きびだんごって何ぞや
「おじいさん、おばあさん、私はこれから鬼退治に参ります。そのために必要な食料をこさえてはくれませんか。それ以外は自分で何とかします」
「はて、桃太郎。長旅になるだろうし乾き物なんぞ持っていくとよいぞ」
「そんなもの、若者が好むわけないでしょう!今都で流行りの『きびだんご』を作ってください。それを分け与えて仲間を作ろうと思っておるのです」
「ううむ。ばあさん、知っとるか?」
「いいえ?流行り物はよく分かりませんのう」
――かくして、おばあさんのきびだんご探求が幕を開けた
「とりあえず、そこら辺を歩いている者に聞いてみるか」
まず始めに通りかかったのは、都から下ってきた犬でした。
「おや、そこの白いお犬さん、少し訪ねたいことがあるのだが」
「何です?」
「都で『きびだんご』なるものが流行っているそうじゃのう。どんなものなのか教えてほしいのだが......」
その時犬は思いました。
(きびだんごって、何ぞや)
と。
「え、ええと......きびだんご、ですか」
「そう。きびだんご。うちの桃太郎が、旅のお供に分け与えるためにこさえてほしいと言うのだが、わしはよく分からんのじゃ」
(ははあ。噂に聞いたことがある。何でも、桃から生まれたというおよそ人間離れした男子が鬼退治にいこうとしているとか。よし。きびだんごが何なのかは知らんが、上手いこと言って美味しいものをこさえさせよう。そして私が桃太郎のお供になるのだ)
犬は瞬時に考えて、物知り顔で胸を張って言いました。
「きびだんごとは、有名な大棚の店主が考え出した、安価で沢山作ることのできる団子です。味付けはしっかりとしていますが、くどくなくいくらでも食べられる。保存がきく、若者に大人気の団子です」
「ほほう。ありがとう、お犬さん」
おばあさんは犬にひとつお辞儀をして別れました。
「しかしなぁ、お犬さん一人に聞いただけでは心もとない」
おばあさんがぼやいていると、全国を旅する流浪の猿がやって来ました。
「おや、お猿さん。いいところに」
「ん?どうしたんだい、おばあさん」
「実はかくかくしかじか......。そんなわけで、きびだんごの作り方を知りたいのじゃ」
その時猿は思いました。
(きびだんごってそれ、めっちゃ昔のくそ不味い団子じゃねえか?)
と。
「えー......はあ。おばあさん、本当にきびだんごを作るのかい?」
「他でもない桃太郎の頼みだからのう」
(まてよ。桃太郎のお供に分け与えるってことは、どうにかして美味い団子を作らせて、おいらがお供になれば......)
猿は瞬時に考えました。
「そんならおいらが教えてやろう。きびだんごっていうのは、ほんのり甘くて一口サイズ、乾燥したって弾力を失わず、汁物に入れるともっちもちになるんだ。え?材料だって?そんなん、地方によって色々さぁ。ま、ジャガイモは絶対入るはずさ。デンプンで固めないといけないからね」
「ほうほう。芋が必要なのかい。ありがとう、お猿さん」
「いえいえ」
おばあさんは猿にひとつお辞儀をして別れました。
「でものぅ、もう一人くらい聞いておきたいところじゃ」
そこに、羽を休めるために雉が降りてきました。
「おう、ばあさんお困りかい?」
「あら雉さん。実はかくかくしかじか、わしはきびだんごの作り方を探しているのじゃ」
その時雉は思いました。
(なっ、きびだんご......だって!?何でこのばあさんが俺たち雉の間に伝わるお袋の味を知っているっていうんだ。もしかして、人間もアレを喰うのか?昔猿にやったらくそマジぃっつって吐き出した代物だが......)
「ばあさん、作り方を教えたら、作ってくれるってのかい?」
「ああ。そのつもりさね」
「よし、じゃあ教えてやろう。材料は水と黍だ。なんつったって、『きび』だんごだからな。あ、水は牛乳でも大丈夫だぜ。肝心の作り方だが、簡単だ。雉が作れるくらいだからな。適度にすりつぶした黍を水または牛乳で捏ねるんだ。四分の一くらい黍の形が残ってると歯応えが楽しめるぜ。この時、水は少しずつ増やしていかなきゃならねぇ。多すぎると団子にならねぇからな」
「ほうほう」
「で、あーしてこーして......一口サイズの団子状に丸めたものを茹でるんだ。茹で上がったものを半日ほど天日干しにして出来上がりだ」
「なるほど。これは丁寧に、ありがとうございます」
「いや、いいんだ。俺も久しぶりに喰いたいからな。できたら是非、俺にも喰わしてくれよな」
「なら、桃太郎のお供になってくれんかのう。あの子の事だから、いいお供に巡り会えないかもしれん。雉さんなら安心じゃ」
おばあさんは雉にひとつお辞儀をして別れました。
「さて、作るかの」
おばあさんは麻袋にいっぱいの黍とジャガイモ、牛乳を用意して着物の袖を捲りあげました。
「うん?そういえば、雉さんの話ではジャガイモは出てこんかったのう。猿さんの話では、地方によって違うというし、まぁいいか」
おばあさんは材料をすりつぶして混ぜ合わせます。
その後きびだんごは雉の言った作り方と猿の言った材料、犬の言った味付けを目指して改良が積まれました。
そして、桃太郎旅立ちの日――
「おお、おばあさん。私のために作ってくれたのですか!」
袋に一杯のきびだんごを手渡された桃太郎は、それはもう喜んでおばあさんの両手を握りしめました。
「桃太郎、お前のために旗を作ったぞ。これをお供を集める役に立てなさい」
「おじいさんも、いつ作っていたのか分かりませんが、立派な旗をありがとうございます」
桃太郎は立派な装いで、おじいさん手作りの旗を背中に、おばあさん手作りのきびだんごを腰にぶら下げて意気揚々と出掛けていきました。
しばらく行くと、草むらから白い犬が出てきました。
「ちょいとそこ行く小粋なお方」
「うん、私か?」
「そうそう。もしかしてあなた、桃太郎さんじゃありません?」
「なぜ私の名を知っているのだ」
「それはもう、鬼退治に行くなんつって有名人じゃないですか」
犬は上目遣いに桃太郎を見上げて言いました。
「そんで、腰に下げているのはきびだんごじゃないですか?」
「おお。どうして知っているんだい」
「都で流行りの団子を知らないわけがないでしょう。それをおひとつくれたなら、鬼退治のお供になってあげますよ」
そんなことを言われたので、桃太郎は犬にきびだんごを分けてやりました。
「おお、これはうまい!」
「そうだろう、おばあさんは料理が上手なんだ」
桃太郎は白い犬と共に鬼ヶ島へ向かいます。
「おう、そこの白い犬を連れた格好いいお方」
「私かい?」
「そうですよ。あなた桃太郎さんでしょ」
「うむ」
「そのお腰のきびだんご、ひとつくれれば鬼退治についていきますよ」
「ならば、分けてやろう」
桃太郎は猿にきびだんごを分けてやりました。
(おっ、こいつぁ美味い!)
猿は笑顔できびだんごを頬張りました。
桃太郎は白い犬と猿をお供に、鬼ヶ島へ向かいます。
「おうい、そこのお方、桃太郎さん」
不意に上空から桃太郎を呼ぶ声がしました。
「誰だ、空からこの桃太郎を呼ぶのは」
「私です、雉です。おばあさんからあなたのお供になるようにお願いされているのです。きびだんごを分けてくれればあなたのお供になりましょう」
おばあさんに頼まれてきたというので、桃太郎は雉にきびだんごを分けてやりました。
(お、おお!俺の教えた味の原型を留めていないにも関わらず、どこか懐かしい味。お袋の顔が浮かぶ、これは、なんてうまいきびだんごなんだ!)
鬼を倒したその夜、夕飯のきびだんごを眺めて桃太郎は思いました。
(結局きびだんごって、何だったんだろう)
と。
きびだんごの作り方なんて知りません。あくまで雉流なので......。
おばあさんの愛情たっぷり団子食いてぇ