如月ー6
各地で異常な暑さが続き熱中症倒れる方が増えておりますが皆様もどうぞお気をつけて下さい。
水分補給と塩分補給適度な休憩でご無理はなさらないよう。
お楽しみ頂ければと思います。
京急横須賀中央駅で刃傷沙汰に巻き込まれ
息子が出血多量意識不明の重体で病院に緊急搬送された報せを聞いた智輝の両親は病院につくまでのタクシーの中でも全く生きた心地がしなかった。
「突然刺された」
「出血多量」
「意識不明」
どの情報も、いかんともし難いものものしさを孕んでおり、本当に現実の事なのか二人共、猜疑心にすら苛まれていた。
たどり着いた「聖ヨゼフ病院」では既に緊急処置室に運ばれたあとで
待合室で血の染みを上着に染ませ目を真っ赤に腫らした小莱に迎えられた時二人はいよいよこの悲劇が現実に起こった事だと改めて認識せざるを得なかった。
「廖さん!大丈夫!?怪我は!?あなたに怪我はないのね!?」
小莱に会った瞬間、美子は一番にそう言った。
「は…はい…ごめんナサイ…ぼ…僕の…せいデ…」
小莱は真っ赤に腫らした目をまた涙でいっぱいにしながら言った。
「どうして廖さんのせいなのよ!刺した犯人が一番悪いんじゃないの!?」
美子は泣きじゃくる小莱の右肩に手を回しながら言った。
「そうだ!とにかく、君に何事もなくて安心した!それにな。廖さん、智輝はああ見えてすごく生命力が強いんだ!必ず目を覚ましてくれるよ!」
智輝の父の、嵩も小莱の反対の肩に同じように手を回しながら言った。
「はい…」
小莱はそれ以上何も言えなかった。
あの犯人が香港で嫌がらせをしてきていたストーカーだったという事実も
ネットの情報から自分の居どころを突き止めて追ってきたという事実も
自分を守るために智輝が刺されてしまった事実も
智輝の両親は智輝同様、非常に優しかった。
いや、逆にこの両親だから智輝はああなのかもしれない。
息子が刺されたと聞いたのに、他人の自分を先に心配してくれ、大丈夫だと励ましてくれた。
普通なら正気ですらいられないはずだろうに。
小莱はそう考えると同時に、これからこの二人のため自分に何が出来るか必死で考えていた。
美子は持病があり、嵩も管理職で忙しい。
家の家事は家族で分担していたとはいえ、ほとんど智輝がやっていたに違いない。
「葉さん、葉さんのご両親の方ですか?」
続けて待合室に入ってきたのは智輝の現在の勤め先「明星」の経営者夫婦とその息子だった。
「葉さん…?あ、もしかして、智輝の勤め先のご主人の…」
美子は椅子から立ち上がり深々とお辞儀をしながら言った。
「いつも智輝がお世話になっております。母の美子です。」
「父の嵩です。わざわざ駆けつけて頂いて…本当にすみません。」
嵩も立ち上がりネクタイを直すと深々とお辞儀をしながら言った。
「そんな、ご丁寧に…申し遅れました。明星の主人の妻の玉玲です。」
「申し遅れマシタ。壽康デス。」
「米奇です。今日は仕込みだけの日なので、お店は大丈夫です。今日は僕達も一日葉さんのそばについているつもりですが構いませんか?」
両親が遅れて挨拶をしたあと米奇は毅然とした態度で智輝の両親に言った。
「本当にありがとうございます。息子は…本当にいい勤め先に…恵まれて…こんな…いい方々の所で…」
そこまで言うと美子は涙を溢した。
「父さん!母さん!智輝は!?智輝は今どうなってるの!?」
続けて待合室に飛び込んできたのは姉の照美だった。
報せを聞いて京都から駆けつけたのだ。
ビジネスウーマンらしく、スタイリッシュなショートヘアにマニッシュなレディーススーツを着込み知的な雰囲気を持った美人だった。
顔立ちは智輝同様、西洋的な彫りの深い造りで、女優の「ホラン千秋」にも似ていた。
「智輝は処置室よ。今はまだ何もわからないの。」
美子はホラン千秋似の照美にそう言うと椅子に座りため息をついた。
小莱は次第に居心地が悪くなり、気配を殺しながら静かに待合室を出た。
待合室から小莱が出ていくのを米奇ただ一人が気付き、同じように静かに小莱の後を追い待合室を後にした。
小莱は憔悴しきった様子で待合室からしばらく歩いた廊下の角で立ち尽くしていた。
角の窪みには、聖母像が置かれてあり、小さな一輪挿しに誰が生けたか白い百合の花が一本入っていた。
『葉さん…ごめんなさい…』
小莱は聖母像を見つめながらまた目に涙をいっぱい溜めて呟いた。
『廖さん。』
米奇は立ち尽くす小莱にそっと呼び掛けた。
振り向いた小莱は目を腫らした酷い顔だった。
『この病院、礼拝堂があるんだよ。連れていってあげる。』
米奇はそういうと小莱の手を優しく取り歩き出した。
『この病院のさ。名前の“聖ヨゼフ”って誰の事か知ってる?』
礼拝堂までの道中、米奇は小莱の手を引きながら質問してきた。
『うん。マリア様の旦那さんでイエス様の義理のお父さんだよね…』
小莱はうつむきながら力なく答えた。
『その通り。廖さんは“あの書物”もよく読んでるみたいだから話が早いよ。』
米奇は呟くと振り向いて言った。
『昨日さ。廖さん、見たよね。天使の夢。』




