卯月ー8
10月になり、服売り場でも秋冬物が売られるようになりました。
ハロウィンのお菓子も色とりどりでかわいいです。
本編もお楽しみ頂ければと思います。
遺骨が無事故郷に帰ったことにより、長い間保留になっていたトニーの葬儀は早速次の日の昼過ぎにとりおこなわれる事となった。
会場は聖ミカエル教会。
小莱が米奇に飛行機の中で見せてもらったガイドブックにも乗っていた、あの可愛らしいミントブルーのゴシック様式の教会だった。
この教会の墓地には入植してきたポルトガル人を初めカトリック信者のマカオ人、ポルトガル人とマカオ人の混血のマカエンセと呼ばれる人も眠っているとあった。
この日は三人共、黒の正装に身を包んでいた。
トニーの葬儀も前提に入れていたため、図らずとも全員用意していたのだ。
『ここには、前修道院長のマリア・マチルダとトニーニョのお母さまのフェリシアも眠っているの。』
葬儀の式までの時間、墓地を散策する三人を案内しながら、シスター・マリア・アルマは言った。
『フェリシアさん…トニー先生のお母さんってやっぱりポルトガル人の方だったんでしょうか…』
マリア・アルマの案内でフェリシアの眠っている十字架の墓の前に来た時米奇が尋ねた。
『はい。トニーニョは恐らく…ほとんどポルトガル人だったはずです。クォーターだったとしても、4分の3ぐらい、ポルトガル人だったと思うわ。』
マリア・アルマは持っていた花束をフェリシアの墓に手向けながら言った。
十字架の墓には小さな写真が嵌め込まれ、その下に「フェリシア・ドス・サントス」とあった。
フェリシアも生きていた時はなかなかの美人だったようである。
目鼻立ちのくっきりした整った顔立ち
明るい金混じりのウェーブがかった髪
オリーブグリーンの瞳はトニーに片方だけ受け継がれたのか
写真の彼女は死ぬにはいくら何でも早すぎるぐらい若く美しい姿だった。
『こんなに綺麗な人だったのに、どうしてこんなに若くして…』
小莱は写真を見つめながら思わず呟いた。
『乳癌だったようで…まだ27歳だったわ…。相手は解らず仕舞いで…トニーニョを身籠っていた時発覚したみたいだけど既にかなり進行していたようで…』
マリア・アルマは思い出したのかまた目頭に涙を浮かべながら続けた。
『お医者様には、子供を諦めて乳癌の治療に専念するよう言われたそうだけど…彼女はトニーニョを産む方を選んだのよ…。堕胎はカトリックでは罪だからって…人生の最期に信仰を貫いたのね…。本当に…素晴らしい女性だったわ…。』
マリア・アルマはそう言うと墓の前にひざまずき、十字を切ると頭を垂れ祈りを捧げた。
米奇、小莱、そして智輝も同じように十字を切って頭を垂れ手を合わせた。
『もうすぐ、あなたの元に息子さんも行きますよ。天国で再会できるよう、祈っております。』
マリア・アルマは心の中でそう唱えると立ち上がり、小莱と米奇を伴い教会に戻った。
しかし智輝には見えていた。
フェリシアはこの世でやり残した事を片付けるため、もう一度この世に生まれ変わっている。
つまり、トニーも彼女もあの世ではなくこの世で再び再会することになるのだ。
そして昼過ぎ
遂にトニーの葬儀が執り行われた。
ミカエル教会での葬儀は実に厳かなものだった。
小さな聖堂の中は色とりどりのステンドグラスが柔らかな光を落とし
シスター・マリア・アルマの弾くオルガンの音色が荘厳に響き、天上の世界が降りてきているようだった。
本来棺が置かれる祭壇の前の台には小さな遺骨を入れた箱とトニーの遺影、白い薔薇の花束が置かれていた。
トニーの故郷でもある坂の上の聖母教会の神父により
ポルトガル語の祈祷文が詠まれ、マリア・アルマ率いるシスター達により讃美歌も捧げられた。
シスター達によって歌われた、
「主よみもとにちかづかん」
は、代表的なカトリックの葬儀での見送りの讃美歌であり
かのタイタニック号が沈没するその時まで乗り込んでいた専属の楽団によって演奏されていた事で有名な曲でもあった。
智輝は遺影の人物がトニーだとわかっていても、自分に瓜二つなせいで何やら自分の葬式に参列しているようで正直落ち着かなかった。
マリア・アルマ率いるシスター達の中にはトニーの生前の姿を知る者も沢山居た。
彼女達にとってもトニーの死、そして彼に瓜二つの双子の兄の存在は驚きと戸惑いのダブルセットだったはずだ。
出棺の時、正確には遺骨の箱を運び出す時だったが
涙もろい小莱は既にボロ泣き状態だった。
カトリックを始めとするキリスト教の葬儀での讃美歌の挿入は自然と涙を誘うものがある。
オルガンの荘厳な響き、美しいメロディー。
出棺の時にマリア・アルマが奏でる
「神ともにいまして」
は智輝も思わず涙を溢れさせる美しさがあった。
オルガンを弾くマリア・アルマの目尻にも涙が浮かんでいた。
彼女にとってもこの曲は特別な思いが込められていたからだ。
この曲はキリスト教圏の国では有名な「別れの曲」でもあった。
しかし、この曲は旅立つ相手に
“あなたには常に神がともにある”
と勇気づけ
“いつか再会できる時を楽しみにしている”
と希望も紡がれている歌詞でもあった。
マリア・アルマはトニーが修道院の施設を出ていく時、彼にこの曲を送ったのだ。
歌詞のまま、トニーに
“神が常にともにある”
と伝え
“いつか再会できる”
と
必ず帰って来ると信じて
そんな思いを込めて
マリア・アルマはこの曲を送ったのだ。
まさか、あの時、トニーを送り出したあの瞬間が
“彼が生きていた最後の姿”
を見る事になるとは彼女自身も思っていなかったが。
『トニーニョ…いよいよ本当にお別れなのね。次に再会できるのは、とうとう神様の所になってしまうのね…。』
マリア・アルマはそう心の中で呟き涙を必死に堪えながらオルガンを弾ききった。
その時だった。
『シスター、大丈夫です。俺はもう一度この世に生まれ変わって来ますから。あの時の俺の姿のまま。5年後にまた本当の意味で帰って来ます。どうか、その時まで生きていて下さい。』
思わず声のした方をマリア・アルマが振りかえると、
頭上に金の光の輪を浮かべ
輝く金髪に銀のヘアバンドをはめ
薄紫の長いローブに白い薔薇の花びらをちりばめた灰色の長い布を纏い
手にパンの入った籠を抱えた
漆黒の翼の美しい天使がはっきりとそこに立っていた。
『…!』
マリア・アルマはあまりの驚きに椅子から落ちそうになってしまった。
トニーこと大天使バラキエルはすぐに駆け寄り彼女を支えると言った。
『俺は大天使バラキエル…悪魔の誘いに惑わされ堕天し人の子に…トニーとしてこの世に生まれました。しかし主の道に背き、自らを破滅させてしまったのです。しかし、あの三人、彼らは皆天界から降りてきた者達です。俺は彼らに救われ、再び主にこの世に降りる許可を頂けたのです。』
『米奇くんや小莱さん…あなたのお兄さんが…?』
バラキエルの言葉にマリア・アルマは目を見張った。
『米奇は大天使ミカエル、兄さんは大天使ザドキエル、そして小莱は白衣観音菩薩です。』
『…何てこと…おぉ…!主よ…感謝致します。私のような者に…こんなにも尊い魂達を引き合わせて頂き…』
マリア・アルマは涙を溢しながら天を仰ぎ胸で十字を切ると感謝の祈りを捧げた。
教会から外の墓地へ遺骨を運び出す三人のシルエットは確かに天使が二人と聖母のような長いベールを纏った人物のものだった。




