町まで飛ぼうぜ
竜に乗って飛ぶという経験は、俺にとって生まれて初めてだった。
………当然だろ?
前世でもそうだし、今世でも―――そうだ。
交通事故で転生して、異世界に来てからが初乗車―――乗車?ということになるのだから、死んでから初めてなのか。
乗車ではなく、乗竜か。
しかし、竜は俺の素人、初めてを感じさせない、しなやかな飛び方をする。
似ている点もあった。
竜の内部から―――これは心臓の音なのだろうか、あるいは人間の何倍もある喉からの咆哮か。
猫がゴロゴロと喉を鳴らすようなものなのだろうが、巨大な竜が行うそれは、尻と背中から身体全体にじっくりと伝わる、エンジンのアイドリングとなる。
力強さ、どこにでも連れて行ってくれるというようなエネルギーを感じる。
コーナーの前でブレーキを踏む動作の代わりに、巨大な翼が風を捕まえてエアブレーキをかける、身体がふわっとさらわれる感触が心地よい。
竜の鱗は巨大な爬虫類染みたものというよりは、泳ぐ魚の体表面のようになめらかだ―――、輝いて日光を白く反射していた。
飛んでいる魚という点ではトビウオに近いのかもしれない。
崖の間をすいすいと抜けていく。
手前味噌だが、自分が乗っている竜の走空性能の高さに慄いた。
またひとつ、高速コーナー染みた谷間を駆け抜けるのは、心地よい。
空まで伸びる岩肌の隙間を、縫って飛ぶ飛竜。
最初は状況の異常さ、無理難題に驚いていたが………。
「すげーぞ!すげえぞこれ、こいつ飛ぶの速い!―――なあ、女神さんよォ!」
テンション上がる。
俺のテンションとは違い、女神がテンション低い。
低いというか、うんともすんとも言わない。
もしや怪我でもしたのかと怖くなり、背後を振り返る。
女神は目を回して姿勢がひん曲がり、だらんと、そう―――脱力していた。
失神である。
「………」
さっさと村か町か―――人里に、着いた方がいいな。
幸い女神はシートベルトではないにしろ、飛竜から落ちないためにロープが肩回りまで伸びていた。
俺は手綱を握りしめる―――、竜と体幹を合わせるイメージ。
足を締めて、ふくらはぎの辺りに竜の鱗を感じる―――乗馬に近い姿勢だ。
「とりあえず町についてから色々聞きださなきゃあならないな」
しかし、俺の愛車に比べると、最高速度に関しては不満が残る。
時速百キロも出てないぞ?
ここは日本ではないらしい。
異世界には速度制限の表記がないのだから、もう少し出してくれよ?
「さあ!うるさい女神も失神したことだし、前の竜から引き離されないようにいくか」
左手をシフトレバーに伸ばし、ギアを上げる―――つもりだった。
だが手は空を切る。
「ぁれ………?」
だが、マニュアル車ならそこにあるはずのシフトレバーが、飛竜にはついていないことに気付く。
そうか、そういえばそうだ、これは飛竜だぞ、変速機などついているはずもない。
なぁ、ええと―――相棒。
いけない、いけない―――。
前世での癖が出たな。
俺は恥ずかしくなり、一人赤面した。