神無月ー4
続きです。
異国情緒溢れる、横浜や横須賀、神戸や長崎等の町並みが好きです。
上手くあの雰囲気を文章に表せているといいのですが。
お楽しみ頂ければと思います。
京浜急行横須賀中央駅から平坂という坂を登った先に横須賀上町商店街という、昭和モダンな町並みの商店街がある。
この上町商店街の特長は、看板建築と呼ばれる大正末期から昭和初期にかけて流行した
店舗スペースと住居スペースを一体化させた作りの建造物が多く保存されている事だ。
店舗スペースはモルタルの洋風なスタイルで銅板葺きのハイカラなものやキャンバスのような大きな壁をあしらった部分にアールデコ調の装飾を施したものがある。
一方住居スペースは和式で古き良き日本の風情を味わえる作りになっている。
これらの建造物は関東大震災の後復興と共に増えていき後の大戦による空襲の被害からも奇跡的に免れ、現在も逞しく商店街の景観を彩っている。
そんな商店街の一角に、その店はあった。
香港系華僑の一家が営む家庭的な香港料理や飲茶を楽しめる中華料理店。
店名は「明星」
読みは「ミンスィン」
夜明けの空に輝く星、俳優や映画スターを意味する広東語だ。
かつて智輝と同じ職場で働いていた後輩の林亮平が派遣を辞めここでアルバイトをしている事実を知ったのは、ちょうど昨日。
パソコンでTwitterのフォロワーのツイートをチェックしながら新たに増えたフォロワーへのフォロー返し作業の後、晩御飯の「キムチ鍋」を作っている最中にかかってきた電話でだった。
久しぶりの懐かしい後輩からの電話で智輝は心が踊った。
美味しいものが大好きで食べ歩きが趣味でもあった智輝は、次の休日にさっそく後輩の務めるアットホームが売りの香港料理店に足を運んだ。
上町商店街のおよそ中央にその店はあった。
建物は銅板葺きのハイカラな看板建築で青銅の壁は左右対称の洋風建築を思わせる作りだが、目を凝らすとよく中華料理を盛る皿やどんぶりの縁に描かれている渦巻き模様が見てとれ
左右に鋭角に跳ね上がった屋根の先や八角形の窓、軒先に吊るされた赤いチャイナランタンの意匠も相まって、中華料理屋の風情を存分に醸していた。
横浜の中華街にでもありそうな佇まいだが、店主はあえて中華街ではなく
スカジャン発祥の地でありジャパニーズネイビーの拠点であり、戦後駐留軍によりもたらされたアメリカンジャジーな雰囲気漂う横須賀を選んだのだ。
携帯の時計表示で時間を調べるとまだ昼前の10時
25分だった。
店はもう開店しているようで、香港や台湾で表記用に使用されている繁体字で「營業中」と書かれた看板が立て掛けられていた。
正方形の「福」のタペストリーが上下反対に張られたドアを開けると店の奥から朗らかな高い声で
「いらっしゃいませ~!」
と言いながら短いチャイナドレスを着た可愛い娘が智輝を出迎えてくれた。