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☆初投稿作品☆「From where I stand 」  作者: 山河新(ユーリー)
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睦月

睦月編がスタートします。

やっと作中の世界も2018年を迎えました。

お楽しみ頂ければと思います。

12月も後半に入り波瀾万丈の2017年もあと残り僅かになっていた。


小莱の帯状疱疹もすっかり完治し、元のように元気に出勤出来るまでになっていた。


壽康が気を利かせて休みにしてくれたクリスマスイブ、智輝は小莱のアパートに来ていた。


小莱も共に休みになっていたようで、まるで恋人同士のように二人は一緒の時間を過ごしていた。


「香港でもクリスマスにケーキ食べたりするんですか?」


智輝は来る途中買ってきたケーキを切り分けながら小莱に尋ねた。

直径20センチのそれは、生クリームとほろ苦カカオパウダーと、くちどけなめらかクーベルチュールのチョコレート、大粒苺にブルーベリーやブラックベリーや金箔でデコレーションされた見た目も非常にゴージャスなクリスマスケーキだった。


「はい。香港…デモ、クリスマス…特別ナ日デス。家族ミナ集マテ…オ祝イシマス…ケーキ食ベルシマス。」


「そうなんですね!あ、このお店のケーキお勧めなんですよ。ワンホールありますから、たっぷり食べられますよ!」


小莱の返答に智輝はにっこり笑い、店のパンフレットを見せながら言った。


「パンも売ってて色んな種類が選べるんですよ!店員さんもすごくきちんとしてて愛想もよくて、俺気に入っててずっと通ってるんです!特にこの自然素材にこだわったサンドイッチとカレーパンがお勧めなんですよ!」


智輝は本当に食べる事が好きなのだろう。


食べ物の話をしているときの彼の表情は実にイキイキしていた。


小莱はそんな純情な智輝を見ると本当に幸せな気持ちになれた。


智輝という存在そのものがもう癒しの塊のようにすら思えた。


一方で智輝も小莱の綺麗な顔が喜びや楽しみの笑顔で輝く度、これ以上ないほど幸せな気持ちになれていた。


帯状疱疹の一件から、小莱は智輝に完全に心を開き、全てをさらけ出せるようになったのだ。


「アノ、僕…(イップ)サンに渡ス…シタイモノ…アリマス…。」


「渡す、したい…あ、渡したいものですか?」


「ソデス。渡シタイモノアリマス。」


小莱は目の前に切り分けられた美味しそうなケーキと智輝の顔を交互に見ながら片言で言った。


「わあ~何だろう楽しみだな♪」


智輝はわくわくしながら

炬燵の天板に肘を立てて顎を支える姿勢で小莱の様子を見守った。


小莱は後ろの棚から綺麗な包装紙に包まれた小さな箱を出してきた。


包装紙は「喜」が2つ並んだ字や「壽」や「嘉」や「福」等の目出度い漢字がたくさん散りばめられた柄でいかにもご利益のありそうな物が入っている様子だった。


「昨日、中華街…行テ、買ウ…シテキマシタ…」


「中華街!行ってきたんですね!どうでした?やっぱり懐かしい感覚でしたか?」


「はい。香港思イ出ス…シマシタ。アノマチ…中国のニオイ…イパイスル。懐カシアリマス。」


智輝の言葉に小莱は片言で一生懸命返答した。


「コレ、僕カラ…プレゼントデス。(イップ)サン…沢山、オ世話ナタ…お礼…貰テクダサイ。」


そう言いながらうやうやしく小莱が差し出した箱を智輝は心を喜びでいっぱいにしながら受け取った。


「ありがとうございます!早速開けて良いですか?」


「はい。ドゾ。」


智輝の問いに小莱はにっこり笑いながら答えた。


包装紙を破らないように丁寧に開けると中には白いボール紙でできた小さな箱があった。


箱の蓋を開けると白い薄紙に巻かれた金色の置物のような物体が見えた。


「うわ!可愛い!」


薄紙を外し掌に置物を乗せながら智輝は叫んだ。


それは龍の頭に亀の体を持った神獣の置物だった。足元にくっついた台には金貨が幾重にも重なった装飾が施され、見ただけで所謂、風水アイテムと見て取れた。


銅製のボディには金箔が張られ、重厚感があり掌にもズシリと確かな重みを感じさせ、飾って置いているだけで金運が上がりそうな雰囲気を醸していた。


「『龍亀(ロングイ)』言いマス。」


「ロングイ?」


「はい。イパイ働キ、オ金稼グ、オ金増ヤス助ケ…シテクレル、神様の動物(ドブツ)…オ金持チ…中国人、ミナ…コレ、飾ルシテマス。」


「マジですか…メチャクチャ有難い存在じゃないですか!俺も是非飾ります!」


「はい!是非飾ルシテクダサイ!オ金持チ、ナレマス!」


小莱は両手を握ってガッツポーズをしながらにこやかに言った。


「あー!廖さん…ほんと可愛いわ~」


智輝は内心思いつつ口には出さず、また優しい笑顔で返すと


「大事に飾らせてもらいますね!」


と言い元のように綺麗に包み直し鞄にしまった。



25日は小莱が智輝の実家に来ていた。


始めて降りる川崎駅、自宅アパートのある上大岡も街だが、川崎もかなり都会だと小莱は感じていた。


加えて、始めて見る智輝の実家にも小莱は圧倒されていた。


『これが葉さんの家…!大豪邸じゃないか…!』


築12年のオール電化のそれは何と三階建てだった。


八角形のバルコニーと白いサッシの上げ下げ窓が特徴のそれは西洋の城を思わせる石のタイルが張られ、庭も大変綺麗に手入れされ家の周りの掃除もきちんとされている様子から住人の生活水準の高さを容易に想像することが出来た。


S字を描いた玄関の造りや八角形の取り入れ方に何やら小莱は住人が風水を勉強している気配を感じていた。


『僕の実家に似てる…気のせいかな…でも何かこの感じ…』


「さ、遠慮なく上がってください!廖さん、どうしました?」


目を見開きながら立ち尽くす小莱に智輝は明るく促した。


「ア、はい!スゴく…大キ…オ家!葉サン…初メカラオ金持チダタネ…!」


「いや、はは…皆に言われます…。まだローンが600万近く残ってますけどね…。」


智輝は苦笑いしながら言った。


「600万…!アノ、葉サン、家族何シテル人…デスカ?社長(シャチョ)サンデスカ?」


「…母親は塾の講師で経営者です。フランチャイズ式ですけどね。父親は公務員です。姉は独立して今は京都の大手の証券会社に勤めてます。」


智輝は何という事はないと言わんばかりに素っ気なく玄関のドアを開きながら言った。


「…!」


一方小莱は息を飲んでいた。


智輝の家族が思いがけずエリート揃いな事やそれぞれの職が自身の家族のそれに丸かぶりしていたからだ。


「僕ノ家族ト同ジ…。」


「…マジですか…!」


家の中に入ると左手にドアがあり、奥には広い部屋があるようだった。


「一階スペースは母親の経営している塾になってます。上が生活スペースで寝食は上でいつもやってます。さ、どうぞ。」


「オ邪魔シマス…。」


智輝の案内に促されながら、小莱は二階の“生活スペース”に上がった。


上がった所に広がっていたのは八角形の空間のリビングだった。

鮮やかな黄色のピーコックのカーテン、トリムの壁紙、四ヶ所に取り付けられた白いサッシの上げ下げ窓から明るい光が充分に入り、掃除も行き届いた快適な空間の右手はこれまた広いシステムキッチン。


家庭用IHクッキングヒーターに水道が2つ並んだ抗菌加工のシンクに備え付けの洗浄機。明るい木目調の食器棚、収納性も抜群そうだ。

小莱はただただ感嘆を吐きながら見渡していた。


『すごい…!』


「どうぞ。お茶出しますのでおかけください。」


智輝はリビングのテーブルに小莱を誘導した。

椅子に腰掛け一息ついた所、下の玄関のドアが開く音が聞こえ誰かが上がって来た。


「ただいま~…!あら!いらっしゃい!」


現れたのは智輝の母の美子(はるこ)だった。


カールしたショートヘアー、顔立ちも西洋的で

くっきりした目鼻立ちや色白の肌等の特徴からすぐに智輝の親族とわかった。


「ハジメマシテ。廖小莱(リウ・シウロイ)イイマス。オ邪魔シテマス。」


小莱は立ち上がり美子に

丁寧にお辞儀をした。


「まあまあ!ご丁寧に!智輝の母の美子です!」


美子も驚きながら明るく挨拶を返した。


「噂には聞いていたけど、本当に綺麗な方ね!モデルさんかと思っちゃったわ!」


美子は荷物を片付けながら言った。


「今日は晩御飯も食べて行ってもらう予定だけどいいよね?」


「ええ!いいに決まってるでしょ!?スーパーで美味しそうなお総菜いっぱい買って来ちゃったの!ケーキとシュトーレンもあるから是非食べてもらって!」


美子はにこにこ朗らかに笑いながら言った。


「やった!廖さん、今日はいっぱいご馳走しますね!」


「アリガトゴザイマス!」


「これから晩御飯まで何して過ごすつもりなの?」


シュトーレンを切り分けながら美子は智輝に尋ねた。


「廖さんの日本語検定の勉強を見てあげるつもりだけど…」


「まあ、良かったら私も教えてあげましょうか?」


智輝の返答に美子は閃いたように言った。

智輝も小莱もその手があったかと思わず顔を見合わせた。


美子は塾の講師、この道30年の教育のプロだ。


「廖さん!超ラッキーですよ!まさかこんな所でプロから直々に教えてもらえるなんて!」


「はい!スゴク嬉シデス!」


小莱の顔はこれまで見た事もない程に輝いていた。


晩御飯までの数時間、智輝と美子の日本語教室が開かれ、小莱の苦手な“てにをは”や接続詞、発音の癖の直し方まで徹底して復習させられた。


「それにしても語学留学ってすごいお金かかったでしょうに…」


検定の教科書のページをめくりながら美子は気の毒そうに言った。


「はい。11万香港ドル…カカリマシタ…。」


「日本円でいくらぐらいなの?それ…。」


小莱の返答に美子は更に尋ね返した。


「163万グライ…聞キマシタ…。」


「163万…!!」


小莱の口から出た思わぬ金額に美子と智輝は思わず声を合わせて叫んだ。


「…このままじゃ引き下がれないでしょう。無駄にしないためにも、皆にびっくりしてもらえるぐらい上手になっちゃいましょ!基本のコミュニケーションは充分出来てるから、あとはポイントだけよ!」


「そうですよ!廖さんなら絶対できますよ!」


智輝と美子に励まされ

小莱はこれまで失っていた自信が再び沸き上がってくるのを感じていた。


日本語教室が終わったあとは丁度智輝の父の(たかし)も帰宅し豪華なクリスマスのディナータイムだった。


国産地鳥の股肉の香草焼き、色とりどりのテリーヌに智輝の作った特製ホワイトシチュー、ほくほくかぼちゃのチーズドリア、一人に一皿づつ彩り温野菜サラダがつき、デザートにはまたケーキがついていた。


まるで高級洋食レストランのようだと小莱は思った。


「そう言えば廖さん、家族の職業が俺の一家と同じって言ってましたね。」


食後のティータイムにまったりしながら智輝は小莱に話題を出した。


「はい。母ノ仕事、塾の講師で同じデス。父も国務省に勤めている役人です。一歳上の兄は株の取引所に勤めてマス。」


「すごい…!本当に同じですね!…っていうか…廖さん、何か急に日本語上手くなってません?!」


智輝は二重の驚きに思わず目を見張りながら言った。


「ええ!ほんの数時間前に比べると…随分滑らかになってるわ!ほら、促音…つっかえる発音よ!あれが上手くなってるのよ!」


美子もコーヒーをすする口をカップから外しながら言った。


「一歳上…って所だよな?違和感なく聞き取れたよ!廖さん、すごいよ!」


「いえ…美子サンの教え方が…トテモ分かりヤスカッタから…デス。学校で習ったのより分かりヤスカッタので…」


小莱は照れながら謙遜して言った。


「廖さん、このまま行ったら…日本人並になれるかもしれませんよ!ね!母さん!」


「ええ!もともと頭も良いし、覚えも早いのよ。今までただそれを発揮出来なかっただけで、もう大丈夫よ。またいつでも教えてあげるわ!」


美子は自信ありげに微笑みながら言った。


この日を境に小莱は智輝の家に通いつめるようになり、小莱が訳あり物件に住んでいる事実を知った家族は独立した智輝の姉の空いている部屋を使う事を奨めた。


思いがけず智輝の家にホームステイすることになって向かえた大晦日、「世界の亀山ブランド」の60インチの薄型テレビで「ゆく年くる年」を眺める小莱がいた。


テレビには初詣客で賑わう「川崎大師」が映されていた。


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