師走ー3
今日で32歳になりました。今後ともよろしくお願いいたします。
小莱の背中には赤みを帯びた帯状の湿疹が10センチ程の範囲で広がっていた。所どころ水ぶくれのような物も見受けられる。
「たいじょうほうしん?」
小莱の背中と智輝の顔を交互に見ながら米奇が訊ねる。
「俺もつい先月なったんだ。子供の頃水疱瘡にかかった人は皆なるんだよ。疲れが溜まってたりストレスで体が弱って免疫力が低下すると、脊髄近くの神経の中に潜んでた昔のウイルスが目覚めてこういう症状が出てくるんだ。」
智輝はそう言うと小莱の顔を覗き込み
「廖さん、子供の頃水疱瘡にかかりましたか?」
と訊ねた。
「……?」
「水疱瘡」と言う日本語の単語が分からなかったようだ。首を傾げる小莱の様子から察し智輝は米奇にバトンタッチした。
「通訳お願いしていい?」
「勿論ですよ!」
『廖さん、子供の頃に、水痘にかかりましたか?』
『ああ、かかったよ。まだ赤ちゃんの時。近所の子のがうつっちゃったんだ。』
すかさず二か国語で対応した米奇の問いに小莱は
母国語で答えた。
「赤ちゃんの時かかったそうです。」
米奇はそう智輝に今度は日本語で伝えた。
「一応ちゃんと病院で診てもらったほうがいいですよ。帯状疱疹は放っておくと大変な事になるから。」
『ちゃんと病院で診てもらわないと大変な事になるって。』
智輝の言葉を広東語にして米奇がそう伝えると小莱の青ざめた顔が更に曇ったように見えた。
「ミック君、俺からのお願いだけど、廖さんの病院一緒について行ってあげてくれないか?医者の話とか通訳してあげてほしいんだ。」
「勿論です!元よりそのつもりでしたから!」
米奇の頼もしい姿に安堵した智輝は先程出したプッチンプリンを見せ
「これ、お見舞いに持ってきました。美味しいですよ。後で食べてくださいね。」
と言うとまたあの穏やかな笑みを見せた。
「…葉サン…。ホントニ…アリガトゴザイマス。」
「いえそんな。お構い無く。」
『唔使客氣』
小莱の感謝の言葉に照れながら答える智輝の言葉を米奇がまた広東語に訳していた。
「今日はお客さんも少ないからお店も早めに閉めるって父さんが言ってました。」
米奇はポケットから二つ折りタイプの携帯電話を出しメールを開きながら智輝に日本語で言った。
「まだ四時前だけど、今日はお客さん少ない日なんだ。」
「はい。定休日前と土日は忙しいですけどね。」
米奇がそう言うと、また
携帯電話にメールが入り
「あっ!母さんが車出してくれるって!良かったね!廖さん、病院まで歩かなくて済みますよ!」
智輝は米奇の今どきの十代が持つには珍しい二つ折りタイプの携帯電話を覗き込んでみたが
やはりあの画数が半端ない繁体字で読めない漢字の文章が表示されているだけだった。
米奇はこれを瞬時に読み取り日本語に脳内で変換し伝える事が出来るのだ。
「…。ほんとスゲェな…ミック君…。それにしても廖さんの容態いつの間に、壽康さん達に伝えたんだ…?」
いったいどんな言語中枢を持っているのだろうと思いながら智輝は再び米奇に質問した。
「さっきトイレで。廖さんの顔色が死人みたいだからすぐに来てってメール送りました。」
米奇は智輝の問いにさらりと恐ろしい単語を交えながら答えた。
「廖さん。良かったですね!」
そう言って微笑みかけた智輝に小莱は涙を浮かべながら何度も頷いた。
「ホントニ…ウレシデス…。シアワセデス…。」
そう話す小莱の寝床の側にはここに来る前に米奇が言っていた「段ボールの箱」があった。
50センチ四方程の白いそれの表面には
繁体字で「小心輕放」と書かれたラベルと小さく、しかしはっきりと
「葉童雄的遺物」
と書かれてあった。




