チャンス
12月。
一人の男が悩んでいた。
「はあ…このまま終わっちゃうのかな…」
彼の名は藤谷聡也。
横浜のプロ野球チーム「横浜ブルーホワイツ」の投手だった人物。
5年間プロで活躍できずに戦力外通告をされてしまい今は他の球団からの連絡を待っている。
「悩んでても仕方ないか。トレーニングでもしてこよう。」
準備をしていると、携帯電話がなった。
「ん?知らない番号だな。」
球団からの連絡かもしれない…そんな期待をしながら電話に応答した。
「もしもし…|藤谷聡也君かい?」
聞き覚えのない声で怪しく感じた。
「すみません、どなたですか?」
「失礼。私は広島レッドフィッシュのスカウトの尾野形というものだ。」
「広島レッドフィッシュのスカウトさん!?」
「広島レッドフィッシュ」そのプロ野球チームは去年、横浜ブルーホワイツとおなじセントラル・リーグで優勝したチームだった。
主力級の若手も多く、補強する必要はないと評論家からも言われていた。
そんなチームがなぜ自分に?藤谷は疑問に思う。
「わ…私にどのような用事が?」
「ごめんごめん。まだ言ってなかったね。まあ、自由契約の立場である君を広島レッドフィッシュの選手として契約したいんだ。」
藤谷は驚いた。正直、選手として契約されるともう思ってなかったからだ。
あっても打撃投手。そう考えていた。
「なぜ自分を?他にも沢山自由契約になった選手もいますよ?」
「君の登板した二軍戦の映像を見たんだよ。」
「コントロールは正直最悪だよ。」
自分ではわかっていたが、やはり胸にグサッとくるものがあった。
「だけど君のスライダーはプロでもトップレベルだと思ったんだ。」
「えっ?」
スライダーに特別な意識はなかった。決め球でもなかったのでそんな評価をされていたとは驚いた。
「ボールのキレも一流のものだ。それでいて140キロ後半のスライダーなんて一軍でも見たことないよ。」
横浜にいたころからスライダーはとても速いと他の選手にも言われていた。
だけどコントロールができず、試合中はほとんど投げていなかった。
それなのに映像を見つけて評価してもらえて、凄いと感心しつつ感謝の気持ちでいっぱいだった。
「広島に来れば君を一流の選手に育てることができるよ。」
「君がよければ△日に事務所に来てほしいんだ。契約の書類とかいろいろあるからね。」
「わかりました。△日にお伺いさせていただきます!」
「ありがとう。球団のお偉いさんにも君が入団の意志があるということを伝えておくよ。」
「それじゃあまた。」
「…これで来季も選手でいられるのか?」
もう選手を続けるのは難しいと思い、悩み続けていたが一転して自分にチャンスがやってきた。
「絶対に活躍してやる。」
強い思いを胸に2月に始まるキャンプに向け、トレーニングの準備を再開した。