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第6R ワンダープログラムって馬

「ああ……昨日はよくやったなココロノダイチ、この調子なら来年は楽しみだな」


 ぼくが二勝クラスのレースを勝った事による喜びが、ワンダープログラムの有馬記念の敗北の悲しみに勝てるはずもない。浅野先生の魂の入ってない頭のなでっぷりが気持ちを落ち着かせず、やはり気持ちの入っていない言葉が耳に入って来ないのもまた当たり前だった。










「スローペースと見て早めに上げにかかったんですが、どうにも動きが鈍くて。ダービーも菊花賞も同じ乗り方をしていたせいかもしれませんけど、もっと賢い馬だと思ったんですけれど……」


 滝原さんはレース後、ずっとそうこぼしていた。ぼくだって、今更三~四番手ぐらいから直線先頭に立って押し切ると言うやり方を変えるつもりはない。この前の福島だってそれで勝ったし、今度だってそれで勝った。これからもずっとこのやり方で過ごす事になるだろう。ヒガシノゲンブだって、菊花賞で同じ事をしていたと言える。

 それと同じ事を、ワンダープログラムもやった。でもそのやり方は、いわゆる前残りのレース展開では不都合だった。ぼくのやり方がみんなして前へ前へと言う馬が多い展開の中ではダメなのと同じ話だ。

 ワンダープログラムとしては直線一気に追い込んでいたつもりだったようだけど前を行く馬とペースがさほど変わらず、差を詰め切る事ができなかった。結果は三着、〇.二秒差と言うのはもしチャンスをきっちりつかんで走っていればと思わせるような僅差であり、力負けと言う訳じゃない。だからこそもったいないなと思う。




 なぜ滝原さんの言う事を聞かなかったんだろう?ぼくは戸柱さんの言う事を素直に聞いている、そうでもなければ勝てないから。ワンダープログラムがなぜ、ぼくにできるような事をしなかったのか。


「ったく、結局無冠だなんて!」

「来年はGⅠを取る。そうでなければ期待してくれたみんなに申し訳が立たない」

「私の皐月賞の時の選択を正解にさせてちょうだい!」

「皐月賞の時の選択って?」

「私がヒガシノゲンブじゃなくてワンダープログラムを選んだこと!」


 ぼくがその事を質問する前に、ユアアクトレスがワンダープログラムに突っかかっていた。自分が三戦連続惨敗だったのにいいご身分とか言うつもりもないけど、ずいぶんと出しゃばりだなと言う気はして来る。

 彼女は一頭の牝馬として、同厩同世代の二頭の王子様と言っても差し支えない二頭の牡馬に惚れていた。と言うか、同世代の大半の牝馬はそうしていた。その内ワンダープログラムを推していた牝馬たちは、ダービーと菊花賞の結果を見て多くの馬がヒガシノゲンブに乗り換えた。けど、ユアアクトレスはワンダープログラムから離れようとしなかった。ワンダープログラムにいつもへばりついては笑顔と愛嬌を振りまき、彼を取り巻く環境を良い物にしようとしている。




「次のレースは何になるだろうな」

「少し休みなさいよっ!」

「えーと中山記念から大阪杯か、それとも日経賞や阪神大賞典から天皇賞か」

「あのねえ!」

「どうせ二か月以上休めるんだ、問題はない」

「少しは離れた方がいいって」

「ああ、そうだな。あるいはこの日本から離れてドバイにでも行くか、もちろん全て浅野先生が決める事だけどさ」

「……それがあなたのいい所だけどねえ」


 そしてユアアクトレスがワンダープログラムから離れないように、ワンダープログラムもレースから離れようとしなかった。ぼく自身次のレースは一月下旬の予定だから大きな声で言い返す事はできないけど、それにしたってと思わざるを得ない。ユアアクトレスが苦笑いを浮かべる中、ワンダープログラムは真顔を全く崩そうとしなかった。




「ワンダープログラム……」

「ココロノダイチか、三勝目おめでとう。次は一月の京都か?」

「少し休んだ方がいいよ」

「わかっている、これから二ヶ月近く休むんだから。あるいは京都記念に出る事になってギリギリ二ヶ月分休めないかもしれないけど」

「そういう事を言ってるんじゃなくて、何か他にすることはないのかなって」

「滝原さんともう少し仲良くした方がいいかな」

「だから」

「滝原さんの事は信頼していたつもりだった、でもぼくがついダービーと菊花賞の事を思い出してしまってこれじゃダメじゃないかなと言うおびえがあってね、それでああいう事になってしまった。ぼくは一刻も早くタイトルを手にするにふさわしい存在にならなければならない。今はまだなってなかっただけだ。そのためにも、その時が来るまでのんべんだらりとしている暇はないよ」


 ユアアクトレスがいなくなるやぼくはワンダープログラムに歩み寄り、ヒガシノゲンブが故障とは言えダービー以来今まで二戦しか走っていないと言う現実を叩きつけに行ってみた。

 だが、まったくその隙がない。


「わかったよ、それじゃあまたね」

「ああ…………」


 レースから一度頭を離せだなんて言う暇さえぼくには与えられないまま、彼は一方的にしゃべり続けた。ぼくが話を切り上げようとすると、ものすごく残念そうに、少しだけ見下すような目をしたまま無理矢理に口を閉じた。


 ぼくのほんのちょっとのはずの質問に対し、まったく赤くない顔と血走っていない目をして、おそろしくゆっくりとしたスピードでたくさんの言葉を投げかけてぼくを黙らせにかかる。ただの雑談のつもりだったのに、まるで論争みたいな物言いだ。

 ぼくがこれ以上の説得は無理だと判断してきびすを返そうとすると、ワンダープログラムはレース中の時のような鋭い目つきになっていた。その先にあるのがドバイなのか大阪杯なのか、それとも天皇賞なのか。どれなのかはわからないがその三つ以外でない事だけはすぐわかるような目つきをしている事に、たぶんワンダープログラム(ほんにん)だけが気付いていない。それが幸福なのか不幸なのか、ぼくにはてんでわからなかった。

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