隣山・アオギ=マウンテンからの刺客
そこは飛竜発送団の詰所から程遠い、別の山だった。
アオギ=マウンテン。
ナツナ=マウンテンから離れたその山の中腹に、待機している部隊があった。
規律正しい部隊のメンバーが着こむのは軽量かつ、頑丈な甲冑。
竜使い仕様の最新型である。
彼らは、昼間は王族を護衛するための飛竜騎士団として、任務に当たっている部隊だった。
「本当かよ、アニキ」
「ああ。ウェルギリウス商会の飛竜レースに出場して、オレ達が勝利を収める―――俺たちのアオギ飛竜騎士団がな!」
部隊の目標は優勝であり、それ以外は無い。
彼が言いきったことで、部隊は沸いた。それは決して絵空事ではない―――事実、彼らの竜操技術は高く、戦場に赴く傭兵からも羨望の眼差しを浴びている。
部隊のうちの一人が、余裕を持った笑みで訊ねる。
「宣言するまでもなく、天下のヴェルシム兄弟ならば、ワンツーフィニッシュは当然なのではないですか?」
「………気は抜かずに行く。クリス、お前も飛んで来い」
騎士団のリーダーである男は、弟に指示を出す。
「もちろんだ、丁度ひとっ飛び、行こうと思っていたところだぜ」
「飛ぶのは、ここじゃあない―――『ナツナ』だ」
「はぁ?ナツナって―――あんな田舎に何の用がある」
ここだって山なんだから都会じゃあないんだが………と、兄は困ったような笑みを浮かべる。
山は時折モンスターも飛び出す、大自然である。
「地元ばかりを得意になったって、本当の意味では速くなれない………遠征が必要だぜ」
「ちぇっ………」
「それにだ、クリス。俺が見るものは狭い世界ではない。元々、地元だけじゃあない―――まずはナツナだ」
「………わかってるよ、いつも聞いている。あんな田舎、サクッと制覇してやるぜ、アニキの出る幕は、ねえよ」
「―――気を抜くなよ」
そうして、ナツナマウンテンの谷間を駆け巡る男。
彼の名は、クリス・ヴェルシム。
金髪に、闘志揺蕩う瞳を煌かせる男である。
アニキはそう言ったが―――こんな谷、地元に比べれば田舎だぜ。
ナツナ=マウンテン。
地底に潜ったかのような深い谷間に、テクニカルな道は存在する。
山に存在する川とは、上流から下流に流れる。
谷間を流れる川一つをとってもそうだ。
おなじ道は存在しない。
真っすぐな川というものは存在しない。
中には蛇行を蛇行に重ねる、信じられないような形状の河川も存在する。
蛇行しているからこそ、水の流れも不規則であり、川が氾濫するという現象もこれが起因している。
これに風の浸食も加わる。
自然の生み出した芸術の中をひた走る。
狭い谷間を飛ぶことに意味がある。
危険だ。
すぐ隣には岩肌がそびえたっているのだから―――。
青空に目いっぱい翼を広げ、飛ぶ飛竜は実に、絵になる光景だ―――だが、飛竜の種類、その馬力のみで速さに答えが出てしまうのだ。
困難な道のりをいかに駆け抜けるか。
飛竜乗りの本質はそこにあると、兄は言っていた。
飛竜で自在に空を駆ける飛竜乗りは、古くから伝わる伝説にも存在している。
飛竜は空を飛ぶものだ。
それが雄々しい姿であり、神格化される所以である。
自分もその中の一人。
狭い谷間を高速で飛び回ることに生きる意味を見出した、若者の一人。
この世界では異形のものたち、モンスターは珍しくもなく、人々の生活につよく関係する。
村にも様々なモンスターが人々の役に立っていて、それをもとに、村は成り立っている。
だが自分は飛竜にしか心を奪われなかった。
「ただの飛竜乗りってのも、燃えねぇよなぁ………飛竜に乗って、しかも速い―――そうでないと―――そうじゃないと、いけねぇんだよ!」
彼は右、左と谷間を駆け巡る。
コの字に湾曲した、癖の強いコーナーも、巨大なウイングを使って風をつかみ、力強く曲がる。
減速を最小限にとどめ、スペースは最大限に使う―――。
谷の壁面から五十センチも離れていない、ギリギリのコーナーリングである。
攻めすぎると岩肌に激突してしまう。
この山の感覚にも、かなり慣れてきた。
フェルグランド・ドラゴン。
眩しいイエローの体躯に、目を見張るような巨大な両翼が特徴の品種だ。
その俊敏な動きも合わさって、豪快な彼の竜操技術に相性がいい。
「いいぜいいぜ、いい感じだ―――カンをつかんで来たぜ」
「『ギャ ギャ ギャッ ゴヒャァア!!』」
フェルグランド・ドラゴンの咆哮が谷間にこだまする。
自然の生み出した芸術の中、神に近しいモンスター、飛竜の咆哮が反響する。
やまびこのように、徐々に静寂に近づく。
再び、夜の静寂。
昆虫型モンスターの鳴き声が、かすかに森から漏れ聞こえる。
クリスの飛竜が通り過ぎてから十数秒後、谷の壁面に生える木の枝が風で揺れた。
そのそばを、一頭の竜が通り過ぎる。
その飛竜は右、左と谷間を駆け巡る。
コの字に湾曲した、癖の強いコーナーも、小さな体躯の全面で風を捕らえて、滑るように駆け抜ける。
減速を最小限にとどめ、スペースは最大限に使う―――。
谷の壁面から十センチも離れていないコーナーリングに、谷の壁面が風圧だけで罅割れた。
白と黒の塗装をされてから日が日が経っていないその飛竜は、残像を揺らがせつつ、次のコーナーに消えた。