トリプルサイクルブレード
「これで全員ー? 」
「大丈夫ー? 」
カリン達がパームと戦っている最中、リオとクオが、アジト内部へと運んだ海賊達を点呼する。無論名前が分かっているわけでなく、自発的に全員いるかどうかの確認であったが、まだ運ぶべき人間もベイラーおり、力自慢のリクがもうひと頑張りしなければならないと使命感に燃えていた。
「だ、大丈夫だ。でもすげえーな。あっという間にベイラー4人を運んじまった」
海賊に礼を言われながら、リクがゆっくりと怪我をしたベイラーを下ろす。4本の腕でベイラーを2人抱えながら運んで来れたのは、力があるのと同時に、リオとクオが乗り手として成長し、リクのことを多少は器量に動かせるようになっていた。海賊からの進言で、全員を運び終えた事を理解し、一旦リクが腰を落ち着け、湿った体を震わせる。
そこに、乾いた布を持って走ってくる給仕服の女性、マイヤがいた。龍石旅団の中で唯一、ベイラーの居ない彼女は、この戦いの最中、ずっとけが人を自分の出来うる範囲で怪我人の治療を続けていた。ここ海賊のアジトは幸い水辺であり、体を拭うことは容易い。しかし、その人数が多く、何度も絞っては拭きを繰り返した結果、指先は赤く腫れている。それでも彼女は治療をやめないのは、己がベイラーに乗れない事で、カリン達に何もする事ができない自責の念を感じている。そして今も、こうしてリク達を労おうと、濡れた体を拭く為に奔走する。カリンから貰った眼鏡で、もう目を凝らさなくても物が見えるはずの彼女が、最近は再び眉間に皺がよりはじめていた。
「リオ様。クオ様。まだカリン様は戦っておいでですか? 」
「マイヤだぁー!ありがとー! 」
「えっと、姫さまとコウ、かえってきたんだけど……」
「けど? どうしたのです? 」
マイヤが問うと、双子がコクピットから降りてくる。ずっと中にいたせいか、服に皺ができているものの、体は健康そのものだった。そして2人が顔を見合わせ、見たまま、感じたままの感想を言う。
「あの紫色のベイラー怖い! 」
「夜に見る可愛くないぬいぐるみみたい! 」
「ぬいぐるみ? ベイラーが? 」
マイヤが回答の意図を測りかねている。ベイラーが布でできたぬいぐるみになぜ見えるのかまるで分からずに混乱するも、怖いのだけは伝わり、彼女らのはたらきには報いるべきだと頭を撫でる。きっと自分以外の人間が撫でた方が、2人も喜ぶかもしれないとおもいつつ、他の龍石旅団はここにい事で、消去法で自分が撫でるしかないと決断する。恐る恐るになりながら、ゆっくりと、首に負担がいかないように遠慮気味に撫でる。
「怖かったですね。ありがとう。2人とも中に」
「えー! 」
「まだナットも戦ってるよ! 私達もいく! 」
「そ、それは」
双子の勢いにタジタジになるマイヤ。彼女は子供との接し方にまるで耐性が無い。今戦いに出す事がいいい方向に運ぶわけ無いとわかっていながら、彼女らのわがままを通さなかった時の事を考えてしまう。泣き、喚き、もしかしたらこちらに飛びかかってくるかもしれないとまで考たころ、アジトに訪問者が現れる。それはマイヤにとっては有難い来訪者であったが、その姿に短い悲鳴を上げてしまう。
大男……ネイラがナットに担がれている。運んできたナットは肩で息をしながら、それでも必死にココにたどり着いた。担がれたナットは上半身の服が破け、露出している。そこから見える鍛え上げた肉体には、多くの傷があった。それは先ほどまでの戦いでついた傷ではなく、もっと以前からその身に付いた数多の傷跡だと分かるのに時間がかかってしまう。
「ナット! ツルツル怪我しちゃったの!? 」
「ツルツル! ねぇツルツル!」
「こ、こら……マイヤさん、薬ってまだありますか。傷に効くやつ」
「は、はい、持ってきます」
「傷はいい……それより酔い止めを……揺さぶられ過ぎた……」
ツルツルの相性で呼ばれたネイラは、意識こそあれど、消耗しきっていた。そんなネイラに、水と薬をのましてやるマイヤ。身長差があるため、ネイラが窮屈な姿勢になりながらも、ゆっくりと飲み干していく。
「海賊達にも、これを飲ましてやって……ベイラーの中で酔うのと船酔いとはまた別の種類だ。効く筈だよ」
「わ。わかりました」
「ナット、ミーンと、ガインは」
「いまアジトの外。でも大丈夫。パームはこっちを見向きもしなかった」
「そいつはちょうどいい……ねぇリオ、クオ。ちょっと頼み事してもいい? 」
「えーっと、いいけど」
「大丈夫なの? 」
ネイラが2人を不安にさせないように、傷だらけでありながら、それは子供を心配させないとする配慮を超え、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「あの紫のヤローに最後の一発をぶちかましてやるのよ」
◆
刃がぶつかり、木々が吹き飛ぶ。切り結びはすでに10を超えているが、両者ともまだ決定的な一撃を打てないでいる。コウが切り込み、セスとレイダがサイクルショットで援護する。お互いの得意なことを組み合わせた結果この形に落ち着くも、その全てを、ザンアーリィベイラーは覆している。
なんとしても、サイクルジェットを用いた斬撃を行い決着をつけたいカリンであるが、あの後何度行っても、通常のブレードでは対象を一度斬るだけの使い捨てとなる。それでは、ザンアーリィのマチェットを超えて、本体へと至ることができない。
「(やはり、強い! )」
カリンは再び、この紫色のベイラーの、戦いにおける強さに驚愕している。戦う為に必要な器用さは元より、剣圧に加え、踏み込みも強く、戦士になる為だけの強さに敬意すら感じている。
「やはりもう1手、何か……」
「(埒があかねぇ) 」
そのザンアーリィベイラーの乗り手、パームもまた、打開出来ないこの状況に鬱憤が溜まりつつある。トドメの一撃を放とうとするも、サイクルショットを交わし、ブレードを交わし、そして斬り掛かるコウの一撃をいなす。こちらの二刀流による手数の多さが、均衡を保つのに役立っている。
「……レイダ。セス。このまま、コウだけが剣で戦って、勝てると思うか? 」
「《では、どうするのです》」
「僕らも、切り込んで行かないとダメって事だ……海賊の! 手を貸してくれ! 」
「なッ、言いなりになると思うのか! 」
「僕の為じゃない。姫さまの為だ。それでもか! 」
「のっぽ。それ卑怯だぞ」
渋々ながらも快諾し、援護をやめてコウへと近づく。突如として援護が止み、コウが振り返った。セスも、突然のレイダの行動に、半分の戸惑いと、半分の期待を込めて追いかける。
「《レイダさん? 》」
「オル? 何か手が思いついたの? 」
「そうですとも……まずは一瞬だけ間を作る。」
レイダが両腕を真っ直ぐ構える。サイクルを回し、ショットを作り出しながらレイダが問う。
「《どうします? サイクルバーストスナイプショットでもしてみますか? 》」
「それでいくぞ」
「《え? は、はい! 仰せのままに! 》」
思いつきを言った結果、それが承諾されてしまい、一瞬あたふたしながらも、レイダの両腕がまるで剣山のように姿を変えていく。銃口をいくつも作り出し、威力と正確さ、さらに数量を増した、ほかの誰にも真似できないサイクルショット。
「《サイクルバーストスナイプショット》」
「ばら撒けぇええええええええええええ」
両腕に盛大に煙が上がる。打ち出す数が多すぎて、銃口から削りカスが煙となって吹き出していく。そして数多もの針がザンアーリィへと向かう。パームにとって、連射による針の雨ではなく、一斉射による面での攻撃は初の体験だった。
「クソガァ!! 」
怒号と共に片方のマチェットを捨て、サイクルシールドを作る。ザンアーリィベイラーがここで始めて、防御のための道具を作った瞬間だった。シールドで防ぎながらも、いくつかの針はザンアーリィの手足に当たる。紫色の破片が飛び散るも、やはり決定打にはならない。
オルレイトの一撃によって、ザンアーリィベイラーはシールドが、それもかなり丈夫なものが作れるとわかり、カリンがあきれ返る。
「あのベイラー、シールドまで作れるなんて…… 私たちだってあんなに時間がかかったのに! 」
「何もかも普通じゃないな。でも、時間は取れた。姫さま。海賊の」
「なんだよのっぽ。セスは片手がないんだ。今のをやれって言われても出来ないからな」
「いや。ブレードを使ってもらう」
「だから、片手が無くってブレードを作れないって」
「ならそれはこっちで作る。レイダ! 」
「《仰せのままに》」
レイダが、ザンアーリィよりは時間がかかりながらも、サイクルブレードを作り出す。大きさは、オルレイトの仕様と同じもの。それを二本作り出すと、片方をセスへと投げつける。
「いいか。僕と君とで、あのザンなんとかってべイラーの動きを止めるんだ。コウは上空に飛び上がって、上からブレードで叩き切ってくれ。あの……ステーキブレードで」
「あん? ステーキ? 誰がつけたんだそんな名前 」
何も知らない無垢なサマナが笑い、カリンの頬がふくれる
「あら、いいと思うのに。サイクルステーキブレード」
「ええ!? か、カリン!? カリンが名付け親 !? 」
「やっぱりおかしいと思わないか!? なんで武器に食べ物の名前をつけるんだ君!? 」
「分厚いものって連想したらそうなっただけよ! 」
一瞬、オルレイトとサマナがカリンのネーミングセンスに難色を示す。サマナは海賊としての見てきた武器の中で、分厚く、大きい物を連想し、それに該当する武器を見つけ出す。
「あー、たしかあれだ。拾った海の向こうの武器は、バスターブレードってやつがあったな」
「《……カリン。俺そっちがいい》」
「コウまで! もう分かったわよ! ……な、なら、連携にも名前が居ると思わない? 私は」
「三本のブレードで戦うんだからトリプルブレードでいいんじゃねぇの? 」
「あーもう! サマナまで! 」
カリンがネーミングにだけ納得しないまま、オルレイト発案の作戦に乗る。コウの両脇に、セス、レイダが並び立ち構えた。そして、全員が叫びをあげる。
「「「「「「《トリプルサイクルブレード!! 》」」」」」」」
一瞬、乗り手とベイラー、3組6人の意思が重なり、両目が真っ赤に輝く。
セスがサイクルボードを足で蹴飛ばし、片足だけでサイクルウェーブを作り上げ、自身で波に乗ってみせる。レイダはその後を追うように駆け出す。初速こそ遅いが、徐々に加速し、乱高下を繰り返すサマナを追い越す。
シールドで視界を塞いでいたパームは、突然こちらに突っ込んでくる2人のベイラーに目を丸くしながらも、その無謀な突進にしか見えない行動を鼻で笑う。パームの目には、2人とも自棄の自爆にしか見えなかった。
「へっへっへ。そんな当てずっぽうでなんとかなるとおもってんのか! 」
再びマチェットを作り出し、両腕で構え、冷静に、そして正確に無防備に突っ込んでくるレイダへと刃を振るう。一撃でも受ければ、すでにコクピットを切り裂かれているレイダは無事では済まない。
「当てずっぽうなんかじゃ無い! 」
そして、振るわれたマチェットが対象を叩き斬る音が鳴る。硬度の高い、耳にやけに残る音が鳴りながら、砕け散った欠けらが宙へと消えていく。すでに一撃を入れてある緑のベイラーが、今の一撃を食らえばもう二度と動く事はない。乗り手でさえも死ぬかもしれない。そんな想像に心を踊らしていると、目の前に広がる景色が、事実を訂正させにくる。
「ち、違う、これは!? 」
パームは、突っ込んできたベイラーを、鼻で笑った事を後悔する。たった今切り裂いたのは、緑のベイラーでもなく、赤のベイラーでもない。ただの板切れであった。それは、セスが移動の際に使っていたサイクルボードであるが、板切れの名前など、彼にはこの際どうでもよかった。
問題は、突っ込んできた緑のベイラーは、己の身を土台にして、赤いベイラーを先に行かせた事にある。振り下ろしたはずのマチェットはボードに遮られ、一撃を入れることは叶わなかった。そして、ザンアーリィを通り越した赤いベイラーは、今、背後にいる。そのことが問題だった。どんなに達人の武芸者でも、背後を取られる事は隙を晒す事に他ならない。それが達人でないパームであればなおさらだった。
「だが、こっちは二本ある!! 」
ザンアーリィのサイクルが唸り、背後にいるベイラーと、目の前のベイラーに向け、両手をがむしゃらに横に振るう。今度こそ背後には仲間はおらず、シールドを展開する暇も与えていない。切り裂く事ができると確信する。
「気張ってくれ海賊の! 」
「のっぽこそ! 」
だが、ここで認識の違いが露わになる。そもそも、この2人は避けるつもりも防ぐつもりもない。
お互いに1本づつもったブレードを、ザンアーリィへと突き出した。狙いは、体でも、武器でもなく、その両腕。ガキンと、ベイラーの体に刃が食い込む。身体にヒビが入り、軋みがあがり、鳴ってはならない音が鳴り続ける。だが、セスも、レイダも、その目の光を失っていない。ザンアーリィは両脇から、その腕を串刺しにされ、ついに動きが完全に塞がる。
最初から、これが目的だった。捨て身での突き。それによる拘束。こちらもマチェットによる一撃を受ける事になろうとも、必ず動きを止める事になるこの作戦。サマナが感心したようにつぶやく。
「捨て身なんて、のっぽはむちゃな事するなぁ」
「捨て身じゃない。必ず姫さまが繋いでくれると信じてる。そもそも、捨てる気なんか無い」
そして、その言葉通り、オルレイトは今も無事であり、刃はたしかにザンアーリィの腕を捉えている。ここでオルレイトが防げば、後ろに控えたサマナが上を通り越すことができない。避ければ、それこそサマナに攻撃がいく。だからこそ、ギリギリまで攻撃を引きつけ、そして、貫くことが必要であった。
「そして、捕まえたぞパーム・アドモント! 」
「だ、だがお前だってうごけねぇじゃねぇか」
「ああ。僕らはな」
「何を、言ってる」
「なに。数の差は如何ともしがたいよなぁ」
それは、先ほどパームが、オルレイトへと発した言葉。 その言葉の意味を図りかねたその時。頭上を見上げ、パームは全てを悟った。
空高く飛び上がったコウがそこにいる。すでにブレードを構え、もう一度、包み込むようにサイクルで覆っていく。出来上がるのは、さらに大きく、硬く、強い、片刃のブレード。名前を改め宣言する。
「《サイクルバスターブレード!! 》」
「このやろぉぉおおおおおおおお!! 」
パームが拘束されながらもザンアーリィを暴れさせる。両腕を突き刺されながらも、空いた足を蹴り込んで、2人のベイラーを退かそうと足掻く。
「そんなへなちょこな蹴りがセスに効くもんか! 」
「コウ、やっちまぇえええええええええええええ」
サマナとオルレイトが、コウを見上げる。その燃える両肩はさらに勢いを増し、地表へと向かって一直線に落下してくる。だがカリンとコウは、落ちるという感覚はない。ただ、振り下ろすために全力で地面へと加速しているだけに過ぎない。
不思議と、2人とも近づいてくる地面に恐怖はなかった。コウは、カリンであれば着地を違える事はないと信じており、カリンは、どんな勢いでも必ずパームのベイラーに一撃を入れてくれると信じていた。それは、お互いに身勝手な想像に過ぎない。だがお互いの身勝手が手に取るようにわかる事は、信頼が構築さた証と言えた。
そして、天から振り下ろされる刃が、大地へと着地する。砂浜は衝撃で盛り上がり、一瞬で山のように膨れ上がる。コウの両肩が、飛び上がる時と同じように炎を上げて吹き荒ぶ。
「「《斬!!!》 」」
2人の、気合いと雄叫びが混じる、人間の限界を越えるための音頭がアジトの岩肌を震わせる。迫り来る刃を、防ぐことも、避けることも叶わず、ただひたすら身を捩って、コクピットだけには当たらないよに、最後の最後までパームは諦めずに動く。
ザンアーリィベイラーを、肩口からブレードで捉え、そのまま、振り下ろす。片腕は弾け飛び、真下にあった脚まで叩き斬り、膝を砕いた。それでもブレードはザンアーリィを斬るだけでは飽き足らず、地面にひしめく砂達を両断する。
一瞬の破壊。一瞬の静寂が終わり、視界が拓けてくる。そこに見えたのは、ザンアーリィの腕が吹き飛んだことで、その場で倒れこむレイダ。セスは、コウの一撃の余波を受け仰向けに倒されてしまっていた。そして、ザンアーリィベイラーは、肩から太ももにかけてまで、真っ二つに両断されながら、既に脚もない姿で立っている。
「……終わりよ。パーム・アドモント」
カリンが、コウが、切っ先を向ける。翡翠色をした球体のコクピット、その端を輪切りにされたザンアーリィの中には、怪我こそせずとも、パームがこちらを睨みつけていた。
「ああ。今度こそ認める。俺は、お前に負けた」
「ええ。今度こそ捕まって罪を……」
「だがな!! 」
パームが、笑う。同時に、ザンアーリィの目が光を灯した。バキバキと、残った四肢からサイクルを強引に回す音がする。
「《まだ動けるのか! 》」
「油はあるんだよ!! 」
その宣言に、カリンが戦慄する。 戦慄してしまい、ブレードを振り下ろすのが一瞬遅れる。それを、パームは見越していた。
ザンアーリィベイラーの背中から、サイクルジェットが炎をあげる。半身のなくなった身体は、空を飛ぶには都合が良くなっていた。再び空へと逃げようとするパームをおいかけようと、コウもサイクルジェットを使おうとした時、異変に気がつく。
「《 カリン! まさか!》」
「そうなの! 貴方が寝ている間、油を入れてない!! 」
サイクルジェットが、何も反応を示さなかった。それは、燃料である油が底をついていることを意味している。コウが寝ている間に、習慣化されていない油の補充は、誰も、カリンでさえも視野にいれていなかった。
「生きる事に関しちゃお前たちに絶対に負けねぇ!! 」
「また、また逃すのか! 」
「このベイラーは使える。治せばまた戦える。そうすれば今度は戦いでも勝ってやるよ! へっへっへっへっへっへっへっへっへっへ」
パームが、自身の生存に勝負の種類を変え、そして勝利宣言を行う。存分に高らかに笑い、コウ達を見下している。同時に、ボロボロになったザンアーリィを見ながら、どのように治療すればいいのかを考える。
「このベイラーはいい。言う事はよく効くし、なにより強い。持って帰って治してやれば」
「《そうはさせねぇよ》」
聞こえるはずのない声が、背後から聞こえた。その声は、この空には響くことのない声であり、先ほど、己の目の前で動けなくなった者の声だった。
思わず、コクピットの中で振り返る。そこには、全身がすでに朽ち果てようとしているような、傷だらけという言葉すら生温い、傷しかないような、緑のベイラーが、空にいた。
「いっけぇええ!! つるつるー!! 」
「ぶっとばせぇええ!! 」
地表からは、パームにとっては耳障りな、龍石旅団にとっては元気の源である双子の声がする。
リクが、ガインを全力で空へと投げた。事実としてはそれだけになる。そして、ガインの、未だ残っている手は、硬く、強く握られている。
「忘れもんだよ! 受け取りなぁ!! 撃!!!!」
ネイラが吠え、ガインの拳が唸る。戦いの中で、阻まれ手届かなかった最後の一撃が、ザンアーリィを貫いた。同時に、ガインの拳も砕け散る。コクピットが両端とも破損したザンアーリィが、ついにその力を失い、落下をはじめた。衝撃とともにコクピットからパームが放り出される。空中で生身でいることの恐怖にさらされながら、パームは、最後の最後。生存のための手を打った。
「ケェェエエエエエエエエシィィイイイイイイイイ」
その言葉に一瞬で反応し、この戦いの中、ただ1人参戦せず、パームの手助けも途中から打ち切りずっと待機していた、ケーシィ・アドモントが青黒いベイラーを伴って駆けつける。最初から、パームは逃走用にケーシィを待機させていた。その背に飛び込むようにパームが乗る。
「旦那様!生きてますか! 」
「当たり前だ! 退くぞ! 」
ケーシィが、アーリィベイラーから梯子を垂らし、龍石旅団をからかうように、砂浜を滑るように飛ぶ。アジトを強襲した乗り手達が、乗り遅れない為に必死の形相で垂れ下がる梯子にしがみつく。だが、1人、その動きを阻止しようとするベイラーがいた。
「《にがすもんかぁ!! 絶対捕まえてやる! 》」
ミーンが、その身体を呈して、アーリィベイラーの進路を塞ぐ。乗り手のナットは、体当たりしてでも阻止する心構えだった。
「やだよぉだ。旦那さまちょと揺れますよ」
「ま、まて。あの動きを今するんじゃねぇ! 」
しかし、ケーシィは目の前の障害物をもろともせずに加速する。パームはとっさにナイフをベイラーに突き立て耐え、はしごに捕まった乗り手達は、砂を飲み込まないように口を硬く閉じ、ただただロープにしがみついている。
そして、そして、ミーンの前で、一瞬で変形をしてみせる。止まらずに、真っ直ぐ進んでいたアーリィベイラーが、変形し、噴射口の位置を変えた事で、急激に速度を落とす事に成功する。そして、その腕には、すでにサイクルショットが作り出されていた。
「《ナ、ナット、何を》」
ミーンが、何故か狼狽え出した瞬間に、アーリィベイラーはその目の前まで迫り、サイクルショットを密着した状態で放つ。針はミーンの頭を正確に捉え、防御も出来ずにサイクルショットをもろに受けてしまう。
「バイバーイ」
爆風が伴い、ミーンが後方に吹き飛ばされる。庇うこともできずに、龍石旅団が呆然としている中、そして、再び変形し、今度は地面に対して垂直になった状態で、アーリィベイラーが空へと向かう。リクが、預かった武器を何本か投擲して阻止を試みるも、そのすべてを回避してみせる。
「《カ、カリン! ネイラさんが! 》」
「そ、そうね!! 」
呆けることを止め、ザンアーリィベイラーを殴り抜いた、たった今落下中のガインにむかって跳躍する。地面に頭から落ちるのを、ぎりぎりのところで受け止め、砂浜を盛大にスライディングしてしまう。
やがて、アーリィベイラーはアジトの吹き抜けを飛び去り、サイクルジェットの音が遠ざかっていく。そして、辺りには、戦いのない静寂さが戻ってくる。
静けさが取り戻されたアジトで、コウの中のカリンはただただ、唖然としていた。ガインの容体も、ネイラも、そして頭から血を流しているオルレイトの事も心配だが、その心配ごとを吹き飛ばしてしまうかのように、戦場で聞こえた、カリンにとっては信じられない言葉が反芻されていた。
「……旦那様、ですってぇ? ? パームの、奥さん、ですってぇ?? 」
それは、カリンにとって、そしてコウにとっても衝撃的だった。しかしその衝撃もしばらくして収まる。この後、カリンは仲間の元へと何度も駆け寄り、健闘を讃える事に忙しくなる。
アジトへ行われたパームの強襲は収束となった。戦いは長く続き過ぎており、もう日が暮れ、二つの月が顔を出し、夜が訪れていた。
次回、久しぶりの非戦闘回




