師走ー7
四月に入り気候が安定して毎日暖かく過ごしやすくなりました。やっと咲いたと思った桜がもう散りはじめています。
もう少し楽しみたいのですが、季節の移り変わりは早いですね。
お楽しみ頂ければと思います。
次の日も小莱は店を休んだ。
体の痛みがまだ収まらず微熱も続いていると壽康が言った。
「厨房の方は私達で間に合うから、ミックが学校から帰ってくるまでホールのほうやってもらってもいいかしら?」
玉玲の言葉に智輝は戸惑った。
「ホールって…接客のほう…ですよね。」
「大丈夫!難シクナイヨ!注文トテハコブダケ!簡単ヨ!」
不安そうな智輝に壽康は明るく言った。
「…はい、やれるだけはやってみますけど…」
顔を曇らせながら智輝は
承諾したがやはり不安感は拭えなかった。
接客はこれまでできる限り避けてきたジャンルの仕事だ。
「いらっしゃいませ!!」
とやたら明るくハキハキと叫び
張り付いたような笑顔で
客に対応し、あっちこっちへ愛想を振り撒きと言った事を一日中するものと智輝の中では印象づいていた。
「すげぇ疲れそうだ…」
そう心の中で呟く智輝に玉玲は一着の藍色の中国服を渡してきた。長袍と呼ばれる、スタンドカラーと紐のボタンが特徴的な裾の長い、伝統的な中国の民俗衣装だ。
「はい、これホールの制服。廖さんので悪いけど多分サイズ一緒だと思うから。」
「えっ!これなんですか?前はコックコートでやってた気がするんですけど…」
智輝は中国服を受け取りながら言った。
以前小莱がホールをやっていた時は確かにこんな服は着ていなかった。
智輝の手にあるそれは深みのある上品な光沢が特徴的な素材で高級感があり、横浜の中華街で1000円ぐらいで売っているポリエステル製のチャイナ服とは一線を格す、“本物”のそれだった。
「あの時はクリーニングに出してたのよ。今のところ一着しかないから…」
「…ってことはもしかしてオーダーメイドですか…?いやいやいやいや!絶対汚しますよ!やっぱコックコートでいいですか?」
玉玲の話に動揺を隠せない智輝は慌てて返そうとした。
直感でこの光沢は本物のシルクだと思えたからだ。
「大丈夫よ!クリーニングに出せばまた綺麗になるんだから、さ!着替えてきてちょうだい!」
玉玲に押し戻され、仕方なく智輝はロッカールームでそれに着替える事にした。
広げて着てみると、肩幅も丈も袖のゆきも、襟の高さも首回りのゆとり加減もまるで測ったようにピッタリだった。
「嘘だろ…廖さん、マジで俺とサイズ一緒なのかよ。」
初めて着る本格的な中国服は思いの外着心地が良かった。
首もとが詰まったあの独特の襟が苦しいかと思ったがそのような事も全くなく、全体的にゆったりと作られてあるせいか、
以外とリラックスして着られるものである事が分かった。
添えつけのズボンも穿き、姿見に自分の姿を移して見てみると
レトロな香港映画に登場する中国服を着たイギリス人のように思えた。
サイズがピッタリなためか、西洋的な容姿だが、中身は日本人で元から東洋的な雰囲気も持っているからか違和感は感じられなかった。
もしかして似合ってるのか…?これ…。
智輝がまじまじと鏡の中の自分を見つめていると
「葉さん!着替え終わった?」
外から玉玲が呼んでいる。智輝は慌ててロッカールームから出た。
「…!素敵!とっても似合ってるわ!まあ、ほんとにサイズもピッタリね!」
「あ…ありがとうございます…。」
「コレハ大変ダ!今日お店大繁盛ナテシマウナ!三人ジャ足りナイカモ知レナイ!」
壽康も嬉しそうにニコニコしながら言った。
「そんな…。大袈裟ですよ…。」
そうこう言っている間に店の外に客の影が見えた。
背の高い、モデル体型のショートヘアーの女性だ。派手な服装とメイクだったが上手く馴染み彼女の個性になっていた。
「いらっしゃいませ!」
智輝が反射的にそう言った途端、入ってきたモデル風美人は
「…!?」
息を飲んで、とても驚いた顔を見せた。
まるで鳩が豆鉄砲を食らったような…
「お客さま…?」
智輝は何やらデジャヴのような感覚を覚えていた。
この表情、この感じ、俺が廖さんと初めて会った時と同じじゃないのか…?
「Oh…sorry …」
モデル風美人ははっと何かに気付いたように英語でそういうと、今度は辺りを見渡しだした。
「どうぞ、空いているお席どちらでもお掛けください。」
相手はどうやら外国人のようだったが、智輝は構わず日本語で案内した。
モデル風美人はあの智輝が初めてこの店を訪れた時座った八角形の窓の席に座った。
すかさずグラスに水を入れトレーに乗せてテーブルに持ってきた智輝に、モデル風美人は今度は英語で衝撃的な質問をしてきた。
「Excuse me …Are You “Tony Ip”?」




