来たるべきレースに向けて 3 飛竜発送団
「飛竜乗りの、バトルですか?」
ミチユキは俺からの話で初めてその大会について知ったらしく、驚いた。
この地域の荷物が集積してひっきりなしに運ばれている運送会社―――じゃあない、運送ギルド、飛竜発送団ナツナ=マウンテン支部。
「そうだ、ウェルギリウス商会が主催で、おっ始めるらしい―――スゲエだろ」
と、俺は言いながら自然と興奮してしまい、鼻息を荒くする。
あの商業ギルド、本業は日用品、食品が中心だったのだが資産があるんだろう、王族も御用達なのでそう言った祭り騒ぎならば、それがどのような分野であろうと取り仕切る。
絡んでくるというよりは中心に位置する商会である。
ミチユキの反応を見ようと待ったのだが、彼はいつまでもボーっとしていた。
ううむ、こうしてみると普通の優しい青年と言った感じだ。
この辺りの地方の人間とは、顔立ちなど確かに雰囲気は異なるが―――。
決して逸脱した速さを持つ飛竜乗りには見えない。
「そのう、それ………ウェル………ウス紹介、っていうのはどこなんですか?紹介してくれるんですか?」
あからさまに戸惑うミチユキが思いっきり言い間違えるが、俺もここで気づく。
彼はこの地方にやって来たばかりだ。
特定の言語になると反応がやや悪くなる。
それもそのはず、今まで彼は山奥のかなり険しい谷間を飛んでいる、そんな仙人の如き暮らしをしていたらしい。
―――と、俺は想像している。
あまり教えてはくれんのだ。
まぁおおよそマトモではない、俺の想像の上を行く過酷なトレーニングを積んだに違いあるまい。
「《《ウェルギリウス》》商会っていうのはあぁ、つまりだな―――何でも売ってる店だよ、それくらい馬鹿でかい商会なんだ。それでイベント、催しものをやることもあるのだが、今回はついに、飛竜の出番ってぇわけ。陽が当たるわけだ」
「はぁ………」
ミチユキは相も変わらずボーっとしているような、そのまま昼寝でもしてそうな表情である。
幼い男子の顔をしているような気もするな。
はっきりしない態度には腹が立つが。
「おいおい、飛竜乗りのレースだよ。下手をすれば大陸規模だ。お前は何も思わないのか、お前は結構いい飛び方をするだろう」
はっきりしない態度は正直に言って好きじゃあないが―――実力は確か、のはずだ。
事実、初めてであった時に一回、追い抜きをかけられている。
俺の地元の谷で、だ。
「はぁまだ………俺は全然ですよ」
「そ、そうなのか?遠い地方で、毎日飛んでいたんじゃあないのかよ、自分で言ってただろう」
「ア、はい。それは本当です嘘じゃあないです、完全におっしゃる通りです」
急にはきはきと返事をし始めたのは気になるが、ミチユキは興味を持ったようだ。
俺は荷物を整理しながら、話をつづけ、ミチユキはハイ、ハイと返事をしはじめた。
どうも素直な後輩といったふうで可愛いもんなのだ。
無理矢理にでも短所をあげつらうなら、あの美人の伴侶さんの尻に敷かれていないかが心配なくらいか。
「ところで、賞金も出るんだぜ―――そのレースは」
「………」
「どうした、何も思わないのかミチユキよ。百万ゴロウドくらいの大金が―――今の生活は、決して余裕があるわけではあるまい?」
「え、ええ―――まあ」
だろうな。
飛竜に乗り、ほとんど身一つで飛んでいた時に出会ったところから見ると、二人は駆け落ちかそれに近い状況だという事もあり得る。
まあ色々と訳ありなのかもしれない。
俺はそれを差別しないぜ、心が広いおおらかな男だからな。
いや、俺も金が欲しい―――金というか、手に入れたいものはある。
「ガラムさんは?」
「はあ?」
「ガラムさんはどうしてそんなことを俺に言うんですか?出場はしないのですか?」
「………いや、俺は」
俺の内心は複雑であった。
もちろん出場はしたい。
それによって得られるものもある―――一生お目にかかれないかもしれない高級品種の飛竜と、肩を並べ、翼も並べて飛べるかもしれない。
商会が管理する流通ルートなどでしか手に入らない―――。
この世界で、それに心躍らない男はいないのでは?
そしてレースの主戦場が谷間、山間部であるならば勝負は飛竜の種族、血統に限らない。
仮にだ―――地元であるナツナの谷を通るルートであったならば、部分的には俺が活躍できる機会が訪れる。
有名な飛竜乗りの前に出る。
たとえ財力や技術の差でその後、トータルで勝てなくとも、ナツナの飛竜発送団の名を大陸中に知らしめるチャンスが、ある。
俺たちの職場の儲け、知名度につながるアピールポイントである。
顧客の増加も見込めるし、新しい入団者を呼ぶ要素にもなる。
今回のイベントは、まさしく棚からぼた餅。
降ってわいたような話である。
「もちろん出場はするぜ、ミチユキよ」
「おお、すごいですね!」
「そうだ―――だから出ようよぉ」
「え?」
なんか―――一人じゃあ心細いし。
と、言いたかったが仮にもこの職場で働く先輩、上司としてそれをそのまま口にするのも、良くないな。
嫌だな―――なんとなく、どこかで威厳を発揮できないものだろうか。
ううむ………。
そしてだがしかし。
美味いハナシにはワケがある………デメリット、この計画の弱点もあった―――ライバルの存在である。
勝負事である以上、当然敵が存在する。
存在する敵は並みの敵であるならばマシなのだが強敵であるとしか言いようがない。
俺たちの地元、ナツナのすぐ隣山にはアオギ=マウンテンがあって、そこはレベルが高い。
まずメンバーも多いし、実力も確かである。
国王御用達となっている飛竜騎士団の、故郷、という事らしかった。
彼らの存在が、気がかりである。
彼らは俺たちのように飛竜で荷運びはしていない。かつて国が荒れた頃に、国を助けるために飛竜でもって戦場の空を駆け、勇ましく戦い、国王陛下を御守りしたらしい。
他国が雇った、傭兵や、人間以外の獰猛な種族も関わる戦場である。
噂によれば騎士団のリーダー、リオン・ヴェルシムは戦術に長ける知性溢れる男で、国王を守るだけでなくその軍を率いて攻撃に転じていた。
白い飛竜を駆り、飛竜の吐炎でもって、勇敢に戦ったらしい。
国王は敬意を表して戦争の終結後、彼ら騎士団を囲った。
かつて―――本来は平民同然の身分だったらしいが、今は宮殿の敷地内に住んでいるという、まあつまり立身出世の見本市、見本。
それだけでなく彼は容姿端麗であり、これも噂だが国王の親戚やらそういう系統から、絶え間なく縁談が持ち上がっていて、姫君たちが白竜の騎士リオン・ヴェルシムの噂をしない日はないのだとか。
伝説染みているのでもはや別の世界だな、どこか別のところでやってくれよ。
あからさまな冗談のような噂も飛び交う。
俺もどれか一つくらい虚構が混じっていることを望む心境である。
そんな実力者と一騎打ちになるのは避けたいところだ。
悩みは尽きない………。
とと、そういえばミチユキと話しているのだった。
腕を組み、出来るだけ威厳、厳格さが溢れるような表情をつくり、俺が悩んでいるうちに、ミチユキは質問してきたときには、少し嬉しかった。
「百万ゴロウド………」
「うむ?」
「あ、いえ―――お金にも驚いたんですが、なんていうかそのう―――ずいぶん大きそうな規模だなと思って―――たくさん、人が来るんですか?」
「……もちろんだ」
「そんなに、大きな大会なのですか?」
「大きくなるに決まっている、まあ飛竜乗りの大会はこれがはじめてらしいが、腕に自信のあるヤツが二つも三つも向こうの山から地方から!集まってくるだろう―――当然、飛竜の品種もすげーのが来るな」
「………飛竜の品種、ですか?」
「ああ、なんだミチユキ―――興味あるのか?」
「あ、いや」
「隠さなくていいんだ、ひとくちに飛竜と言っても、人間の常識を超えたモンスターだからな、びっくりするような生態の奴もいるんだ、一匹一匹、個性がある」
「………」
「俺はシルフ・サンビアでレースに乗り込んでみることにする―――」
倉庫の窓で巨大な鼻っ面が動き、大きな目が覗く―――俺の愛竜が呼ばれたと勘違いしたらしい。
スマートで機敏に飛ぶ種族で、風を良く捕らえる。
ミチユキに一度、追いつかれたことがあったが―――。
そう、だ。
そうだよ―――俺は見てみたいのかもしれない。
ミチユキの飛び方を。
この男が速いということは、ある程度わかっている。
だが―――いまだに俺は、遠い地方から来たという子の若者の飛び方の、一部しか知らないのではないだろうか。
だってそうだろう。
こんなにボーっとした表情をしている男は、まだその、本気というものを、全力を、見せていないのではないだろうか。




