遊説、ですっ!
「た、田山ゆうき、田山ゆうきでございます!」
街頭演説といえば、な文句を使って売り込んだ。
鶴舞駅前。
一番人が集まってくる場所だった。
だが。
「えー、私は、えー」
マニュフェストも頭に入っていない小娘の演説など誰も聞いていない。
やたら私の写真を撮っている男性陣はいるが、あれはなんか違う。
たぶん違うやつだ。
田山ゆうきとブロック体の文字が書かれたタスキをかけて一人話す。
衣装はアイドルのままでやらせてもらっていた。
夏をイメージした黄色で、ひまわりのコサージュが可愛い。
「その、この、鶴舞の街をより豊かにするために、えー」
中身がないから言葉も続かない。
地獄だ。
てっきり演説でも高倉さんとかスタッフが近くでサポートしてくれるのだろうと高をくくっていたのだが、手伝ってくれなかった。
どうやらそれは悪手らしい。
曰く、一人の方が頑張ってる感が出て応援したいと思ってもらえるからだそうだ。
これもまた選挙戦術。
「えー」
間を作らずにしゃべろうと思っても無意味な「えー」が増えるだけだった。
冷や汗が垂れる。
早く帰りたい。
私にカメラを向けてくれていた人たちすらも、一通り満足したのか帰り始めてしまう。
いや、撮っていいです。
撮っていいからいてください!
心の中の引き留めもむなしく、周りには誰もいなくなってしまった。
間をつなぐのもあきらめて、閑散とし始めた駅構内を見る。
出勤ラッシュも終わって、そろそろ人の流れも消えてきた。
「私の話なんて誰も聞いてくれない」
心の声が漏れてしまっていた。
ちらりと見て、そのまま過ぎ去ってしまう人ばかり。
候補者らしからぬ衣装や姿だから、それに引っ張られて立ち止まる人はいる。だが、私の話を聞くわけではないのだ。
あー、もー。
人の目がゼロなら座り込んじゃうのに。
中途半端に人がいるから座って休むわけにもいかない。
「講演会と全然違う」
あれには台本があったし。
来てくれる人は私を見に来てくれてたし。
失敗しても何をしても受け入れられた。
小声でぼそぼそと愚痴を連ねてしまう。
「みんなが働いているのに私はいったい…」
こんなところで話していても誰も聞いてはくれない。
私が素通りしてきた街頭演説の人たちも、こんな気持ちだったのだろうか。
……だとしたら申し訳ないことをしたな。
こんな心細いなんて。
また、おなかが痛くなってきた。
緊張ではなくストレスの胃痛だ。
腕時計を見ると、始まりからもう3時間が経過していることが分かった。
「うー、でもふてくされてもしょうがない」
頬を叩いて気合を入れなおしたところ、
「先生。そろそろ場所を変えましょうか」
どこからともなくやってきた高倉さんが話しかけてきた。
「あ、あれ? どこから?」
「ずっと見守っていましたよ。ただ、そろそろ人の集まる場所が変わりますからね。移動しましょう」
私は導かれるまま彼女とともに車に乗り込んだ。
遊説というだけあって、人が集まる場所にとどまるのではなく、動いて新たな場所を探していかなければならないようだ。
しばらく揺られていると車が停車した。
窓もカーテンも締め切っていたので正確には分からないが、そんなに遠い距離を移動したようでは無さそうだ。
「先生!」
助手席に座っていた高倉さんは振り返って私に言った。
慣れないことをして疲れ、うつらうつらとしていた意識がハッキリと帰ってきた。
「な、なんですか……」
「後ろの金具が見えますか?」
「ああ、この」
首を後ろに向けると折りたたまれた金属の骨組みのようなものが見えた。
「赤いレバーを引いてください」
「はあ」
言われるままに骨組みに付属した赤いレバーを引くと、軋んだ音と共に車の天井が開いた。同時に骨組みはハシゴへと姿を変えた。
「えっと、これは?」
「のぼっていただければ分かりますよ」
「……?」
私は怪訝に思いながらも、指示通りにハシゴをのぼった。
「わぁ」
そこは当たり前ながら車の上である。
しかし選挙カーの上は演説ができるようにステージになっている。
下から見上げることはあったけど、中に入ったのは初めてだ。
とはいっても簡素な机があるくらいで、小スペースでしかない。
ただ、テーブルの上にマイクが一本。
いやな予感がする。
『皆様お待たせいたしました。世界党公認候補、田山ゆうきでございます。ただいまより演説を開始いたしますので、お時間のある方は足を止めて、耳を傾けていただければ幸いです』
高倉さんの声がスピーカー越しに聞こえた。
車の近くにいた人たちも声に反応して選挙カーの方を見る。
いきなりの衆目に腰が引けた。
場所はショッピングセンター前。
買い物に来た主婦の方々が大きな音に眉をひそめた。
「あ、あー」
私はマイクが入っていることを確認して時間を稼ぐ。
ボンボン、と既に確かめたのにもかかわらずマイクを叩いてさらに確かめる。
膠着状態にも近いこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
話を聞いてもらわなければならない立場だけど、周りの人間に去ってほしいという気持ちに逆らえなかった。
だって、また何も話せなくて、恥ずかしい気持ちになるだけだから。
「み、みなさん、そのー」
車の上に四角で囲まれたスペース、大きく『田山ゆうき』と書かれている。
ご丁寧に笑顔で撮られた私の顔まである。
今の私が隠れても、他の私は隠せない。
「昼下がりにお騒がせしてすみません…」
マイクを両手で握りしめて、ただただ申し訳ない気持ちだけを告白した。
大きな音だもん。
「この度鶴舞より国会議員に立候補いたしました、田山ゆうきと申します」
私の声を聞いてか聞かずか、人々はショッピングセンターに消えていく。
ここでもやっぱり私の話を聞く人はいない。
どれだけ話しても無駄だ。
「私は、その、未熟ではありますが、しっかりと、父の…」
お父さんの顔が頭をよぎった。
父は、こんなことをして議員になっていたのか。
なんだ、それ。
アイドルのメンタルよりずっと強いんじゃないの。
ファンも、声援も、ペンライトも、何もない中で話すだけって。
アイドルなら…。
こんなことにはならないのに。
こんなこと……。
…ううん、違うな。
マイクを握り直した。
深く息を吸う。
「私は自分が力不足であると知っています」
「ただ」
「私は負けるつもりはありません」
「なぜなら」
「私は選挙に勝って、アイドルになるからです!」
きっとこちらを見ずに聞いている誰も、私の話を理解していない。
だったら好きに言えばいい。
議員のお父さんみたいになりたいんじゃない。
私はアイドルになりたいんだって。
お父さんよりアイドルの方がずっとすごいに決まってる。
だからこれくらいの辛さに負けちゃダメなんだ。
どれだけ声を出しても届かないくらいで挫けちゃダメなんだ。
だから違う。
私は父なんてどうでもいい。
とにかくアイドルになるためには、ここで頑張らないといけないんだ。
姿勢を正した。
アイドルらしい顔を作った。
私はみんなに見られるためにアイドルになるんだ。
すると、視界の端で私を見上げている小さな男の子が目に入った。
「よろしくお願いいたします! 田山ゆうきです!」
その男の子に向けて声を張った。
男の子はびっくりしたように肩を上げて、お母さんの方に走っていく。
逃げ去る一瞬のなかにも照れる表情があった。
私はアイドルだから。
負けんなよ、私。
「私は、まだまだ何も分からない小娘ですが、これから一生懸命みなさんのために身を粉にして精進してまいりますので、どうか! どうかよろしくお願いいたします!」
誰も私の話を聞いてはいなかった。
選挙カーの周りには誰もいない。
だからこれは私の宣誓でしかない。
私は選挙で勝つ、そしてアイドルになる。
転んだって、立ち上がらずとも可愛く見せてやる。
評価のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
次話は明日20時に更新ですので、良ければブクマ登録もしていただけると幸せです。