水無月ー9
すぐに感情的になる。怒りで我を忘れて怒鳴り散らす、ものを投げるなどしてしまう傾向が強い人は一度脳の検査を受けてみる事をおすすめします。
感情を司る前頭野が萎縮しているか異常がある場合が希にあります。
夜も開け、体に戻った二人は同時に目を覚ましていた。
「以外と疲れたりしてないものなんデスネ…。」
布団から起き上がりながら白衣観音こと小莱は呟いた。
「体と魂は別ですからね。それに俺は天使、ロイさんは観音様。共に天界に属していますから力の消耗もほとんどありません。」
智輝ことザドキエルも布団から起き上がりながら答えた。
「これなら続けられそうですネ!また明日もやっていいですか?」
「はい。ロイさんの活躍、また見せてください。」
明るい表情の小莱を見つめながら智輝はにこやかに答えた。
天界での光の中で、この小莱もまた別の幸せな道が標されていた。
「介護福祉士」だった。
ザドキエルがトニーの守護天使となっている世界では
小莱もまた、全く別の人生を歩んでいた。
基より小莱は香港ではなく、日本に生まれているべきだったのだ。
そう
孫壽康と王玉玲の一人息子として
初めから王小莱として
生まれているべきだったのだ。
そして、あの米奇もその世界には人としては存在せず
大天使ミカエルのまま、小莱の守護天使としてその役割を担っているのだった。
「本来のトニーが幸せに生きられた世界…ロイさんも勿論幸せで、俺もミック君も、皆幸せな世界だ。」
表情を曇らせながら突然おし黙った智輝を小莱は心配そうに覗きこんだ。
「葉さん?大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。ロイさん。俺が…俺が悪かったんです。トニー先生が…バラキエルがあんな死に方になってしまったのは皆俺のせいだったんです。」
智輝は話しながらみるみる目に大粒の涙を溢れさせた。
「えっ…それ、どういう事ですか…?」
小莱はいきなりの事に目を丸くしながら更に智輝の顔に自身の顔を近づけていた。
「俺がバラキエルを追わなければ…彼が天界からいなくなった時、我を忘れて、俺は彼を追って地上を目指し俺自身も堕天してしまったんです。」
小莱は静かに智輝を見つめながら相槌を打っていた。
「俺はあの刺された日…天界に戻された時、トニー先生が本来歩むべきだった道を生きているビジョンを見たんです。」
「それは…どんなビジョンだったんですか?」
智輝の涙を拭わせるためどこから取り出したのかいつの間にか手にしていたハンカチを渡しながら小莱は尋ねた。
「トニー先生はダンサーの道を諦め、信仰の道へ立ち返り、修道院に帰りました。そして宣教師として日本に渡り、パンやお菓子を作ってそれを通して世の中に、人々に幸せを与えていました。」
「…!」
智輝の言葉に小莱もはっとなっていた。
「小莱さんとも、もっとまともな出会い方で、二人とも幸せになっていました。病気にもならず、お金にも住む場所にも人間関係にも困らず、大切な人を思い、愛し、またたくさんの人々に愛されて…本当に本当に幸せな世界…幸せな人生だったんです。」
智輝は小莱から渡されたハンカチで止めどなく溢れ出る涙を拭いながら答えた。
「…その世界では、僕はどんな人生だったんですか?」
小莱は穏やかに頷きながら聞き返した。
「壽康さんと玉玲さんの間に生まれ、大切に育てられ介護福祉士になって沢山の人に頼りにされ尊ばれ幸せに生きていく人生です。」
小莱はそこまで聞くとみるみる顔を輝かせると、喜びの表情でいっぱいになりながら言った。
「なら、やっと今その世界に今の僕達は近づけている事になるんじゃないんですか!?」
小莱の言葉に智輝は思わず顔を上げた。
「葉さんもミックも、その世界では大天使のままですよね?さっき教えてくれた…守護天使。僕達のそれになってくれているんデショ?」
智輝は小莱の何もかも見透かした切れ長の目を見つめ返しながら答えた。
「はい。」
「バラキエル…トニー先生がこの世に帰って来たら、世界も何もかも幸せな方向に戻るじゃありませんか!」
小莱は両手を広げ興奮しながら言った。
「トニー先生はもう一度正しい道を歩み直すために生まれ変わってくるんデショ?修道士になるため…聖人になるためデショ?」
「その通りです。ロイさん、何故それを…」
智輝は枕元に置いていたティッシュで鼻をかみながら言った。
「照美さんにメールで教えてもらいました。」
小莱は微笑みながら愛用のガラホを見せ言った。




