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☆初投稿作品☆「From where I stand 」  作者: 山河新(ユーリー)
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睦月ー3

こんにちは。五月も半ばになり、やっと寒暖差が緩んできました。


夏も近づく八十八夜、摘みたての新茶が出回る時期です。

梅干しを漬け込む準備もそろそろ近づく頃です。


本編もお楽しみ頂ければと思います。

正月三が日が明けても各地寺社仏閣は初詣客でいっぱいだった。


川崎市民を始め関東一円在住者のベストスリー初詣スポットと言えば平間寺(へいけんじ)、こと「川崎大師」で右に出る場所はなく、智輝と小莱も例にもれずかの場所に参拝していた。 


「廖さん、川崎大師は初めてですか?」


初日に比べて大分人混みは引いているとは言え、まだまだ人口密度のかなり高い参道を歩きながら智輝が小莱に尋ねた。


「はい。川崎大師サンは初めてデス。すごく立派なお寺デびっくりしてマス。」


小莱は楽しそうに身ぶり手振りを交えながら答えた。


「厄除けのご利益もありますからね!毎年凄い数の参拝客ですよ。あ、香港にもこんな感じのお寺あるんですか?」


「はい。黄太仙(ウォンタイセン)という道教ノお寺ガありマス。文武廟(マンモウミウ)も有名デス。天后廟(ティンハウミウ)も凄い人気デス。ホトケサマを祀るお寺デ有名なお寺ハ、ランタオ島にアリマス。」


「たくさんあるんですね。それ、全部行ったんですか?」


小莱の丁寧な返答に智輝は更に聞き返した。


「はい。僕、お寺大好きデス。お香の匂い、落ち着きマス。」


小莱は目を閉じてまるで瞑想するかのような表情を浮かべながら言った。

智輝はそんな小莱の姿がまるで観音菩薩のように思えて仕方がなかった。


「廖さんの好きな花って何ですか?」


「えっと、蓮の花デス。」


智輝の唐突な質問に小莱は目を開いたと同時に即答した。


「やっぱり。廖さんって観音様っぽいですもんね。耳も福耳だし、切れ長の綺麗な目の感じなんか思わず拝みたくなりそうなぐらい。」


智輝は穏やかに微笑みながら小莱を神々しげに眺め言った。


「…!」


小莱は切れ長の目を縦に大きく見開きながら驚いた様子で言った。


「僕、前にもソレ…言われた事アリマス…。」


「マジですか!?」


智輝も大きな目を更に大きく見開きながら言った。


「はい。僕ガまだ小さかった時、あるお寺ノお坊サン二言われマシタ。僕ハ観音菩薩ノ生まれ変わりダト…。」


小莱は遠い過去を思い返すように遥か天空を仰ぎ見ながら言った。


「でも、きっとそれ本当ですよ。廖さん、凄く優しいし…近くに居るだけで穏やかな気持ちになれますから…。」


智輝はいかにも納得だと言うように頷きながら尚も尊ぶように小莱を見つめながら言った。


「ソンナ…。ソレは、葉さんのホウデハ…」


小莱は慌てて智輝の方を向くと智輝は変わらず慈悲深い穏やかな笑顔で見つめていた。


『天使だ。』


小莱は思った。

もし、自分が仏教の観音菩薩なら

智輝は西洋のキリスト教の天使のようだと。


「なら、葉さんハ天使サマデス!天使サマの生まれ変わりデス!」


小莱は絶対そうだと言わんばかりにきっぱりと智輝に言った。


「…えぇ!?俺が天使!?いやいやいやいや!俺、日本人だし、仏教徒だし…!」


智輝は手を扇ぎ苦笑いしながら言った。


「それに俺、そんな天使なんてタマじゃありませんよ。心なんてもう真っ暗な闇に閉ざされてますから…」


智輝はそう言うと悲しげに表情を曇らせた。


「葉さん…。」


「俺、絵の仕事に就く夢も諦めたし、もう何もかもどうでもよくなっちゃったんですよ。頑張る事にも疲れましたし…」


智輝は遠い目をしながら溜め息混じりに続けた。


「だから、一旦全部リセットして今ある物だけで満足する事にしたんです。…自分の身の回りをもう一度よく見渡して、関わっている人や事象なんかを見直してみたんです。」


智輝はそう言うとまた瞳を輝かせながらまっすぐ小莱を見つめた。


「でね?よく考えてみたら、俺ってびっくりするぐらい恵まれてたって事に気付けたんですよ!」


「…!」


小莱は智輝の大きなオッドアイの輝きに吸い込まれそうになりながら見つめかえした。


「デカいオール電化の快適な家に温かい家族、調理師の資格…毎日食うものは余るほどあって、お金にも困っていない。五体満足の健康な体に、ちゃんと目も鼻も口も耳も全部機能してる…おかげで自分の足で何処へでも行けて色んな物に触れる事が出来て音楽も聴けて、美味しい物の香りも味も、色も全部感じて楽しむ事ができてるんです。」


智輝は実に楽しそうに弾みながら話していた。


「叶わない夢なんかにしがみついて周りが見えなくなって…自分がどれだけ恵まれていたか幸せかに気づけない事こそが不幸で愚かなんだって気付けたんです。」


「葉さん…。スゴいデス。その考え…。」


小莱はただただ感嘆しながら智輝の話に共感していた。


「でも…でもですよ?俺やっぱり許せないんですよ。夢を叶えて楽しそうに生きてる奴等の事…羨ましくて妬ましくて殺してやりたいぐらい…全員不幸になればいいのになんて考えてる自分もいるんですよ。」


「…!ソンナ…。」


小莱は今まで感じていた智輝の隠された“傷”、“闇”の部分を垣間見た感覚に襲われた。


「今の俺、はっきり言ってプロの漫画家とかイラストレーターとかグラフィックデザイナーとか名乗ってる成功者なんか全員大っ嫌いなんですよ。ほんと…全員死ねって思ってます。」


智輝は過去に絵の能力を活かす道を目指したが努力の甲斐も空しく叶えられなかった悔しい経験をしていた。


「夢を叶えて絵の仕事に就きたかった」


この無念の思いは智輝の心の奥深くに重苦しく沈んだままどうすることも出来ず今も智輝の心に影を落とし続けていた。


「…。」


小莱はどう反応していいか分からず押し黙ったまま智輝の表情をただただ見つめた。


智輝の抱えている“闇”は正に小莱自身のそれと全く同じだったからだ。


小莱も成功者が大嫌いだったのだ。


SNSで、いかに自分の人生が充実しているか、雑誌の取材やテレビ等でいかに自分達が富や名声を得ているか等を自慢げに語ったり発信している連中が嫌いで仕方なかったのだ。


正直関わりたくなかったし、連中がいかに浅はかで愚かな存在かも見抜けていただけに不本意でも見かける度ヘドが出る思いだった。


「…分かりマス。僕も、同じ二思いマス。」


小莱は眉を寄せ濃い茶色の瞳に強い光を宿らせながら言った。

心なしか目尻がつり上がっているようにも見えた。


「廖さん…。」


智輝は普段優しくて穏やかな雰囲気の小莱らしからぬ目の様子に驚きつつすぐに納得した。

小莱もかつて努力したにも関わらず夢を叶えられなかった過去を抱えていた。


「昔…僕ヲ傷つけた相手…プロのイラストレーターヲ名乗る人デシタ…。ホント…最低!僕モ許せない気持ち同じデス!」


小莱は今まで押し殺していた“本音”を思わずぶちまけていた。


「…!廖さん…!」


小莱の突然の取り乱しように智輝は焦りつつ、しかし小莱の“新たな一面”=「怒りの表情」を見る事が出来た事や彼自身がもう遠慮せず本音を聞かせてくれた事に微かだが確かな喜びも感じていた。


「…そうですよ!廖さん!それでいいんですよ!我慢なんかしないで、どんどん言っちゃって良いんですよ!」


智輝は表情を明るく輝かせながら小莱に言った。


「葉さん…。そ…そうデスよネ。僕、ずっと我慢してイマシタ。でも言ったらチョットスッキリシマシタ。」


小莱ははにかみながら応えた。


「廖さんも同じ気持ちだったんですね!俺、嬉しいです。」


「葉さん…。」


二人はまた見つめあっていた。

気がつけば、人の列はいつの間にかかなり前に来ており、本堂がもうすぐ側まで来ていた。


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