卯月ー3
連休三日目、爽やかな秋晴れです。
行楽地にお出かけの人達にはとても恵まれた天気になりましたね。
3月31日の朝。
羽田空港のロビーに小莱と米奇、そして智輝を見送りにきたそれぞれの家族が暫しの別れを惜しんでいた。
「小莱さん、久しぶりの故郷、ご実家でゆっくり休んで来てね。智輝!あんたはちゃんと3日で帰って来るのよ!全く勝手にパスポートまで取って…!」
美子は小莱には優しく微笑みながら途中智輝には厳しい口調で言った。
まさか先日退院したばかりでまだ通院が残っている息子が海外旅行に突然行くとは夢にも思っていなかったからだ。
「わかってるよ!向こうでも絶対無理しないから、怒らないでよ!」
智輝はため息をつきながら美子を宥めるように言った。
「すみません…僕がどうしても葉さんも一緒に着いてきて欲しいって言ったからなんです…!葉さんを怒らないで下さい…!」
途中米奇が申し訳無さそうに割って入って訴えてきた。
「いえ、そんな…智輝が逆にお世話かけちゃう事になったらこちらこそごめんなさいね…。」
天使のように愛らしく大きな瞳を潤ませる米奇に根負けしたのか美子も穏やかに返すしかなかった。
「ミック、着いたら国際電話で連絡するのよ。おじいちゃんとおばあちゃんに宜しく言ってね。お土産はキャリーケースに一緒に入れてあるから。」
『廖さんと葉さんにちゃんと着いて行って、迷子になっちゃ駄目だからな。』
玉玲と壽康夫妻も米奇に親らしくメッセージを伝えていた。
「うん!着いたら必ず連絡するよ!迷子にならないようにも気をつけるね!」
満面の笑みで答える米奇に玉玲も壽康も安堵の表情を浮かべていた。
「では行ってきマス!皆さんにお土産買ってきマスネ!」
小莱もどこか吹っ切れた爽やかな表情で挨拶をした。
羽田空港からは香港への直通便がそれぞれの航空会社から二便づつ出ていた。
荷物も預け、手荷物検査も済ませた三人は搭乗口へと向かった。
「廖さんは一度日本に来るのに飛行機乗った事あるんですよね。」
搭乗口までの道中、智輝の質問に小莱は苦笑いしながら言った。
「はい。凄く…怖かったの…覚えてマス…。」
「やっぱり怖いの…?離陸の時…?何かジェットコースターみたいだって聞いたけど…」
米奇が二人の間に割って入ってきた。米奇は飛行機に乗るのはこの瞬間が初めてだった。
「そうそれ!ジェットコースターだな!離陸の時だよ。滑走路を…こう…真っ直ぐ300キロぐらいで疾走してだな…いつの間にか空の上だよ。スゲーぞ。」
智輝は身振り手振りで米奇に説明した。
智輝は高校の修学旅行で九州に行った時飛行機に往復で乗った経験があった。
「300キロ!やっぱりそのぐらい出さないと飛べないよね…あーっ!やっぱり怖そうだな…!緊張してきちゃった!」
米奇は両手を擦り合わせながら落ち着かない様子で言った。
「いやいや…正体が天使のミック君が何を恐れてるんだよ。天使の時は自分の羽で飛んでたんだぞ?ま、俺もだけど…」
智輝は呆れながら横目で米奇を見て最もな事を言った。
「そう言われてみれば…ははっ!何か平気になってきたよ!」
「もしもの時は助けて下さいネ!僕は飛びかた忘れてますカラ…!」
米奇が安堵の笑みを浮かべる一方小莱は不安で一杯の表情で二人にすがってきた。
「いやいや!正体が観音様の廖さんに起こせない奇跡がありますか!?大丈夫ですよ!さ、早く行きましょう!綺麗なフライトアテンダントのお姉さんも待ってますよ!」
智輝に促され小莱と米奇もいよいよ機内に乗り込んだ。
羽田空港から香港まではおよそ五時間のフライトだ。
ジェットコースターのようなスリル満点の離陸の瞬間も終え
綺麗なフライトアテンダントのお姉さんの黒タイツの美脚に目を奪われたり
機内食に舌鼓を打ったり
前方のスクリーンの映画を見たり
機内雑誌を眺めたり
備え付けの座席のイヤホンで機内放送の音楽チャンネルを聴いたりしても
もて余すほどの時間だった。
「エコノミークラス症候群にならないためにも時々立って歩き回ったほうがいいぜ?」
智輝は米奇にそう言うと座席を後にし、奥の窓際の外国人といつの間にか何か話しを始めていた。
見た目が完全に西洋人の智輝は他の外国人からも気軽に話かけられやすいのだろう。
これまでの経験から智輝自身も英語で対応ができるよう例文を丸暗記していた。
発音も完璧だったため端から見れば誰も智輝を日本人だとは思わないだろうと
米奇は座席から眺めながら思っていた。
一方、小莱は手荷物の鞄から出した手紙を読み返していた。
あの段ボール箱の底から発掘した手紙だ。恐らくマカオからトニー宛の誰かからの…
『廖さん、それ何…?』
米奇は身を乗り出すと小莱の手元を覗き込み言った。
『トニー先生宛のマカオからの手紙だよ…トニー先生がマカオ出身だったなんて全然知らなかった…。葉さんが言い当ててくれたんだ。』
小莱はそう言いながら米奇に手紙を渡した。
『そうなの!見せて!』
米奇は小莱から手紙を受けとると封筒の住所に目をやった。
『ラザロ地区って結構歴史のある所だよね…あっそうそう!僕の教会があるんだ!これこれ!』
米奇は今度は観光ガイドブックを出すとマカオのページを開き、「聖ミカエル教会」を指した。
ミントブルーのゴシック様式を取り入れた教会で比較的新しい1875年に建てられたものと説明があった。
『周りはお墓なんだ…』
小莱はガイドブックの写真を眺めながら呟いた。
『また思い出しちゃった。その教会が建てられて何日か後の献堂式の時僕、そこに下りたんだった!ポルトガル語では、サン・ミゲルって言うんだ。僕の名前。』
米奇は遠い過去の“天使だった頃”を懐かしみながら言った。
『マカオは本当に教会だらけみたいだね。僕、教会見るのも大好きだから楽しみだな!』
小莱は声を弾ませながら言った。
『まずはトニー先生を“里帰り”させてからだよ!』
米奇は小莱に手紙と封筒を返しながらにこやかに言った。
窓の外には正に天界のような雲海が広がり、よく見ると沢山の半透明の天使たちが飛行機を取り囲むように飛んでいた。
『この子達は皆、この飛行機に乗ってる人達の守護の天使だよ。』
声がした方を見るといつの間にか智輝が帰って来ていた。




