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いよいよ公示、ですっ!

「えっと、これは」


 姿勢よく向き合った少女二人に高倉さんが声を失った。


 私と紺野。


「私もよくわかっていないんです」


 心情そのままにお伝えした。 


「紺野様、予定では11時と伺っておりましたが……」


「そうね。だから念の為にちょっと早く来たの。善は急げ、よ」


「ええ、そうですか……。ちょっと……?」


 状況が飲み込めていないようで、高倉さんはまばたきの回数が多くなる。


「どうぞお座りになって」

「あ、ありがとうございます。失礼します」


 言われるがまま、腰掛ける高倉さん。

 やはりこの場で最も主導権を握っているのは彼女だ。

 ホームグラウンドのはずなのに、やたらと緊張してしまう。


「さて改めて今回の訪問なのだけど、受け入れてくださってありがとう」

「「は、はい」」


「あいにくと名刺は持ち歩いていないの。だからこの私の顔、声、体、その三つが自己紹介代わりだと思ってくだされば幸いね」


 ばばーんと、漫画みたいな仁王立ちで紺野さんが言った。


 凛々しい……。


「わ、私に名刺ってありましたっけ……」


「ありますよ。もちろん先方にはお渡ししていますけど、紺野様に直接お渡ししましょう」


「うっ、了解……」


 高倉さんの懐から差し出された名刺ケース。

 私はそれを受け取ると中から一枚を取り出す。


 地味で白い四角の紙片をじっと見つめる。


 そして、教えを受けたとおりに渡した。

 高倉さんのビジネスマナー講座の実践だった。


 オドオドして手汗まみれの私に対して、いつも通りの調子で名刺を受け取る彼女。


 これが、大人か。


 同い年だけど。


「此度の総選挙、私たちは新しい制度になってから初めての最年少候補で、そして同じ地区」


「そ、そうですね」


 手汗を拭きながら同意した。 


 満15歳が被選挙権を得た初めての選挙だ。

 義務教育修了が条件とはなるが、実質的には誰でも立候補できるようになった。


 だから私も出られたわけだし。


「できることならば、あなたとは国会でお会いしたかったわ」

「……」


 胸を反らし、いかにも高慢な人物らしく振舞う。 


「どういう意味がわかるかしら」

「あ、いや、すみません……」


 挑戦的にゆがむ彼女の口元。

 

 うーん。


 なんだか彼女のトーンについていけなくて疲れ始めていた。


 ずっとこの調子なのだろうか。


「私がこの鶴舞選挙区で当選してしまうから、あなたは議員になれないの」


「……」


「残念ね……」


 不敵な笑みを浮かべる彼女。


「先生……!」


 押し黙る私の背中に手を伸ばす高倉さん。

 小さな手の形がハッキリとわかった。

 まるで私を勇気づけるようにあてがわれた。


 いや、なにこの茶番は。


 いつから事務所は劇場になったの。


「選挙期間中、私との実力差を思い知るといいわ」


 紺野さんはそう言って颯爽と事務所を去った。


 本当になんだったんだ……。


「絶対負けられませんね!」


 高倉さんが目を爛々と輝かせる。


「そういう感じなの?」


 宿命のライバル、みたいな。

 私メイド服着てますが大丈夫ですか。


 選挙戦を前にして心労でどうにかなりそうだった。

 


~翌日~


 立候補届が受理され、選挙期日が二週間後に定められた。

 いよいよ選挙運動が本格化するのである。


「先生にはまず基本的な選挙の戦い方をしていただきます」

「まあ、おっしゃる通りに…お願いします」

「では、さっそく確認していきましょう」


 高倉さんは満足そうに言う。

 指示棒を手にし、片目だけを書き入れただるまを小脇に抱えている。


 再び事務所の一室。

 昼前の時間でスタッフたちもいる大部屋だった。


「主に3つの要素に分かれます」


 高倉さんは書き込まれたホワイトボードを指示棒で示した。

 そういえば額にハチマキがまかれている。


 形から入るタイプだ。


「1、大勢に向けた演説。2、個人に対して訴える。3、ポスターなどの貼り出し。このうち先生にやっていただくのは1と2になります」


「3はやらなくてもいいんですか?」


「3は我々の仕事です」


 高倉さんが胸を張ると、スタッフの方々ががさがさと何かを取り出して掲げた。


 私の顔と名前が前面にプリントされたビラやポスターや看板だった。

 

 いくら私が超絶かわいいアイドルだとしても。

 同じ顔がこれだけ並ぶとキモい…。


 スタッフたちの笑顔とは裏腹に苦い顔になった。


「丹精込めて作ったこれらが今から街中で先生の名前と政策を広めてくれます」


「あ、そうだ」


 高倉さんの一言でようやく思い出した。


「私、マニュフェスト? とか何も決めてないのに良いの?」

「いいんです!」


 いいんだ…。

 

 間髪入れずに答えた高倉さんに圧倒されてしまった。


「いいですか先生。選挙というのは奇妙なもので、公約よりも人柄が多くを決めるのです」


「そ、それは国政選挙としてダメなのでは」


「ダメも何もそういう形式なのだから関係ありません! でも、だからこそ先生には勝機があると断言できます」 


「なんでですか」


 高倉さんは身を乗り出し、私の目の鼻の先で顔を急停止した。


 大真面目な顔をして、

「先生は顔が良いからです」

 と言い切った。


 それにつられたようにスタッフたちも寄り集まりながら盛り上がる。

 中には数日前にちゃんと知り合った二階堂さんの姿もあった。

 膝のけがは大丈夫かな。


「顔だけじゃないです!」「声も良い!」「スタイルも良い!」「性格も良い!」「家柄が良い!」「育ちが良い!」「姿勢が正しい!」「箸の持ち方がきれい!」


「ああもう! 恥ずかしいからやめて!」


 とは言いつつ。


 悪い気分じゃない。


「選挙において候補者は、見た目が良いこと、声が良いこと、喋りがうまいこと、そのすべてが合わされば無敵なのです。他には何もいらないといっても良いくらいに」


 先生の演説にはまだ勉強が必要ですが、と高倉さんは付け足した。


「それでも先生には天性のものがあります。まるで人々から注目を集めるために生まれてきたかのように、人を惹きつける才能に恵まれているんです」


「わ、私はアイドルの才能だと思っているけど」


「いえ、代議士の才能ですよ!」


 熱弁する高倉さんに私はむずがゆくて頬を掻いた。

 どんな形であれ才能があると褒められれば嬉しくないわけはない。


 嬉しくて恥ずかしくて、体が熱くなった。


「ともあれ、一週間後の中間討論会までは演説と個人面談ですね!」

「は、はい!」


 上機嫌に返事をした私。

 だが、何やら気になる言葉が途中にあったのを聞き逃さなかった。


「…討論会って言いましたか」

「ええ」

「しかも一週間後って」

「紺野様もいらっしゃいます」


 ため息をつき、天を仰いだ。


「それはいわゆるマニュフェストをぶつけ合う的な」

「そういうことですね」

「人柄だけじゃないじゃないですか」

「あはは。確かにです」

「笑ってるし」


 また一つ大きな災難と巡り合った。

 マニュフェストを一つも知らない状態で討論会なんて乗り越えられるわけがない。

 

 選挙運動と公約のお勉強。

 前半戦に設けられた宿題は重かった。


評価のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

次話は明日20時に更新ですので、良ければブクマ登録もしていただけると幸せです。

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