開戦の炎
飛竜の特性を最大限に生かすレースである以上、飛竜による攻撃も許可する。
種族特性の固有スキルも使用可能。
ただし、勝敗に関係しない執拗な攻撃など、度を越えた悪質行為については、これを禁じ、罰則も存在する。
―――イモール・ウェルギリウス規定 第四条
スタート地点についた俺は、目の前に広がる山々を見た。
緑広がる山頂は、やや青空の色が移っているように思えて、爽やかであった。
このエイ・ブロックのスタート地点では、まずナツナ=マウンテンに向かって飛ぶ。
そしてその谷に立っている旗、監視員の場所にたどり着き、狭い谷間に侵入する。
谷間を出れば、すぐにゴールだ。
それが予選という事になる。
「ミチユキくん、頑張ってねー!」
女神パメラが観客席で手を振っている。
飛竜レースに出るなんて言った時は何か言われるかと思ったが、彼女は意外にも喜んだ。
面白いじゃない―――、と。
転生時のステータスが飛竜乗り特化なのだから仕方がないわよね、と以外にもあっさり承諾した。
一足先にゴール付近に行っている、お弁当作ってきた―――とのことである。
ううむ、まるでピクニック気分か。
「出場者はスタート位置について!」
商会の係りの人間が呼びかける―――いよいよ始まるようだ、スタートラインに付いた。
激戦の幕開けである。
俺は周囲に並んでいる飛竜、特に飛竜乗りが、ある一方向に向けた視線を感じ取る。
クリスという男。
そしてイエローの飛竜はひときわ存在感を放つ。
彼は周囲の多数のライバル―――レース開始前から、喉から重低音を漏らしている飛竜から注目されているようだった。
俺はそれまで、このレースを決して、舐めていたわけではない、侮っていたわけではない。
だが全く理解していなかった、というのが事実。
前方を飛ぶ飛竜を追い抜くことがレースの肝要である。
そのためには、多数の手段がある。
「スタート!」
商会のギルド会員の人間が腕を振り、どういう原理かわからないが炸裂音がした。
それが狼煙。
大規模飛竜レースのイモール・ウェルギリウスの開催である。
と、この世界に狼煙は存在しないかもしれないが、とにかく全飛竜が、一斉に飛び出す。
空に向かって、地を蹴り、翼を広げて舞い上がっていく。
俺の相棒も加速した。
そして、隣の飛竜が、前方に向かい首を上げ、牙の隙間から熱がこぼれた。
飛竜は、俺の身体ほどはありそうな、炎の球を吐いた。
火球が飛んでいく。
「ちょ………ッ!?」
俺は驚愕する。俺の感情を置き去りにしていくかのように、反対側の飛竜乗りも、飛竜に指示を出し―――訓練されているのか。
炎を吐いた。
竜が炎を吐いたのだ、そしてなおも羽ばたき続ける。
俺は参加登録の際に流し読みしたレースの内容、注意点を脳裏に再現する。
飛竜による攻撃―――飛竜による、火炎。
アリだとは考えていたが、有りだが、あくまでもレース、競争だと思っていた。
こ、これが固有スキル!?
火球が次々と、一番前を飛んでいる、イエローの飛竜に向かって飛んでいく。
気づいたら一番先頭に躍り出ていた---。
あの甲冑の、騎士風の男―――。
予想通り速い!
驚愕の中で、周囲が捲し立てる。
「―――なんとしても撃ち落とせ!アオギの騎士団を撃ち落として、名を上げるんだ!」
「奴さえいなければ、予選トップが可能だ!可能性が見える!」
俺はと言えば、その壮絶なレース・スタートに怯んでいた。
ビビっていた感は否めない。
何しろレースじゃあない―――頬に火球の熱を感じる。
まず一斉にこれだけの数でスタートをしたレースなど体験したことがないし、振動、騒音が周囲に渦巻いた。
その音の本流たるや、凄まじい。
ヘリコプターが二十機、一斉に飛び立とうとフルスロットルで稼働しているような音だ―――。
鼓膜から伝わる情報量が―――こ、これは、無理だ。
人間の限界に近い。
もはや何が何だかわからない中、それでも、おおよその形勢生まれる。
今まさに、順位が組みあがっていく。
周囲の飛竜乗りは必死だった。
必死で飛びながら、優勝候補筆頭(?)の実力者に、立ち向かっている。
食らいつこうとした。
彼らはイエローに主張する飛竜に食らいつこうとして、そして食らいつけていなかった。
「俺狙いってぇわけか! まあ―――そうだよな!」
クリス・ヴェルシムは―――あの金髪の男は叫んだ。
声色に歓喜が混じっていた。
そういえば有名人らしい---。
「当たってたまるかよ、俺のフェルグランドに半端な炎が!」
炎は彼の乗る飛竜に注がれた、集中砲火だった。
だが、基本的に多用する行為ではない。
炎を吐くなど、基本的に全速力で飛びながらは不可能である。
スピードを殺す、リスク、犠牲もあるのだ。
傍から激戦を見ていた俺も、それは確認できた―――炎を吐いた飛竜は飛ぶリズムを崩したり、息を乱したりする竜もいた。
「それと、カッコ悪いんだよなぁ………速さでは敵いませんってェ―――言ってるようなモンだからよォオオオ―――ッ!」
そのイエローの飛竜は、青空の中で異様に映える。
野性味あふれるように感じるのは、翼が大きいからだろうか。
避けている。
打ち上げ花火のように飛んでくる多数の火球を、まさしく縦横無尽に、その運動性能で避けている。
「すごいぞ、あの、黄色い奴!」
興奮した観客が空に向かい、指をさしている―――。
ああ、すばやい飛竜だ。
雄々しく、力強く小さくなっていく―――後続を、引き離していく。
谷で見かけた時よりも動きが大きく見える。
そうか、あの時とは違う―――谷とは違い、障害物が周囲にない青空では全開で避けることも出来る。
周囲の飛竜乗りが、歯を食いしばりながら拳で、乗っている竜の背を叩く。
俺も、あっという間に置いて行かれた。
―――――――――――――
「―――ああ、そうだ。反対派もいたことは確かだ。このルールはな」
商会の中心、会長室で葉巻を吹かす男がいた。
トゥリクル・ウェルギリウス。
ホエイル都市群を中心に、数多の商品流通ルートを取り扱ってきた男である。
威厳溢れる彼は巨大な椅子に、その巨体を預ける。
「野蛮な行いである飛竜乗りは、戦場の一要素である。そのようなものを上流階級の方々に見せるべきではない―――だとよ。バッカヤロォ、だよなあ、まさしく」
葉巻と唇の隙間から漏れる煙が、周囲に広がる。
彼の肥えた身体と威圧感ある顔筋も相まって、ブレスを吐く老いた地竜のようでもある。
「俺は、今でも飛竜と聞いたら、まず戦場だ―――戦場が似合うと思っている。南方のお得意様のもとに出かけりゃあ、見られるぜ―――攻城兵器として猛威を振るっている飛竜をな」
ウェルギリウス商会の会長は、今回のレースを大きな仕事だと考えている。
ただ飛竜が飛んでいるだけのレースに留まらない、大きな仕事だ。
「躍動感あふれるバトル、私も期待しますがね………ここまでする必要性があったのか、私には疑問です」
目つきがやや疑問、否定的なのは副会長である。
彼は葉巻の煙も、苦手であった。
「元々人間には手に余る―――それで当然だ。飛竜は生き物だからな―――俺も昔、上手く売ろうとしたこともあるが、難しいもんよ、まだ扱いに困っている」
会長の目つきは、台詞とは相反して、ひどく楽しそうであった。




