船大工ベイラー
「……生きてる」
「当たり前でしょう! 」
パームとの激闘が終わり、すでに日が暮れた。カリン達は海賊のアジトから離れ、海の国サーラへと戻っている。怪我をした人、怪我をしたベイラー。治療するにも何をするにも、海賊のアジトでは物も場所も足らなかった。そして、たった今目覚めたのは、あの戦いの後に意識を失ったオルレイト。寝かされ木製のベッドから起き上がり、思わず吐いた言葉に、向かいでずっと座っていたカリンが叫んでいた。
「まだ寝てなさい。貴方、一番ボロボロだったのよ」
「レイダ達に比べれば」
「レイダはベイラーじゃない。私たちは人なの。頭から血を流してたのよ? 覚えていないの? 」
「……全く覚えがない」
「でしょうね! 」
矢継ぎはやに繰り出される言葉にオルレイトが何度も詰まる。それは繰り出される言葉の強さ以外にも、彼にとって、カリンが己を見舞ってくれている事、心配をしてくれた事に頭の処理が追いついていないせいでもある。さらには、自身がカリンに心配をかけたことそれ自体にも情けなさが付随し、寝起きの頭ではまったくもって処理しきれなかった。とにかくオルレイトは、彼女に謝罪よりも感謝したかった。話の流れを折ることになろうとも、それを欠いてはさらなる自己嫌悪に陥ることは、彼が一番よく分かっていた。
しかし、オルレイトのそんな思案など素知らぬ顔で、カリンが龍石旅団の面々について話はじめる。
「コウは今船を作ってくれてるわ。お手伝いに行ってもらっているの」
「あ、ああ……コウならいい働き手だろね……リクは? 力自慢だったような? 」
「もう双子が限界で寝ちゃってる」
「そうか。あの年で湖と地上を行ったり来たりだもんな」
「湖のことだけど、あれ、海とつながっているそうよ」
「なんだって!? どんな地形をしてるんだあのアジト!? 」
「いきなり大声を出さないの! 」
自己嫌悪に陥ることになったとしても、知的好奇心が優先するのは、オルレイトの美点であり悪癖でもあった。
「つ、つまりだ。あのアジトはこの国の、崖のさらに奥にありながら、吹き抜けで、……いや、海の底から横穴が空いているのか……」
「とっても深いところね。見たことない生き物も居たわ。足が8つあって、ハサミみたいな手を持って」
「足が8つ? 手がハサミ?? 」
「岩みたいにゴツゴツした体で、とても大きいの。コウをまたいで行ったくらいだから」
「ま、まってくれ……ちょっとまってくれ。想像するのに時間をくれ。ください」
おもわず頭を抱える。見たこもがない物を頭で思い描くのは困難を極め、8本の足を配置させる胴体が思いつけずに思考を投げ出す。そして、自分のベイラーの事をまだ聞いていない事を思い出した。
「えっと、レイダは? それに、他のベイラーはどうなった? 」
「レイダもセスも担架で運ばれたわ。でももう大丈夫。時間はかかるけど、良くなるそうよ」
「あれだけやられたのに……よかった……ミーンは? 」
「それが、起きないのよ。ただ、コウと違って、眠っているだけだから、じきに起きるって」
「それ、本当に大丈夫なのか? 」
「何回か反応が返ってきた来たの。コウの時は何にもなかったでしょう? 」
「あー……それは、たしかに。乗り手のナットは? 」
「コクピットから出てこないの……でも、一応食料を積み込んであるし、ベイラー用の椅子で、眠れはするから、心配はない……かとは、思うわ」
「まぁ、とにかくミーンが起きないとわからないか」
「そうなるわね」
「あー。カリン」
「なぁに? 」
再びでてしまった悪癖を自覚しながら、それでも言葉で伝えなければならないと、意を決する。目をみて、しっかりと伝える。
「……あ、ありがとぅ」
だがどもる。オルレイトの顔が真っ赤になった。そんな彼の事をあざ笑うでも失笑するでもなく、カリンは屈託のない笑顔で応える。
「どういたしまして! 今マイヤを呼んでくるから待っていてね」
すたすたと足早にその場を去るカリン。一旦の落ち着きを取り戻して周りを見れば、騒々しいさの渦中にいる事にようやく気がついた。
海賊たちが横になり、怪我をした場所に包帯を巻いているかと思えば、先程までの戦いを語り酒を仰ぐ者、食べ物が欲しいと喚く者。一応は病室の体裁を保っているが、ほぼ機能を果たしていなかった。
「起きたかい」
「ネイラ!? 」
そして、隣で同じように横になっているネイラに声をかけられ、驚きで声が上ずってしまう。
「まぁ体が弱いのに回復力はあるこって」
「ね、ネイラも随分と傷だらけに……」
ネイラの身体は包帯で巻かれている。だがその隙間から覗く、おびただしい数の傷。だがその全てが癒えていることに気づくのに大いに時間がかかった。
「まぁ、いろいろあったから。こんな傷が大なり小なりあるけど、数えたらきりがない」
「ネイラ。一体ゲレーンに来る前は何をしていたんだ? 医者がこんな傷跡を抱えるなんて聞いた事ないぞ。それ、絶対一回でついた傷じゃないだろ? 」
「ほー。どうしてわかる? 」
「傷の種類だ。剥けたような痕、切り傷、腫れもある。一回で全身なんて考えにくい。長い間で体を何回も痛めつけた。そんな感じの傷だ」
「一目で種類までわかるのかい。いい医者になれるよ」
「はぐらかさないでくれ」
「……まぁ、いいか」
体をおこすと、背中にもおびただしい数の傷があるのが見て取れる。怪我をしていない場所を探すのが大変だろう。
「昔、アタシは軍にいたんだ……帝都のね」
「帝都の軍に!? 」
オルレイトの驚愕した顔をみて、ネイラがさびしそうに笑う。予想通りの顔をした事への笑いと、過去に起きたことへの哀愁であり、今のオルレイトには、その全てを理解するには、体の具合も含め、あまりに余裕がなかった。
「軍がいちばん食い扶持が稼げる。志願したのはそんな理由だったけど、隊の連中はいい奴らばかりだった。アタシが一番新兵で、色々な事を教わったよ……さらに驚く話をしてあげようか? 」
「こ、これ以上何を」
「アタシ、連れ合いが居たんだ」
「……へ? 」
連れ合い。つまり、夫婦関係をさす言葉。そしてその顔色が緩んでいく。
「名前は……アリシア。いい人だった」
「そ、そう、なんだ」
オルレイトが首を一瞬首を傾げ、気がつく。先程からネイラは全て過去形で話している。
「賢くて、器用で……本当に医者になりたかったのはアリシアの方さ……なんとか2人で家を持って、そこで、小さな診療所をつくるのが夢だった」
「なら、どうして、帝都を出たんだ? 」
「……アタシが、帝都のやり方に嫌気がさしたんだ」
先程までが嘘のように、ネイラが重苦しい顔に変わる。今度は嫌悪が真っ先に現れてる。
「帝都は周りの国を力で支配していった国だ。山もなくて平な土地は人が住みやすい代わりに、作物の育たない痩せこけて場所だった。だから、食べ物が取れるならその土地を奪い、鉱山があればその土地を奪い……帝都は確かに栄えていたよ。でもそんな事をしている国の、アタシら軍人はその尖兵だったわけだ」
「ぜ、全部知ってて、戦ったのか」
「知っていた。でも知らない振りをしていた。敵を倒せばいい。敵はあの服をきた奴らだ。そういってアタシは軍にいた……軍があの村を襲うまでは」
喧騒が遠ざかっていく。かつての風景がネイラの中で、耳で聞いた、目でみたものを鮮明に思い起こさせる。
「……目を閉じれば、何度も思い描くことができる。そこは、いままで帝都が攻め落としてきた集落の、女子供が寄り合いって居るだけの村だった……身籠っている娘もいた……でも、軍にとってはそれが一番駄目だったらしい」
「駄目って、駄目ってなんなんだ」
「報復を企てる子供に育つに違いない、ってその時は言われたよ……反対したアタシは大暴れしてやったけど、捕まって一晩牢屋に居られれた……その間に、村の井戸に毒が投げ込まれた……体が痺れて動けなくなる毒だ……アタシは村に行った時は、もう何もかもが終わった後だった……毒で身動きが取れなくなった女子供を、まるで遊びのように突き刺していく隊の連中……その時の隊長の言葉が忘れられない」
伏し目になりながら、悲しみしかない声色でネイラが唱える。
「いつものことだ……軍を抜けたのはその後。アリシアと早々に帝都も抜け出した」
短い告白が終わる。彼の傷の理由も、その過去も告げた中で、まだその話には続きがある事を察しながらも、急かすことは出来なかった。オルレイトにとって、争いとは、兄弟喧嘩などの延長線上でしかなく、まるで実体験がなかった。だが、兄弟喧嘩などよりもよほど醜く、むごたらしい物であると、眼前の巨漢が言っている。
「それが戦争、か? 」
「ええ。戦争。全くもって面白くない……ゲレーンは本当に平和でいいところだよ」
やがて、ネイラに笑顔が戻る。いつも通りの笑顔。患者に向けて安心させるための、多少の無理をして作る。いつもの顔。
「……でも、ここにいるネイラは軍人じゃない。姫さま率いる龍石旅団。その凄腕の医者だ。だから、あんまり暗い顔しないでほしい……姫さまが聞いたらどうなるか分からないネイラじゃないだろう? 」
「話すつもりはなかったよ。でも、いつか話さなきゃいけない時がくるかもね」
再び寝転がるネイラ。塞いだはずの傷を垣間見ながら、オルレイトも横になろうとしたとき、ネイラが思い出したように伝える。
「そうだ。相棒とレイダは元気だってよ。ここのベイラー医が何人掛かでやっと治したって。でも時間かかりすぎ。アタシたちならもっと早く終わった」
「だろうね」
オルレイトは安心しきり、そのうち、寝息を立てて眠り始める。あの戦いの疲れが1日2日で取れるわけもなく、それはネイラも同じで、まぶたが急に重くなっていく。
「……また戻るのか。帝都に」
再び浮かぶ、村人として集まっていた子供達。寄り合っていただけで、痩せこけた土地に、たまたまあった廃村で集まっただけの、村というにはあまりに小さい単位。しかし、あの子供はたしかにそこで生きていた。
「あと、何人助けられる……あと、何人……助ければ……」
力つきるようにして眠りについたネイラの、そのあとの言葉を知る者は誰もいない。ただ、喧騒だけが辺りに響いていた。
◆
「ベイラー! もうちょい右だ! 」
「《こ、こう? 》」
「おーそうだ! 」
同刻。龍石旅団で動けるベイラーであるコウは、港のレイミール造船所で一仕事していた。カリン達の旅の目的である帝都への渡航。その際に必要な船の製造は、船大工達により、急ピッチで進んでいる。しかし、その作業量によってまるで人手が足りず、まるで作業ペースが上がっていない。 そんな場所に、動けるのをいい事に、コウが手伝いに入ったのが、彼にとって悪手となった。次々運ばれていくる長い木材。人間が運ぶにはあまりに重く大きい材料も、ベイラーであれば簡単に運ぶことができる。
問題はその数にあった。すでに、コウが運んだ木材は50を超える。
「よし! ありがとうなベイラー! 次はこいつを頼む! 」
「《ま、まだあるの!? というか、サーラの人は休まなくて平気? 》」
「もうすぐ交代がくるからさ。俺の時にここまで終わらしてぇ。な? 頼むよベイラー! 」
カリンを連れてこなくて本当に良かったとコウが安堵する。サーラの人々の為なら、夜通し動くを容認する姿しか思い描けなかった。
「《わかった。けど、ちゃんとお礼をお願いするよ? お金とかじゃなくていいから》」
「わかってるって! 」
「おーい! 運んできたぞー。途中までよろしくたのむー! 」
怒号のように声が響くと、10人以上で1つの木材を運び込んでくる船大工達。屈強な者から、少々体の細さが気になる者まで入り混じって、肩で息をしながら担いで来ている。運ばれたのは、大きな柱。
「《それじゃぁ、受け取るよ 》」
「おう! 一回おろせー! 」
何人もの船大工が、どんどん端に詰めて行く。その間に、コウが出来るだけ地面に寄るように膝で立つと、その空いた空間にコウが両手を下から滑り込ませる。一瞬、コウの腕全体が震えると、握りつぶさないように、それでいて取りこぼさないように、しっかりと握っていく。なんど運ぼうが、これは慣れる事は無かっった。大前提として、ベイラーは乗り手がいなければまず器用な事が何一つ満足にできないのだ。物を握るのすらこの有様である。
「《……受け取った。離れてー》」
「よしきた! 全員離れろー!」
蜘蛛の子を散らすように、木材から船大工達が離れていく。全員木材から十分な距離を開けたことを確認すると、コウがゆっくりと立ち上がる。
「もうどこかにぶつけないでくれよー! 」
「《……気をつける》」
何度も首を動かし、周りにぶつかりそうなものがないか確認する。一番最初に木材を運んだとき、壁に思いっきりぶつけてしまい、建物が壊れはしなかったものの、あわや大惨事を招く瞬間があった。
「《(物を運ぶのって結構むずかしかったんだな)》」
人間からベイラーになって既に一年が経とうとする中で、改めて人の自由度に驚愕するコウ。今でこそ、移動も運搬も、果ては空を飛べるようになったとはいえ、乗り手のいない時に行う、初めての作業をする度にそう感じざるおえない。
「《でも、もっと簡単に、だれにもぶつけずに長い物を運ぶ手段ってあったとおもうんだけどなぁ……なんだっけなぁ》」
それが、単に棒を縦にして運ぶ事なのだか、そこまで思慮を深くできるほどの余裕は、足元をみつつ、踏みつぶさないように注意しながら、木材を眼前の船へと運んでいくコウには無かった。やがて、誘導に従い、木材をはめ込む場所まで来る。ベイラーであるコウの目線よりも高い位置で、すでに足場の組まれた場所に、船大工達が待機している。
「ゆっくりだ……ゆっくりな……」
「《う、うん》」
コウが運んでいるのは、船内での骨組みあたる部分で、ゆっくりと、はめ込むように木材を離していく。
「《(つ、潰れたりしないよな……)》」
そう考えた瞬間、力が緩み、木材がわずかに滑る。かつんと未完成の船にあたり、軽い音が鳴った。
「べ、ベイラー! 」
「《ご、ごめん! 》」
「これは途中までって言ったろ!! 俺たちが受けとる! はめ込むにゃベイラーじゃ無理だ! 」
「《わかった! 》」
一瞬のミスに心が乱されるも、船大工からとぶ檄でなんとか持ち直す。ゆっくりと、ずれた分だけ、自身が横にずれ、元の位置へと戻していく。
「《……ゆっくり、だよね》」
「そうだ。ゆっくり、ゆっくり……」
がこ、がこ、がこ、と。小さく揺れながら、木材を上げていく。乗り手のいないコウの、最大限配慮をしたこの、滑らかとは程遠い動きは、それでもたしかに船大工達の元へと運ばれていく。
「ベイラー、一瞬だけ押し込めるか? 」
「《やってみる》」
下から持っている都合上、落とすと言うことはない。だが、物を水平にしながら、ゆっくり前に持っていくのは至難を極めた。自分の目線より高い位置のために、木材をどこに置けばいいのか、目視で確認が出来ない。何度も何度も調節を繰り返す。足場から離れすぎては、船大工達が受け取れず、近すぎれば今度はコウが手を離す事ができない。船大工とあーでもないこーでもないと言い合いながら、一点の場所でピタリと止まった。
「《これで、どう? 》」
「ぴったりだ! 受け取れぇ皆! 」
「「「「「おう!! 」」」」」
今度は群がるように大工達が集まり、コウの運んだ木材にもぐりこむ。肩をつかって、全身の筋肉を使い、重い木材を持ち上げる。そして、コウが最後の確認を取る。
「《離れていいかい!?》」
「大丈夫だ! 」
そして、木材から手を引き抜くように、これもまたゆっくりと動いていく。もし大工達が完全に持ち上げていなかった時の保険であるが、しっかりと受け取っていたことを、のし掛からない木材を見て理解する。
やがて、ゆっくりとコウが足場からなはれ、今度こそ安心して船から離れる。
「《奥まった所だとまるで見えない……覚えておこう》」
「いやーありがてぇ。滑車が全部出払っててまるで作業できなかったんだ」
「《もしかして、まだあるの? 》」
「いや、もう大丈夫だ。俺たちは飯の時間だしな」
「《もうそんな時間!? 帰らないとまずい! 》」
すでに日が暮れてかなりたち、二つの月もずいぶんと上に居る。そのことに気がつき、慌ててコウがあてがわれた部屋に戻ろうとする。
「ど、どうしたんだよベイラー」
「《戻る! 》」
「戻るったって、もう夜中だぜ。灯ももたねぇでどうするんだ」
「《灯がなくたって大丈夫だ》」
「サーラにや運河が張り巡らされてんだぜ? 旅木は海に落っこちたらいろいろ大変なんだろう? 」
コウの脳裏に浮かぶのは、サーラに来た時に見た、マス目のように張り巡らされた運河。大小様様で、橋もちいさく、ベイラーが跨げる物とそうでない物の差が激しい。
もし、この暗闇であの運河に落ちようものなら、パニックに陥らない自信がなかった。
「《どうしよう……》」
「泊まってけよ」
「《で、でも乗り手が心配する》」
「だーわかった! 乗り手の居るとこを教えな! 人伝でお前がここに泊まるって伝えてやるよ」
「《いいのか!? 》」
「今日だけで5日分は進んだからな。これくらいお礼としてもらってくれ」
「《ありがとう。ええと、場所はこの国の城で、コウってベイラーが造船所で泊まるって言えばいい》」
「わかった。おい! だれか手の空いてる、出来れば足の速いやつはいるか? 」
そう声を張ると、1人、小突かれるようにして出てくる。手足がほどよく長く、見るからに運動神経のよさそうな若い船大工だった。
「このベイラーの乗り手に伝えてやんな……そうだな。酒は小樽でどうだ」
「なら、あの紫の果実酒がいいっす」
「わかった! わかったからさっさと行け」
「ういっす」
報酬に満足したのか、すぐさま駆け足でその場からいなくなる。軽快に走る姿で、今日中にはカリンに伝わるだろうと安心する。
「なぁ。おまえさん旅木だよな? 」
「《さっきから気になってたんだけど、旅木ってなんなの? 》」
「あ、ああ。俺たちの間で、ベイラーのことだ。お前ら、たくさんの場所に種を蒔くんだろう? 」
「《蒔くっていうか、僕らが種なんだ。何処か気に入った場所でこの体を樹木にする……らしい》」
「ら、らしいってお前なぁ」
「《俺はまだ生まれて少ししか経ってないから良くわからないんだ。まだベイラーが木になる瞬間も見たことないし、そもそも旅も今回が初めてで……》」
「ならよ。ゲレーンってのはどんなとこなんだ? それもわからねぇか? 」
「《ゲレーン……ええと、ね。あそこは……》」
船大工の問いかけに、己の記憶を最初から呼び覚まし、少しづつ、少しづつ、カリンの、そして自分の故郷になった場所を話していく。
初めて見たゲレーンの景色。『追われ嵐』の事。冬の出来事。夏の眩しさ。いつのまにか、語りたい事がコウの中でたくさんできていた。
はじめのうちは、1人しか船大工は居なかったが、徐々にコウの話を聞きに大勢の船大工が集まってくる。誰も彼も、その手に酒を持ち、時に茶々をいれ、時に泣き、時に笑いながら、造船所の夜が更けていく。
その日。朝がくるまで、灯が消える事はなかった。
次回お風呂回です。
次回、お風呂回、です!




