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第2話 奴隷少女との出会い

 

 走る、走る、走る。


 もっと、もっと速く逃げないと!

 捕まったらもう二度とご飯を食べれない!


 手足の鎖をジャラジャラ鳴らし。

 湿って、暗い、路地裏をひた走る。


「きゃ!」


 段差につまづいた。

 擦りむいた膝から、赤い血が見える。


「ぃ、痛いぃ……っ、だめ、止まったら、あの子みたいに捕まる、はっ、走らなきゃ!」


 疲れた、痛かった、もう止まってしまいたかった。


 あと一歩だけ走ったら、すこし休もう。

 何度もそんな思考が湧いてきては、歯を食いしばって我慢する。


 誰か、わたしを助けて!


「オラ、いたぞ! 捕まえろ!」

「ヒッ! 逃げなきゃ!」


 黒くて恐いのに駆り立てられ、私は走り続けた。


 誰か助けてーー。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 築きあげて来た物が、全部無意味になった。


 感情の荒波はややおさまり、もう喪失感は消えた。


「はあ……まさか、うちのパーティがあれほどのクソ野郎の集団だったとはな。これから俺はどうすれらいいんだろう」


 トボトボと力なく歩き、路地の入り口ちかくに腰をおろす。


 杖尺1メートルほどの愛用の中杖(ちゅうじよう)ーーステッキサイズの魔法の杖ーーをささえに、頭を乗せて、昔のことを思いおこす。


 人体の改造、超魔力資源、大いなる海。


 暗黒魔術教団にいた頃、次世代の教祖候補だった俺は、日々を勉強と実験にせわしなく費やして、教団の目指す「(ふる)(うみ)」にいたるための、神秘の探究にたずさわっていた。


 あそこから逃げてもう8年経つが、あれ以来、魔術の勉強を本格的にはしなくなっていた。


 勉強が嫌いなのではなく、冒険者をやるうえでそれ以上を、身につける必要性を感じなかったからだ。


 魔術は好きだ、積みあげられた理論を自分の手で発展させると、人類のおおきな歴史に加われた誇らしい気持ちになれる。


 現代の魔術より古い、近代の魔術が好きだ。


 なかでも、極めて複雑で難度の高い強化魔術は、俺の専門分野で、世界中を見渡しても俺ほど、人体強化にも、物質強化にも優れた魔術師はいないだろうと自負してる。


 ただ、それも全ては″他者″であることが前提。


 俺は、俺自身を強化する(すべ)を学んでこなかった。


 結局は自分にチカラがないと意味がない。

 それを、さっき思い知らされた。


 ギラーテアのような現代魔術師たちは、杖から炎を撃ったり、水でバリアを作ったりしてるんだ。


 個に力がある。


 俺の魔術はふるく、戦闘能力に最適化されたものではない。


 個に力がない。


 やはり、強化魔法単体では、どれだけ極めても意味がない。


 勉強しなおそう。

 俺自身が強くなるために。


「まずはこの国を出て、魔法王国か、魔術王国に行って、6年、7年、勉強して……今から魔術協会にはいって……うん、それはそれで楽しそうだ。それで、現役引退したら弟子をとったりして……小さい女の子がいいなぁ……ふふ、そうだな、まっとうな魔術師として生きるのも悪くないかもしれないなぁ……。いや、ギラーテアさんが仲間に入れてくれるとかも言ってたなーーん?」


 過去を封じ、未来の展望を構築していると、ふと、路地奥かれ走ってくる気配を感じとる。


「はぁ、はあっ、もう走れ、な、ぃ、ぱたりっ」


 みすぼらしい格好をした緑髪の少女がヘトヘトと歩いてきて、俺の目の前で倒れた。


「おい、大丈夫か!? なんて、こんなあられもない姿して、んっん。怪我はしてないか? これを飲むといい」


 とっさに駆け寄り、かたわらに膝をついて、青い瞳をのぞきこむ。

 そして、音速の手際で少女へ治癒ポーションを注ぎかけた。


 値段の張る消耗品だが、このリトルなエンジェルを助けるためならば、痛くもかゆくもない。


「よし、これで外傷は平気っと」

「体が、あったかい……?」

「安心しなさい、ポーションが効いてる証拠だ」


 頼れる大人を演じる。


 さて、あとはーー。


「あいあい、あきまへんで、旦那さん。そいつは、ウチの商品や。勝手に触らんといて」


 うさんくさい声が聞こえてきた。


 見るからにあやしい、仕立ての良い服に身をつつんだ、小太りな男。

 わきには用心棒らしき屈強な黒服が、2名ひかえている。とても柄の悪い連中だ。


「お前は誰だ?」

「ウチは『ブランディ商会』をまとめてるロイドっちゅう者でな、その『(かぜ)巫女(みこ)』はウチらが苦労して手にいれた奴隷なんや。価値もわからん輩に傷つけられたらかなわんわ」

「ボロボロだったけどな……ん、待て、風の巫女だと……?」


 それって、もしかして自然要塞の奥地で暮らしてるっていう……このロリ、じゃなくて少女、魔術的にとんでもない逸材なんじゃないのか?


 こいつらこそ、この子の価値をわかっているのか?


「ほな、どき。怪我する前にな」


 クソ、こんな下賤(げせん)な輩に、この美少女をーーじゃなくて、こんな幼くぺろぺろ待ったなしの、ふわっふわに可愛い少女をーーでもなくて、風の巫女を渡すわけにはいかない!


 助けよう。

 自分の心に従い、俺はそう決断をくだした。


「おや、旦那はん、何してんでっか」

「お前らにこの子は渡さない」

「っ、た、助けてくれるのですか……ッ!?


 目を輝かせる少女を、がばうよう抱きかかえる。


「……はぁ。潰していいで」


 小太りの男ロイドは、目元を影を落とし、残酷な笑みをうかべて、屈強な男たちへ一言つげた。


 さて、まずはーー。


 腰に差した中杖に指をそえて、あいた片方の手で少女の平らな胸に手をかざす。


 彼女の身体構造をかるく≪分析(ぶんせき)≫、そして≪解明(かいめい)≫。


 ふむふむ、複数の意味で素晴らしい肉体だ。


 調整されたオリジナル魔法により、準備は整った。


 さあ、強化の時間だ。


 構造をある程度把握した対象に、もっとも使い慣れた強化魔法の組み合わせーーバルトメロイ・セットをほどこす。


 ただし、今回は強化対象が非力も非力なので、ちょっと張り切って強化する。≪人間(にんげん)筋力補助(きんりょくほじょ)・ランク4≫と≪汎用耐久(はんようたいきゅう)・ランク6≫ーーこんなところか。


 俺の強化魔法がかかり、意識がもうろうとしていた少女は、ハッと目を覚ました。


 俺は少女の耳元で「君ならできる」とつげる。

 目を丸くする少女へ、にこりと微笑む。


 そしてーー。


「ぇ、それってどういう意味……

「さあ、元気に行ってこぉおい!」

「ッ!? ちょ、え、ふうぇぇえ!?」


 軽い、軽い、軽すぎて実に尊い少女の体を、俺は向かってきた屈強な男たちに、思いきり投げつけた。


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