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☆初投稿作品☆「From where I stand 」  作者: 山河新(ユーリー)
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如月ー2

人間にとって地上は仮初めの居場所でしかありません。


本当の居場所はもっと別の所にあります。


肉体もただ、地上にいきるための魂の乗り物でしかないのです。


しかし人は地上にいる間は生きていく必要があります。

そして生きていくうえであらゆる困難にぶつかります。悩み苦しみも絶えません。


ですから、それらを取り払いいかにより良く生きるかを説いた教えが必要になって来るのです。


それが宗教です。


神や仏の存在なのです。


仕事も一通り片付き、智輝と小莱は壽康の計らいでいつもより早めに上がらせてもらえる事になった。


玉玲も小莱を心配して車を出してくれた。


「しばらくの間は二人とも6時上がりで構わないわ。夜道は危ないから帰りは毎回車で送らせてもらうわね。」


川崎までの国道を走りながら玉玲は智輝と小莱を安心させるように言った。


「ありがとうございます。良かったですね!廖さん。」


智輝は穏やかに微笑みながら言った。


「はい。本当に助かりマス。ありがとうございマス。」


小莱も心底安心した様子で言った。


従業員の身の安全を配慮して車で送迎してくれるような職場等これまででは考えられなかった。


智輝は本当に良い職場に恵まれたと心の中で自分の運命を導いてくれた“何か”に深く感謝していた。


川崎の自宅に着いた時はちょうど6時40分になる頃だった。


晩御飯の仕度もこの時間なら間に合う。


冷蔵庫の中には確か白菜と長ネギ、豚肉、油揚げに水菜と鍋の具材が揃っていた。


「晩御飯、お鍋で良いですか?」


智輝は玄関で靴を揃えながら小莱に尋ねた。


「はい。お鍋の用意、僕も手伝いマス。」


小莱はにこやかに微笑みながら応えた。


以前は智輝も晩御飯の準備が面倒で仕方なかった。


母の美子(はるこ)は持病が悪化してからほとんど台所に立つ事が出来なくなり、専ら食事の仕度は智輝か、父の(たかし)がしていた。


献立を考えたり、具材を買い出しにいく事に時間を割かれるのが堪らなく嫌だったあの頃。


叶わない夢に踊らされていたためだと今になって分かった。


漫画家になるための新人賞に応募する原稿を描いたり


イラストレーターになるため、アニメーター、グラフィックデザイナーになるため。


そんな地に足の着いていない仕事に就きたいがために応募原稿を描いたりエントリーシートを書いたりと必死だったあの頃。


今からほんの二〜三年前だ。


何もかもに不満を抱いていた。


自分の事ばっかりではっきり言って周りが見えていなかったのだ。


料理など微塵も興味がなかった。


しかし、今の智輝は料理が楽しくて仕方がないのだ。


美味しいものを食べられる事が何よりの楽しみになっている。


そして何より自分の作った料理で喜んでくれる人がいる事が一番幸せに思えた。


あの頃とは比べ物にならない程幸せを感じている自分に智輝自身も非常に驚いていた。


漫画家になりたい。

デザイナーになりたい。

アニメーターになりたい。

声優になりたい。

俳優になりたい。

小説家になりたい。

ミュージシャンになりたい。

スチュワーデスになりたい。

お花屋さんになりたい。

モデルになりたい。

建築家

華道家

書道家

そしてダンサー。


人々が抱いて止まない、華やかな輝かしい“夢”の数々。


しかし“夢”は所詮“夢”なのだ。


叶うことなどあるはずがない。


実現など到底不可能。


だが、そんなものだからこそ、人はそれを追い求めてやまないのだ。


“夢”を“希望”としそれを叶える事を目標として生きるのだ。


しかし、同時に叶えるために苦労もし、結果叶わない事に絶望し苦しむのだ。


「何故人は“夢”を抱くのか」


「何故世の中では“夢”を叶えられる者とそうでない者に別れるのか。」


智輝はこの所常にその疑問を抱いていた。


一方、「“夢”を叶えられなくても別の道で幸せになれる」例もある。


それが自分だった。絵の道は諦めたが、今は料理人として幸せに生きている。


逆に「“夢”を叶えても幸せになれていない」例もある。


“夢”を叶えたのに悲惨な最期を遂げたり生きている間も常に穏やかではない人生だった者もいる。ハリウッドスターや有名モデル、ミュージシャン、アーティストの数々、国や性別を問わず


地位や名誉を獲得したにも関わらず


何故そんな死に方をと誰しもが疑問に思わざるを得ない者も星の数ほどこの世界には居るのだ。


この差はいったい何なのか。

こうなってしまっている理由とはいったい…


ぐつぐつと鍋に火を入れながら智輝は考えていた。


一方小莱は棚から食器を取り出しながら違う事を考えていた。


智輝の背に時折見える白い翼のような影についてだった。


最近は以前より更にはっきりと見えるようになっていた。


真っ白なそれは白鳥の翼に似ていた。


そして翼に加え、頭部にも金の輪のような光が見えるようにもなっていた。


これで何か白くて長い古代の衣装など纏ったりしたら完全に天使だろうと小莱は思った。


しかし智輝は自身を仏教徒だと言っていた。


初詣には真言宗の寺院、平間寺(へいけんじ)こと川崎大師に二人で参拝した事も記憶に新しい。


加えて日本古来の神道も崇めているようで以前自宅の神棚に榊を供えている様子も見たことがあった。


もし智輝が天使の生まれ変わりなら

一神教のキリスト教の神の使いが他の信仰に傾いたりするのだろうか。


そんな風に考えながら小莱はふと気になって智輝の背に見える白い翼に触れてみたくなった。


恐る恐る手を伸ばしてみると、柔らかく温かい感触が指先に走った。


『…!』


「あれ?廖さん今何かしました?」


智輝は不思議そうに振り返りながら小莱に尋ねた。


「あ、いえ…その…ゴミがついてイタノデ…」


智輝の反応に小莱は慌てて誤魔化した。


『背中に羽根が生えてるなんて言ったら頭がおかしいと思われてしまう…』


にわかには信じ難い話だったが


どうやら智輝の背中には本当に翼が存在しているようだった。


「そうだったんだ。ありがとうございます。」


まさか自身の背中に翼が存在していようなどとは夢にも思っていない智輝は朗らかに微笑みながら小莱に礼を言った。


智輝の優しい穏やかな表情はかつて香港に住んでいた時訪れたキリスト教の礼拝堂に飾られた聖書の一節が描かれた絵画の中の天使の姿にそっくりだった。


かつてはあの天使の姿はトニーに似ていると認識していたが、今ははっきりと智輝のそれだと小莱は確信していた。


8時過ぎにようやく帰宅した家族が全員揃い温かい晩御飯も済み、入浴も終えあっという間に眠る時間になった。


独立した智輝の姉、照美(てるみ)がかつて使っていた部屋で小莱は窓から外の冬景色を眺めていた。


先日積もった雪がわずかに日陰の場所に残り夜陰のなか薄青く月明かりに照らされている。


部屋には小莱一人。

なぜだか急に不安な気持ちに教われた小莱は枕を抱えると意を決して智輝の部屋に向かった。




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