俺たちがすごい遠い国から来たという話。
そこは町というよりも、村であった。
広い農地から牛や馬を引いて、うちに帰ってくる人々を見やりつつ、俺たちは小さな店に入った。
パンなどの食品が主だったが、店の一角は飲み屋のようになっており、そのテーブル席に俺―――ミチユキ、と女神。
そしてオロッソ氏とガラム氏が座った。
「―――すると、ミチユキよ。キミと伴侶の方は、遠い異国からやって来た飛竜乗りであり、本当にこの辺りに来たのは、初めてであると………?」
「そうです」
俺と女神はそういうことになっている。
そういうことにした―――まさか本当のことをいう訳にもいくまいと、女神に口裏合わせを頼まれた。
またトラブルに巻き込まれても困る、見知らぬ異世界の住人と親しく付き合おうという計らいらしい。
そんな彼女も今は、どこから取り出したのか、ローブのようなものを羽織り、田舎町では目立ちすぎる綺麗な髪も後ろで束ねている。
これでフードをかぶってしまえば修道女に近いだろう。
彼女は目を薄く閉じ、静かに事情を話し続ける。
「この辺りは初めてなもので、空中で方角を見失いかけていると、貴方がたが通りかかり、ついて行って、街へ行こうとしたのです―――」
転生の間でのあの堂々とした振る舞いとは、また随分と違うものだった。
むず痒さを感じる―――文句があるわけではないが。
「―――町に行こうとしたのです、ミチユキが」
俺に振ってきた。
「ああ、確かにまあ、俺がそうしようと思っただけです」
俺も重ねた。
ガラム、オロッソの二人は顔を見合わせ、唸る。
「ふうむ―――なるほど話はわかったがね」
「いいや―――わからないね!」
オロッソという、ややロン毛の男がテーブルに身を乗り出す。
俺が追い付いた時にすごい剣幕で怒鳴ってきた男だった。
「飛竜乗りで、しかも俺らの地元に入ってきて、あの急流流れる谷で、あんな飛び方を出来るわけがない」
どうも俺のことを気に食わないらしい―――まあ、確かに少々手荒い追い越しだった感は否めない。
高速道路を走っていたら突然隣に並走して話しかけたような、そんな感覚だった。
俺がやったことは、少なくとも礼節のようなものからは遠いだろう。
彼が睨むのも一理ある。
まー俺もやりたくてやったわけではないがな。
「盗賊団が飛竜を使って悪さをする、その端くれではないのか」
「まあ待て、オロッソ―――異国からやって来たというのはあり得ない話ではない」
「ガラム………お前」
「まあ聞け―――彼らの服装は、この辺りではあまり見ないものだ―――」
俺は、日本で来ていたTシャツやジーパンではないものの、異世界に来た時に変化、それなりにとりつくろわれているようだった。
飛竜に乗っても、風圧にある程度耐えられる頑丈さを感じる革だった。
それはライダースーツという中世に似つかわしくないものではなく―――。
強いて近いものを上げれば、戦時中の空軍のパイロットスーツ………みたいな。
俺もよく知らないけれど。
全く、こんな服を着るとは………どうも異世界転生っていうのは、こういうものなのだろうか。
思っていたのと違う。
「服装ひとつをとってもそうだし、アニチーガの地方から来たのかもしれない………!」
「マジで言ってるのか、あんなもの………噂話だぜ?」
「そもそもドラゴンの起源は、そこにあると聞く………この辺りの地方じゃあなくてな。俺たちよりも高いレベルで飛竜と生活を共にする人々が、そこにはいるという―――伝説だ」
彼ら二人の目の色が変わったが、俺たちはそんな大層なもんじゃあないぞ。
ただクルマに乗ってて事故って来ただけだぞ。
とか何とか思っている間に、異世界の住人、二人の視線に驚嘆や尊敬の類が見え始めたので、なんとなく冷や汗が出る思いだ。
「まあ―――すごい田舎だったもので、山しかないところに住んでいたもので、どこへ行くにも乗り物がないと苦労するんですよ」
ハハハハ………と。
俺は乾いた笑いをあげ、そんな風に言い訳した。
言っていること自体は、意味合い、大まかなフィーリングとして嘘ではなかった。
クルマか飛竜かで、違うだけで。