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☆初投稿作品☆「From where I stand 」  作者: 山河新(ユーリー)
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卯月

卯月編が始まりました。

お楽しみ頂ければと思います。

3月も20日を過ぎると、県内の小中学校や高校は大方春休みに入る。


辺りの桜もすっかり満開で早い所ではもう散りはじめている所もあった。


公園や河川敷では花見の人々が弁当を持ち寄って楽しそうに過ごしていた。


退院後もしばらく家と病院を往復するばかりで引きこもりがちだった智輝も鈍った体を動かす散歩にはちょうどいい季節になっていた。


「花見なんて、もう何年もやってなかったな…。外で食べる弁当、美味しいんだよなあ…。」


智輝が花見客を眺めながらそんな風に思い過ごしている間


小莱は智輝の部屋で香港に持って帰る荷物の準備をしていた。


クローゼットから例のトニーの遺品の入った箱を出し、大切そうに一つ一つ確かめるように小莱はそれを出した。


智輝の前にも出した数々の品々だったが流石の小莱でも日本に来てから今初めて出す物があった。


箱の一番奥にそれはひっそりと入っていた。


黒いサテンの布張りの、30センチ四方の木製の箱。真鍮の止め金を開くと中には更に25センチ程の白磁の蓋付きの壺が入っていた。


箱から壺を出すと中からカラカラと渇いた音が聞こえた。


小莱はこの音を聞いただけでまた哀しみが喉の奥から沸き上がってきそうになった。


そうだった。


これはトニーの遺骨の入った骨壺なのだ。


家族も居らず、素性もはっきりしなかった、トニーの遺品や遺骨を引き取る者は小莱しかいなかった。


「愛人」契約をさせていた、ダンス・スクールの経営者さえ、引き取ろうとはしなかった。


日本に来る数年前、友人の金魚(ガムユー)から連絡を受け、警察に出向いた時に見せられた


トニーの自殺現場の資料写真や最期に着ていたと見られる、血塗れの服、遺体が倒れていたベッドのシーツ


自殺に使ったとおぼしき、32口径のピストル


それらを見た時の

衝撃は今も鮮やかに小莱の脳裏に刻まれていた。


警察の資料写真にはあの美しかったトニーには全く似つかわしくない、余りにも酷すぎる最期の姿が写し込まれていた。


撃ち抜かれた頭部から飛び散った、血液や脳漿(のうしょう)がベッドの周囲を赤く染め


その血の海にうつ伏せにトニーは力なく倒れ込んでいた。


右手を頭部に上げた状態で、すぐ側に手から落ちた32口径のピストルが転がっていた。


部屋を荒らされた様子もなく、ピストルからもトニーの指紋しか検出されなかった。


そして何より小莱宛の幾重にも重ねられた便箋数十枚に及ぶ遺書。


警察はこの状況から自殺と判断し


遺体は数日保管後火葬にうつしたという。


彼の所有物から金魚に連絡が行き、後

小莱にその死が知らされた。


初めて警察に向かった時見せられた


うつ伏せから仰向けにされたトニーの遺体の写真


血液は拭き取られていたが、その表情は安らぎからは程遠いものだった。


数日発見されなかったためか、顔面の柔らかな頬等の部分は一部腐敗、瞼も半開きで濁った眼球がはみ出していた。

口許も醜く歪み、唇の皮膚を歯が突き破っている状態で自慢だった高い鼻も醜く歪んでいた。


最初は本当にトニー本人か信じられないほどだった。


『遺体の状態が著しく悪かったので先に火葬にさせていただきました。』


検死官の言葉は今も昨日の事のように小莱の頭の中にリアル音源で再生されていた。


「ただいま。廖さん…」


「…!!」


思いがけず帰ってきた智輝に驚いた小莱は持っていた壺を手から滑らせてしまった。


壺は大きな音を立てると床に転がり中身を辺りに飛び散らせた。


「廖さん…それ…」


智輝は床に散らばった白い物体に目を見張った。


「…い…(イップ)さん…」


小莱は声を震わせながらドアの前に立ち尽くす智輝を見上げた。

智輝の目に映ったそれは間違いなく人骨だった。


智輝も以前見たことがあった。

今は亡き祖父母のそれを

お葬式の後、棺を火葬にしたあと残るそれを


真っ白に焼け残った骨を


ただの物質として見れば「焼成カルシウム」だが


窯から出され、まだ熱が残った台から長い箸でつまみ上げるそれは命の儚さとそれが失われた哀しみ、過ぎ去った時間、その人自身の人生の結晶のようでもあった。


「…トニー先生のなんですね…そのお骨…。」


智輝は落ち着いた声で呟き、小莱の前に回って静かにかしづくと散らばった骨を拾い出した。


「これは小さいから指の骨…。これは胸骨ですね…。こんなに真っ白にバラバラになっちゃって…」


智輝は穏やかな聖人のような表情を浮かべ小さく呟きながらそれらを拾いあげていた。


「ほら、これが喉仏ですよ。」


最後に拾い上げた骨は


まるで人が座った状態で手を合わせて拝んでいるか祈っているような形をしていた。


「バラバラだけど、結構きれいに残ってるもんなんですね。やっぱり若かったからかな…」


智輝はそう呟くと、項垂れ声を殺して泣き出した。


「辛かったんだな…御免な…見つけられなくて…正しい道に導けなくて…バラキエル…」


「…!葉さん…!」


小莱は最後に拾い上げられた喉仏の骨を手で包み込みながら一緒にむせび泣いた。


「バラキエル…今度こそ、幸せになれよ…正しい道を歩んで…皆を…自分自身を幸せにしろよ…」


小莱の握られた手に自身の手を重ねながら智輝はしゃくり上げながら言った。


窓の外には何処かから風に乗って飛ばされてきた桜の花びらがひらひらと舞っていた。




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