転生の間と、女神からの宣言!
白い靄で細部が見えず、広さが判然としない不思議な部屋。
その中で、彼女は女神を名乗った。
自分が人でないと名乗った。
女神つまり人外であり、神の一部、神のうちの一人、女神であると主張した。
って、いやいやいや。
待てよ、待て待て。
「女神?」
「そうよ」
「女神って………?人間じゃあないっていうことか、その女神サマがなんで、俺の前に………?」
純粋な疑問というか、状況を確認したいために口から出たことだった。
「あなたも、この場所が普通じゃあないって、気づいているんじゃない?あなた―――ここに来るまでに、死んだのよ」
「………」
状況が飲み込めなかった。
部屋が見たこともないような部屋であったことは当然として、女神のいで立ち、すなわち服装も。
彼女の姿は、とても女神と呼べるも代物ではなかった。
彼女の服装。
それはテレビで何度かは―――見たこともあるかもしれない、アイドルのような服装だ。
アイドルか、あるいは高校の頃にあった、チアリーディング部で見たことがあるような。
俺の感覚では普段着とは思えない、てかてかと光沢あるエナメル質なジャケット。
ホワイトと青のラインは、爽やかさを持っていた。
露出は多いというほどではないが、臍は見えているし、スカートは短かった。
「女神サマよ、なんだか、その服―――アイドルか何かですか?」
「惜しいわね、これは―――レースクイーンよ!」
どや顔ならぬ、どや声―――という言葉。
そんな言葉があったかは定かではないが、そんな感じだった。
レースクイーン、そうなのか―――そうらしい―――言われて見ればテレビで見たことがあるはずだが、まさかお目にかかる日が来るとは。
「う、うん―――失礼ながらお聞きしますが、なんでその恰好なんですか?」
「今度の『転生者』は、クルマに乗るのが好きだったらしいわ―――ドライブがお好きなのね。だから、着替えたのよ、いわばサービスよ、うふん」
腰に手を当ててポージングする彼女。
そのスタイルはモデル級、と言ったところだろう。
「………まあ、いいんじゃねえの?カワイイ………と思う、たぶんだけど」
「何よ、もっと喜びなさいよ、喜ぶかなって思ったのに」
ぷんすか、ぷん。
彼女は自前で用意した擬音を発音しながら怒る。
機嫌を損ねたらしいが、俺は女子をほめるスキルは低い。
悪いね。
彼女のプロポーションは女神であると自分で言うだけのことはあり、確かに素晴らしい――胸部に人間離れした隆起を誇っていた。
だが最近のライトウエイトスポーツカーの流線形ボディラインの方がいくらか魅力的だった。
あれは見ていて惚れ惚れするよなぁ。
「それとも―――この格好、悪かったかしら、気を悪くしたかしら―――?交通事故で死んだ、あなたにとっては」
主張が強い彼女の雰囲気が、やや大人しくしおらしく、なった気がした。
話の本題は、身に着けているものについてではないらしい。
重要な件だ、しかも俺にとって大事な案件だ
「いや………別に悪くはないよ。死んだんだな、死んだんだ、わかってたけど、俺………そうかそうだった」
あれは夢ではなかったのだ。
俺は深く、ため息をつく。
という事は彼女は正式な(?)女神で―――するとこの不思議な空間は天国か何かなのか。
何とも緊張感のない展開ではあるが、黒いぼろきれ布を羽織った死神が現れるよりは、マシだと思うしか………。
交通事故で死ぬのは、まあ俺らしいと言えば俺らしい。
当然、死は望んではいないが、時期が早いか遅いかの違いだけだったようにも感じる。
しかしこうなってからも悔やまれるのは、もうドリフトが出来ないという事だ。
死んだら元も子もない、というが―――俺にとってはクルマを運転できないことが、一番つらい。
そして、気がかりな点が、まだあった。
「女神サマよ―――コスプレ・レースクイーンよ、一つ、大切なのがある―――質問だ」
「………いいわよ、何でも聞いて。コスプレって言われたのはなんだか不快感だけど、まあコスプレだから仕方ないわね」
「………相手は、俺とバトルしていた男がいただろう」
クルマで一緒に峠を走っていた男。
ほとんど初対面のようなもので、面識がなかったが―――。
「あの相手は、無事なのか、死んでいないのか」
俺が事故にあったなら、まだ納得は出来る。
だが他人を巻き込んだならば―――。
「無事よ」
女神が即答する。
バトルしていた相手の彼は、あなたがコーナーで車同士の衝突を避けたために、何の被害もなく走っていった。
今は日本で、対戦相手の走り屋の死に心を痛めてはいるものの、五体満足で生きている。
彼は身体も、クルマも無事だ、と。
彼女は説明した。
「―――そうか、そりゃあ、何よりだ」
俺が下手くそだったから死んだだけだ。
彼は悪くない。
俺が命を落としただけ。
「そうよ………残念だけど、あなたは命を落とした。でも大丈夫!あなたは転生のチャンスがあるわ」
「て、転生だって………!?」
それは、生き返るってことか?
一度死んだのに?
「そうよ!つまり、今までに住んでいた世界とは、全く違うセカイに生まれ変わるのよ、あなた!」
「すげぇ!すごいなそれ、いいのか本当に!」
「ええ、ではレッツゴー!」
レースクイーンに扮した自称女神という、ツッコミどころ満載の存在が、手を振り上げると不思議な部屋は、あっという間に消滅した。
俺は異世界に旅だった―――はずだった。
俺はその時、異世界への渡り方を考えていなかった。
考慮してはいなかった。
結果からするならば、女神の宣言通り、俺は五体満足で無事に、あっという間に異世界にはたどり着いた。
だが、移動した先で閉じていた目を開く前に、何か全身に強い違和感が走ったのだ。
違和感の正体―――それは俺の身体がおかしいのではなく、環境。
周囲の、状況。
風が強い。
転生自体には、問題がなかったのだ。
俺の身体は五体満足で健康体としてよみがえった。
変わったのは、世界。
俺は生き返ったが―――問題は、それからどうなるかのようだった。
そんなこんなで、あっけなく訪れた俺の人生の終わりは、今度は性急に始まることとなる。
早まった異世界転生、というよりは、速度が速まった異世界転生。
その幕開けだ。