来たるべきレースに向けて 2
「本当なんだ、アニキ―――信じてくれないかもしれないが」
俺をはじめとした飛竜騎士団のメンバーの一部は、一等地に住んでいる。
宮殿の敷地内―――王族の部屋と見紛う調度品が並べられた部屋だった。
これに関しては自分のシュミでないものもあり、いまだに肌になじまないのだが―――。
兄である自分の部屋に訪れて熱心に語る弟の様子を、俺は久しぶりに見た。
負けた、と。
そういう話らしい。
飛竜乗りとして空を走り、見通しの悪い夜間であったとはいえ、追い抜かれて、その速さに魅せられた、と。
弟は言う。
狭い谷間を飛び回る飛竜乗りは、その道のりが複雑であるほど、多種多様なテクニックが飛び交う。
それが必要とされる谷間で追い越しをされたというのは、事実らしい。
弟だけでなく、その直前に騎士団の数人が、谷間を高速で、滑るように飛んでいく白と黒の飛竜を見たらしい。
「とんでもなくあの谷を知り尽くしている奴だぜ!速いし―――一つ目と、二つ目の曲がり方が完全にセットなんだ、計算され尽くしているっていうか―――」
お前がそこまで熱くなるのは、そう珍しいことではないが―――カッカし易い奴だ。捲し立てているのでやや要領を得ない説明も多かった。
興奮しすぎるな、事実すら捻じ曲がるぞ。
「しかしだなァ!アニキ!アレはヤバいんだ、きっとナツナの谷で飛ばしまくっていて崖に激突した飛竜乗りのゴーストが出たんだよ!」
幽霊の仕業にまでし始めたクリスの目は異様に真っすぐだった。
兄からという視点で見ると、どうもこのアオギ飛竜騎士団のナンバーツーは、ただ元気な子供、という印象が見え隠れするのも事実なのであった。
だまされやすい子供。
俺からの印象、うがった視点はひとまず置いておくとして。
クリスのいう事は馬鹿げてはいるが、この世界にはモンスターも多く―――まあ飛竜が存在するならもう驚くべきことではないが。
町から離れた大自然の中ならば、夜間にモンスターが飛び出してくるのは、有り得ることだった。
何かモンスターと見間違えたのではないか?
鳥類モンスターならば、飛竜に比肩する飛び方をする種も、いるにはいる。
「ちがう、タイダル・バードとか―――大型の鳥類じゃあない、ちゃんと乗り手がいたんだ背中に。鳥だったら、それは有り得ない!」
ふうむ―――それはまた、難儀なことだな。
ウェルギリウス商会の国民的巨大レースも控えている今、そんな隣の山で簡単に負けてしまった、等という事になると大幅に計画変更になる。
まずそこをキッチリと片付ける、少なくとも本当にそんな飛竜乗りがいるのか確認する必要もある。
ナツナの谷は、自分も飛んだことがあった―――いい谷だ。
飛竜乗りの訓練にも最適だ、あそこで育つ者もあるだろう。
だからこそクリスを行かせた、という教師的教育的側面もある―――非凡な才を持つが、まだ未完成である―――ホームグラウンドだけで最速になっても見えないものはある。
だがあの辺りを拠点としているのはたしか運び屋、飛竜発送団、そういった類の連中である。
飛びぬけたスピード狂がいるという噂は聞いたことが無い。
もう少し騒ぎになっていても良いはずだと思うのだが。
仮にも俺たちは騎士団である。
戦場の経験もある、そこを飛竜でもって飛びまわり、敵の飛竜乗りと争った。
そうして今、この位置にいる―――この地位にいる。
そんな俺たちにそうそう敵うはずもない―――というのは見栄ではない、と自負している。
弟も、なにか不意をつかれたかたちであると、そう信じたい。
俺はレースのことも考慮に入れ、尋ねてみることにした。
「なぁ―――速さで負けたのか?」
「そ、そうだ―――なんていうか、全力で―――なのか知らないが、イヤな鳥肌が立っちまった、アレに追い抜かれると」
「《《他では》》、どうなんだ?速さ以外の」
「………いや、それは」
弟はやや、戸惑う。
この男の気持ちはわかる―――それをやってもいいのか、と。
それを比べてもいいのかと。
「アニキは―――飛び方を研究しろと言った。まず速さで、速さだけで敵を圧倒しろと」
それが出来るように走り込みならぬ飛び込みを繰り返せとは、言ったがな。
ついでに先程、商会から届いた通達も言うべきか。
「ルール上、速さだけを競うというパターンもあり得たからな―――だが、昨晩ルールが確定した。ウェルギリウス商会が行う今度のレースはスキル有りだ」
クリスは表情を固めたまま、仮面じみたその顔面を傾け、ゆっくりと天井を見上げる。
何か感情が動いたらしいが―――。
俺は続けざまに言う。
「強力な種族である飛竜種が持つ固有スキル―――それは単なる速さとは違う種類の要素だ。まさか、それを使って負けたのか、そのゴースト・ドラゴン相手には」
「………いや、何もしなかったよ」
「まさしく雄々しい飛竜らしいレースをして、勝つんだ、クリス―――《《次は手を抜くなよ》》」
飛竜のすべてを扱い、従い、コントロールする。
そうして戦ってこそ、飛竜騎士団である。




