詠唱を覚え、感覚で放つ。
これが魔法魔術の鍛錬。
ウィンディの場合はこれが逆になっている。いや、もっと言語化できない深い領域で行ってしまっている。
だから、まずは感覚レベルに落としこむ。
そこから術理にもっていき、法則を暴き、高みを目指す。
「よし、方針は決まった。当分は強化魔術に触れて魔術師的になろう。そして、時が来たら無意識を支配してより高次元へといたるんだ」
「はい! わかりました、先生!」
うん、よし。
動きたがるリンゴを解放して、俺のカチカチに硬くなったブツをウィンディのちいさな手に握らせる。
もちろん、リンゴのことだ。
「これはあげよう。ウィンディもいつかこの″『構造強化』されたリンゴと同じだけ硬いリンゴを作れるように頑張るんだぞ」
「わぁ! ありがとうございます、先生! わたし大切にしますね!」
どんな業物の剣も通さない硬さを誇るリンゴ。
まあ、まず年単位でしばらく時間はかかると見込むが、彼女ならば俺の予想を良い意味で裏切ってくれる気がする。
「あ、先生! 先生の鋼鉄のリンゴさんも動きだしちゃいました! ごめんなさい!」
「ぇ…………ぃや、うん、別にいいよ」
作業机のうえを元気にころがるふたつのリンゴ。
なに、俺の弟子が触った物全部ゴーレムになるの?
それってもう高度な魔術より、呪いの類なんじゃないか。
益体のないことを考えながら、リンゴを見つめていると、ふと、とあるアイディア浮かんだ。
リンゴをふたつ、掴み取り揉みくらべる。
「っ! これは、そうか、閃いたぞ!」
「せ、先生、どうしましたか!?」
「ウィンディ、わかったんだ! 俺の″他人の為の力″を″個の力″に変える方法が!」
1週間前に飲まされた煮湯。
個人の力がなかったから、正当な評価を受けれなかった屈辱。
すべては強化した″他人″に頼っていたから。
どこまでいってもサポート係な強化魔術師は、人間に頼るからこそ見下されるのだ。
ならば、人のことを見下してこない奴に頼ればいい。
ウィンディのゴーレムなら、それが叶う!
俺の強化したリンゴが、ウィンディのスピリチュアルパワーで動きまわってるところを見て、ようやく気づくことが出来た。
俺の強化魔術はゴーレムに搭載する。
しかも、生物であり、さまざまな制約だらけの人体とはわけが違って、生きてないゴーレムには無限の強化の可能性を秘めている。
こうなれば人間など、もう強化してられないぞ。
ゴーレムの強化、そして使役。
「フフ……強化魔術の夜明けは近いな……フハハハ!」
「なんだかよくわかりませんが、凄くカッコいいですね、先生!」
さあ、ゴーレム強化を極めるか!