表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

ライバル、ですっ!

超有力なライバル。

 

 昨日その話を聞いてから、そのことばかり考えている。

 嘘をつかない高倉さんのことだから、本当に私を凌駕する好敵手だった。

 私と同じ15歳。女の子。アイドルみたいな容姿。


 ただ一つ違うのは、彼女は議員になるために生きてきたのだということ。


「それが一番大きくて、どうしようもない違い……」


 事務所のソファに寝転がりながら、選挙期間中に張られることになるその彼女のポスターを手にしていた。

 高倉さんがわざわざもらいに行ってくれたそうだ。


 バストアップで美しい顔が前面に押し出されていながらも、それが全く嫌味じゃない。

 

 なぜなら美少女だから。


 青みがかった瞳に吸い込まれそうになるし、

 肩より先へまっすぐに伸びる黒髪に目を奪われるし、

 色白で引き締まった輪郭に心をわしづかみにされる。


 思わずその唇に自分の唇を重ねたくもなる。


 いや、しないよ。


 しないけど!


「でも、うっとりするぐらい美しい」


 自分を鏡で見た時と同じような感覚だ。

 私は私のアイドルとしての才能を自覚している。

 容姿であるとか声であるとか踊りであるとか、すべてに優れている自信もある。


 自分が世界一かわいいと思わないとアイドルなんてやっていられない。

 

 それでも、この彼女の美しさには惚れ惚れとしてしまう。


 ソファの上でごろんと半回転してポスターを上に掲げる体勢になる。


「由緒正しき議員の家系に生まれて、私立幼稚園から英才教育だもの。私とは全然違う」


 控え目に書かれたプロフィールには全国大会優勝だとか論文の金賞だとか、縁のなかった言葉がぎっしりと詰まっていた。


 すごいなー、論文って何。

 作文の長いやつ?


 腕を上げるのが疲れて、ぐぐぐとポスターが頭の上に下がっていく。


 白目をむきそうにながら彼女の顔を見る。

 脳天の方で腕を振るわせながらポスターを保持していた。


 そして目に入ってくる大きな文字紺野


 それが彼女の名前だった。


「あら、今はあなただけなのかしら」


 ポスターがしゃべった!?


 そんなわけはなく、ポスター越しに話しかけられただけだった。


 ポスターをどけると、また紺野がいた。


 あれ?


 ポスターを戻して、じっくり見つめてからどけてみてもやはりそこにいる。

 しかも逆さまに。

 いや、私が逆さを向いているのだった。


 半回転して視界の天地を正した。


「もう一度聞かせていただくわ。今は事務所にあなただけかしら」

「そ、そうです」


 彼女が生身の人間だと理解して人見知りが発動した。


 ソファの上で正座になおる。


「勝手に押しかけてしまって申し訳ないわ」


 まったく申し訳なさそうではなく言い切った。

 事務所を見回している。


 薄く青のストライプが入ったパンツスーツだった。


「座ってもよろしくて?」

「え、ええ…」


 断られることを想定していない聞き方だった。


 彼女が向かいのソファに腰掛ける。

 傍若無人なようでいて、どこか品があった。


 言うとおりにすることが気持ち良い…みたいな。


 私って、やっぱりそういう趣味なのかな。


「ここで待たせていただくわね」


「はあ」


「秘書の方に話は通してあるから心配はいらないわ。ただ、少し早く来すぎてしまっただけで」


「あ、そうなんですね」


 高倉さんがこの場を取り持ってくれたのだろうか。

 それとも敵情視察的な意味で彼女がやってきたのだろうか。


 どちらにしても突然の押しかけではないようで安心した。


 しかし、高倉さんが予定の時間にその場にいないなんて初めてだ。

 たまには忘れることもあるんだろう。


「予定では何時だったんですか」

「11時よ」

「え?」

「だから11時よ」


 壁掛け時計を見るとちょうど9時を回ったところ。


 するってえと、あれかい。

 お嬢さんは2時間も早く来てしまったわけかい。


 張り切りすぎ…。

 

 彼女は長すぎるほどに長い足を奇麗に揃えた。

 自分を美しく見せるすべを心得ている。


 対して私はソファの上で正座のままだった。

 足を崩す。


「今日はね」


 彼女が口を開いた。

 沈黙はお好きではないらしい。


「ライバルになるだろうと言われている方にご挨拶にお伺いしたわけなの」

「…ちなみに、誰ですか」

「田山ゆうきよ」


 この事務所でしょ、と両手を広げた。


「だから田山様がいらっしゃるまで待たせていただくわね。お茶は結構よ」


「あ、あのー…」


「なに?」


 少し切れ長で意志の強さが垣間見える目に見つめられる。


「非常に申し上げにくいことなのですが、私がその田山ゆうきです」


 小さく挙手をした。


 おずおずと様子をうかがう。

 彼女の顔は眉根を寄せ口が開き目は見ているようで見ていない状態。

 つまりは茫然だった。


「冗談でしょう」

「マジです」

「マジですの?」

「マジですわ」


 彼女は考え込むようにして顔を撫でた。

 威厳のある振る舞いがいちいち様になっている。


 眼福だ。


「一から仕切り直しましょう」


「はい?」


 突然の提案に素っ頓狂な声が出た。


「私も迂闊だったわ。まさかソファで転げているのがライバルになるべき方だとは思わずに、こうしてマッタリと時間を共にしてしまった。だから、初めからやり直しましょう」


「初めからってどこから?」


「私が入ってくるところからね」


 そう言って立ち上がると、すたすたと外に出て行ってしまった。


 思い立つと動かずにはいられないらしい。


 出会い方をやり直す、ということだろうか。


「…っと、私はどうしよう」


 おそらく彼女の想定では運命のライバル的な邂逅にしたいはずだ。

 となればソファに寝転がるわけにもいかない。


 だからといってスーツに着替える暇もなさそうだし。

 このままビッグサイズTシャツを着た姿は変えられそうにない。


 お気に入りのバブルピンクのTシャツ。


 …どこらへんが”バブル”なんだろう。

 広げてみたが分かるわけもなし。


「失礼しても?」


 ノックと同時に彼女の声がした。


 時間がない!


 精一杯のアイドルらしい顔を作った。

 ポーズも自分が美しく見えるようにする。


「どうぞ」


 声音も少しトーンを抑えめに仕上げてみた。


 どうかな?


 いけるかな?


 彼女が事務所に入ってきた。


「初めまして。紺野ナギです。本日はこのような機会を賜りまして光栄ですわ」


「こちらこそ恐悦至極」


 互いに礼をする。

 なんだか言葉選びを間違った気もした。


 彼女は深々と下げた頭を戻し、満足そうに笑ってくれた。


「どうぞお座りください」

「ありがとう」


 そしてまた振り出しに戻った。

 ローテーブルを挟んでソファで向き合う二人。


「満足しましたか」

「十全ね」

「左様で」


 姫は上機嫌だった。

 私は完全に従者の気分だ。


 なんだかよくわからないまま和やかな雰囲気になった。

 ライバルとの理想的な邂逅とは、このようなものでよいのか。

 彼女の求めていたものは得られたのか。


 コンコン。


 当惑していたところで再び扉を開ける音がした。


評価のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

次話は明日20時に更新ですので、良ければブクマ登録もしていただけると幸せです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ