目覚めしベイラー
「つかれたぁ! ベイラー2人を潮の流れに乗せるなんて初めてやったわ」
「ありがとうお姉様方。あとで私の洞窟にいらして。ご馳走を用意するわ」
「本当は恋人がいいのだけど、貴女持ってないものね」
「ごめんなさいね」
「いいのよ。貴女のお願いなんて初めて聞いたからびっくりしちゃったわ……あら、 シロロは? 」
「あの子なら、一緒に行ってもらってるわ。恋人と一緒にね」
「あー……あの子、人間の武器が本当に好きよねぇ」
シラヴァーズ達が語らいながら、少し疲れた手をほぐす。泳げないコウ達が行きよりも早くアジトへと帰ってこれたのか、それには理由がある。彼女らシラヴァーズが、泳げないコウ達を湖まで運んでくれた。メイロォが、仲間たちに頼み込んだのである。久しぶりに恋人を作ったメイロォが、今度は自分たちにその恋人を送り出せと頼まれてしまい、一時はメイロォの頭の心配をされるような事態に陥る。
しかし、どこまでも真剣な眼差しと、普段全くもって、誰かに頼む事をしないメイロォが頼んできたことで、他のシラヴァーズ達は助けることを決めた。この時、彼女達は知る術もないが、コウに括り付けてあったロープが、彼女らの迷わない道しるべとなって、真っ直ぐ運ぶ事が出来ていた。こうしてシラヴァーズが団体として行動することは無いに等しい。だからこそ、目的を終えた今。ある者は尾ビレをほぐし、ある者は髪をとかし、各々好きなように過ごし始める。この後何人ものお姉様をもてなさなければならないメイロォは、すでに興味こそ無くしたが、取っておいた宝石を差し出すこを決めながら、ただ一つの心残りに胸がつっかえていた。
「あのベイラーの肌……来る時と今で、全く違っていた。傷どころか、ヒビ一つない。……炎に巻かれて、身体が治る? それは、あの子が得意なこと? それとも、あの炎は、もしかして燃やす為の物ではない? 」
それは、目覚めたベイラー。コウの姿。形が変わったわけではないが、その色艶がまるで違っている。
「だとしたら、彼は……」
「メイロォ! ご馳走はいいから、とにかく肩をほぐして頂戴! あの2人のベイラー、重いったらない! 」
「はいはい〜メイロォが行きますとも」
自分よりずっと長く生きたお姉様をの体を労わるべく、休む間もなく奉仕に泳ぐメイロォ。その内、コウへの疑問が薄くなっていく。
「気にしすぎかしらね」
「あー、気持ちいぃ……もうちょっと右」
「はぁい」
◆
アジトに、2人のベイラーが降り立った。1人は、4つの脚と腕を持つ黄色いベイラー。水に濡れた身体を震わせ、肩を大きく回している。そしてもう1人は、身体は白くも肩が赤いベイラー。
「クオ! リオ! 怪我をしたべイラーを運んで! 海賊の人たちから! 」
「はーい! 」
「びしょびしょー! 」
乗り手のカリンが、双子に素早く支持を飛ばす。倒れた仲間達を助けるべく、リクがその豪腕を用いて怪我をした。未だ逃げ遅れた怪我をした海賊のベイラー達を運んでいく。
「《セス、ガイン。レイダまで……》」
「乗り手としても手練れね」
「《それに、同じベイラーがたくさんいる》」
「ええ。それも全部、あの変形するベイラー。一体どこから連れてきたのか」
「《それと、もう1人いる。あれも空を飛ぶベイラー、かな》」
龍石旅団の仲間達を見て、乗り手のカリン憤慨する。コウと共にアジトへと帰還したその矢先に見たのは、コウの目を潰したあの青黒いベイラー。全員合わせてその数は5。
「変形するベイラーが5人。シラヴァーズのあの子が教えてくれた通りね」
「《他には居ないみたいだ》」
突如の援軍に、パーム達はたじろぎ、手をこまねいている。それは現れたベイラーが強敵に見えたからではなく、ひとえに異様な姿とその丈夫さに驚いている。5人のベイラーから放たれたサイクルショットを受けてなお無事でいるその頑強さ。そして、その白さ。
コウは、この吹き抜けのアジトにあって、日の光を反射している。それほどまでに、体があまりに白く混じりっけがなさすぎた。胴体に収まる、琥珀色のコクピットすらその体には邪魔と思えるほど、コウの体は潔癖なまでに白い。だが、そんな中でも、頭領の1人だけは、なんの前触れもなく突撃をかける。それは思考を纏められていないまま、兎にも角にも目の前の現れた獲物を逃さないための場当たり的な手。振りかざされた鉈がコウへと迫る。だが、その刃は空を斬り、砂を巻き上げるだけにとどまる。パームがコウを探すと、一足飛びでベイラー3人分、後方に跳躍していた。
「(こいつ、前よりも速ぇ)」
たった一歩、コウは後ろに跳ねただけである。だというのに、前動作も、そのごの着地も音もなくこなしてみせたことに、パームが睥睨する。
「(あの時とおなじだ。突然変わりやがった……だが)」
冬で、自身を捕まえた時にみせたコウのサイクルジェット。パームが油を撒き火を放ったはずのコウが、その火を肩に移し、さらには推力にしてみせた。なにもかも前兆がない変化だったが、考えても答えが出せない問いであった。そしてパームはその系統の問いは、3秒で忘れる事にしている。
「へ、へっへっへ。ようやくおでましか。コウくんよぉ」
「《その声……パーム・アドモントか!!》」
「性懲りも無く!! 」
忘れる事で、すぐさま自身の目的を遂行する。ほかのベイラーに合図し、再び一斉に襲わせるべく合図を出そうとする。その合図が悟られないよう、口先で時間を稼ぎ始める。
「今度こそ捕まってもらうぜ。乗り手はもうどうでもいい……サイクル・ジェットを持ってる手前がな」
「《捕まえて売りさばくんだろう》」
「いいや。おめぇさんに興味があるんだとさ」
「コウに興味? 」
「だってそうだろうさ。空を飛べるベイラーだ。値打ち以上に、手元に置きたいお貴族様はいるってことさ」
ここで、パームは嘘をついていない。真実だけで語りかける。筋が一見通っているような、それでいて小馬鹿にした言い方。この言い方をすることで、相手の神経を逆なでし、さらに時間を稼ぐ。パームの常套手段であるが、相手によって逆撫でできるような部分は千差万別となる。普通の人間がこの話術を使おうものなら、的外れな事をいって場がしらけるだけになる。しかし、パームは違う。パームは一度みれば技を覚える事の出来る。それは人間にも当てはまる。一度会話すれば、どんな人間が知る事ができ、忘れることはない。
カリンが貴族出身であること。乗り手であり、ベイラーを生活を共にしてきた彼女にとって、ベイラーを売ると言う行為が悪逆である事を、忘れるパームではなかった。
「……なら、もう容赦することはないということね! 」
コウを操る手に力が入る。カリンにとって龍石旅団は、今まで父の庇護下にいた彼女が、己で決めた初めての事であり、そして初めての旅の仲間だった。それを痛ぶり、苦しめた相手には、どうしても一撃入れなければ気が済まない。その想いをコウも汲み取り、同時に、最大限に助力する。
「「《サイクルブレード!! 》」」
左手から引き抜くように、使い慣れた刃を生み出す。片刃でわずかに湾曲した、刃渡りの長いブレードを肩に担ぐ。腰を落とし、今すぐにでもその刃を振るうのに躊躇のない構えをとる。パームにとって己を切りつけた忌々しい構えであるが、今、この瞬間は最高の構えであった。
「バカが! さっき何を食らったか忘れたか!! 」
パームは、ブレードを構えるのを待っていた。そうする事で、こちらのサイクル・ショットを防ぐ手立てを建てさせない策。それは見事に功を成し、5人のベイラーが放つ無数の針がブレードを構えたコウへと飛んでいく。
はずだった。
盛大な砂埃を巻き上げた先にあったのは、無数のサイクルショットの後。しかし、白いベイラーはおろか、その欠けらすら見つからない。
「奴はどこに……」
見失ったコウは、探せばがどこにいるかはすぐに分かった。しかし、今コウがその場所に居た事に、パームが絶句する。コウは、サイクルショットが放たれるその一瞬前に、もう既に斬り込んでいた。サイクルショットを搔い潜った訳ではない。撃たれるより前に、誰にもその動作を見つかることなく、凄まじいスピードを持ってして接敵し、一番近くの間合いに居たアーリィベイラーを、たった一撃で行動不能にしていた。
コウの目は赤く輝き、その肩は、一瞬使われたであろうサイクルジェットが湯気を立てている。
「《1人目》」
「だ、旦那さま! あのベイラー変です! 」
「分かってる! 全員散れ!! ケーシィ、お前は運び屋だ! 空にいろ!! 」
「は、はいぃ! 」
密集するのは得策ではないと判断し、アーリィベイラー達を散会させる。ケーシィはベイラーを変形させ、空へと舞い上がる。別のアーリィベイラーが、コウにナイフを向けた。両手でまっすぐコウを突き刺さんと襲いかかる。背中の羽からサイクルジェットが激しく燃え、コウへと迫る。
「「《(一歩下がって、振り下ろす) 》」」
コウとカリンの対応は冷静そのものだった。1歩、脚を後ろに運ぶ。退くのではなく、ナイフの間合いを自分から外す。ナイフとブレードでは有効な間合いが変わってくる。無論、刃渡りが短いナイフの方が間合いは近く、切っ先が有効なブレードは間合いが広くなる。ナイフの間合いでは、ブレードは威力を得ない。
であるならば、こちらから間合いを外してやれば、相手のナイフは空を切る。
「《ここだ!! 》」
肩に担いだブレードを振り下ろす。狙いは、体ではなく、その腕、さらにその先端。ナイフごと、アーリィベイラーの右手を叩き斬る。青黒い欠けらが宙を舞う。間髪入れずに、一歩下がった分だけ足を踏み込み、コウが手首を返して切り上げる。今度は、欠けらではなく、本体が宙を舞う。
「2人目ッツ! 」
「《右だ!》」
コウが言葉を発したと同時に、ブレードを頭上へと運ぶ。右からのサイクルショットの一撃を、ブレードを盾にして防ぐ。そして、撃ってきた相手に向け、コウも真っ直ぐにサイクルショットを構えた。
アーリィベイラーが再びショット放つと同時に、コウのショットも放たれる。お互いの針は真っ直ぐ交差したその時、コウの作った針が、アーリィの作った針を貫いた。
そのまま、針は減速する事もなく、アーリィの喉へと真っ直ぐに突き刺り、そのまま受け仰向けに倒れこむ。視界と意識を共有している乗り手が、喉を穿たれ悶えているのは、想像に容易かった。
「《3人目……上だ 》」
上空へと逃れたアーリィベイラーが、サイクルショットでコウを打ちおろす。レイダも浴びたサイクルショットの雨がコウを貫かんとする。
「「《サイクルシールド!! 》」」
コウが左手をかざし、自分の体ほどの大きさを持った壁を、一瞬で作り出す。サイクルショットはその悉くを壁に阻まれ、傷をつけるには至らない。
「《サイクルジェット!! 》」
「飛んで行けぇえええええ!!」
両肩、両ふくらはぎのハッチが開く。いままで時間のかかっていた炎の強弱が、一瞬で済んでコウの体を空へと運ぶ。己で生み出した壁を踏み台にして、コウが空へと躍り出る。
空へと追撃してくるコウに驚いたのか、アーリィベイラーは変形したままアジトを抜けて空へと向かう。腕だけはコウへと向け、再びサイクルショットで撃ち落とす算段を立てる。そして、アーリィベイラーが吹き抜けを超えた頃。アーリィベイラーの乗り手が、自分の目を疑った。
先ほど追いかけてきた白いベイラー……コウが、変形したはずのアーリィを追い越した。誰よりも早く天空へとたどり着いたコウは、アーリィベイラーの乗り手には逆光でよく見えていない。だが、その燃える肩と、赤く光る目が己の睨んでるのだけはよく分かった。
「ーー!? 」
「サイクル、ブレード!! 」
カリンの叫びが空にこだまする。アーリィはサイクルショットショットで応戦するも、空中で失速しながら狙いをつけるのは至難の技だった。いくつかの針がかすりながらも、コウの勢いは止まらず、ブレードはアーリィの腰を捉え、ばっくりと両断する。
やがて、アジトにベイラーが落ちる。1人は上半身と下半身を湖に沈み、コウは砂浜へと着地する。アーリィがあげた水柱が高くあがり、コウの体に水浴びをさせると、赤く輝く目は異様に目立っていた。
「「《4人 》」」
水しぶきが上がるなか、コウの戦う姿を見ていたパームが驚愕している。しかしこれはコウも、そしてカリンも同じ事だった。
「《カリンの考えている事がわかる。以前よりもずっと深く、早く》」
「私も、コウがなにをしたいのか、何が出来るのか、どうしたいのかよく分かる」
視界と意識の共有。それは、ベイラーが乗り手である人間と共に生きる為に手に入れた能力である。人間の視野と意識を共有する事で、ベイラーだけでは難しい動作や行動を可能にする。視界を共有することで、体の構造上死角になるベイラーの股下を、乗り手を介してみる事ができ、乗り手は、己の何倍もの高さから視野を得る事ができる。
カリンとコウは、この意識の部分の共有が、今までの何倍も早く伝わっている。相手の思考が言葉に出すまでもなく伝わり、また筋肉の動かし方ひとつ逃すことはない。
意識の共有が、瞬時に次々と行われている。コウとカリンは、一心同体の境地にたどり着きつつある。
「もう1人いない……空の上か」
「《でも手出してこない……なら、まずは》」
「「《目の前のパーム!! 》」」
サイクルジェットが激しく燃え、コウを流星へと変える。砂を掻き分けて突き進み、パームの紫色のベイラー、ザンアーリィベイラーへとブレードを振り下ろす。
そのスピードにパームは防ぐのが精一杯になる。分厚い鉈状のブレードと、コウのブレードが激突する。刃と刃がぶつかり合い、せめぎ合う。ザンアーリィが、コウの剣圧に一歩下がる。
「今度こそ! 」
「今度こそなんだ! 俺を殺したいのか! 」
「《違う! もう二度と同じ事を繰り返させない! 》」
「勝手に言ってろ!! 」
ガキガキとベイラーの関節が悲鳴をあげる。コウの剣戟を受け、ザンアーリィの体が軋み出す。そして、さらに一歩、パームが後ろに下がる。下がる事を強要される。2歩、自分の意思とは無関係の行動を起こしたことに、パームが激昂し、ついに、ザンアーリィの切り札を使う。
「クソが!こういうのはこっちの余裕のある時に使うもんなんだがな! テメェには特別だぁ! 」
「《な、なんだ》」
コウが異様な空気を感じ取る。そして、変化はすぐに訪れた。目の前にいたザンアーリィベイラーの目が、突如として赤く輝き始める。その輝きはコウの白い体に反射されるほど強く眩しい。
「これは、べイラーの赤目!? 」
「おうよ! 俺だってベイラーを操れるだぜぇ!? 」
一歩、また一歩と、押し込まれた分押し返し、ついにはコウの刃を弾く。カリンも相手の異常さを見てとり、ブレードを肩に構える。
「サイクルブレード……いや」
パームが、己の武器を言い換え、ザンアーリィに持たせる。先ほどと同じ、鉈の形を取ったブレード。だが、先ほどと違い、今度は、一瞬で、両手に作り出して見せる。
「サイクルダブルマチェット」
「《まさか、二刀流!? 》」
「コウ! 気圧されないで! 二刀流なんて素人が出来るわけないわ! 」
「なら、これをみてそう言えるかな!! 」
パームの宣言は、決してハッタリでも虚栄でもなく、単純に実行可能な手段としての行動であった。ザンアーリィベイラーの背が一瞬爆ぜる。サイクルジェットを吹かし、コウへと肉薄する。そして、左手にもったマチェットを振り下ろす。
先ほどまでなら、このマチェットを防ぐか避けるかすれば、こちらのブレードを叩き込む事が出来た。故に、ブレードを受け、弾き返そうとした時。
「コウ! 右よ!! 」
「《このぉ!!》」
腰を強引に回し、切り返すのではなく、再び受ける為に姿勢が不安定になりながら、もう一方から襲いかかるマチェットを受ける。
カリンは、二刀流は素人に出来ないと言ったが、正確には違う。両手で刃を持って振り回すというのは、見てくれほど強力ではない。なぜならそれは、基本的に剣というのは両手で握り、刃を立てる事で対象を斬る道具であり、片手で振り回しても物が斬れるというのは、そも腕力と握力が必要になり、さらに刃を立てる技術が必要になる。それは、まさに達人が至る領域の話になり、さらに言うのであれば、二刀流を極めるのであれば、他の武器を扱えるようにした方が建設的である。もし、二刀流が成立するのであれば、すれ違いざまに、一方の剣で受け、もう一方、腰に携えた剣で相手を薙ぐような使い方が多くなる。一見で相手に手の内を晒さずに、相手を害するのであれば、この方法は有効と言える。だが、同じことをは二刀の剣ではなく盾でも出来てしまう。盾で受け、剣で突く事で同じ結果が得られる。
つまるところ、素人には出来ないのではなく、する必要がないのだ。
だが、パームとそのベイラーは、これを、そもそも斬らないと決めて、ただ相手を叩き潰すと目的を変えることで、二刀流を別次元の術として生まれ変わらせた。それを叶えるのもまた、赤目に到達するザンアーリィであり、その力をもってして、二刀をそれぞれ別の生き物のように振るう。
相手に一撃でも入れば大怪我。こちらは単にに全力で両腕を振り続ける。パームは、二刀流を単純な乱撃の構造へと成り下げる事で、玄人を黙らせる剣術を図らずとも生み出していた。
双方より襲いくる凶刃を、コウとカリンが何度も受ける。否、受ける事を強いられる。単純に、こちらが斬り返す前に、相手が切り込んでくる。手数が圧倒的に足りなかった。
「そらそらそらぁ! 」
何度目かの斬り結びの末、ついに、コウに刃が届き始める。防ぐ手が、攻める手に押され始めた。
「《こう言うの、ジリ貧って言うんだ……待って待って、今なにを考えた!? 》」
「あら。今なら分かるのではなくて? 」
「《分かったから驚いてるんだ! 》」
「お喋りとは余裕なヤツ! 」
パームが両腕を天に掲げ、二刀でコウの頭上へと振り下ろす。ブレードを水平にし、平らにしてその二刀を受け止める。今度は、コウの体のサイクルが軋みを挙げ始める。
「……次の1手で、やるわよ」
「《お任せあれ》」
コウが全力で二刀をはじきかえす。だが、パームもそれは承知の上で、弾き返された事で生まれた、後方へ飛ばされる勢いを、ベイラーの片足を軸にして回転に転化することで利用する。マチェットは全身の重量と遠心力による力を上乗せし、コウの左側へと迫る。
そして、コウがもう一度、マチェットを受ける。その瞬間、ブレードにヒビが入った。おもわずパームの笑い声が大きくなる。武器の耐久度は、マチェットの方が上だとたった今証明された。
だが、次の瞬間、笑みは消え、冷や汗が全身から吹き出る。
コウが、肩のサイクルジェットを使いはじめた。それも、空へと向かう為ではなく、方向を絞りながら、ある一定の推力を維持しながら使い始める。
肩の推力を、飛行にではなく、斬撃の為に、利用しはじめる。
「「《ずぇあああああああああ!! 》」」
二刀流となって手に入れた斬撃の手数を、コウとカリンは、肩の噴射口を調節し、体を横方向へと向ける力とすることで、腕の力に、体重移動、加えて、全身を動かす推力を得て、コウが一文字に刃を振るう。コウの体を空へと飛ばす力が、敵を切り裂く為の力へと役目を変えていく。
受け止めたブレードが、一瞬で風よりも早く疾る。防いでいたはずの刃が、襲いかかった刃を切り裂いた。マチェットが真っ二つに切り裂かれて砂浜へと落ちる。弾き飛ばされたザンアーリィベイラーは隙だらけとなる。この機を逃してはならないとブレードを返した、その時だった。
「……コウ!! 」
「《ま、まさか》」
手元を見ずとも、握った手のひらの感触の違いは伝わる。返したはずの切っ先が無い。なぜならば、ブレードの中腹から、こちらはヒビ割れ砕け散っていた。マチェットを破壊したのと同時に、ブレードも無くなっていた。攻撃したはずのコウのブレードがな塵と消えたのか。その原因にカリンが思い当たる。
「ジェットの威力に、ブレードが耐えられない!? 」
「《このブレードじゃ駄目ってことか……なら、もう一つの》」
「でも」
コウの言うもう一つのブレード。それは、ブレードにさらにブレードを重ねる、カリン命名のサイクルステーキブレード。分厚く、重いあのブレードが使えれば、サイクルジェットを使った斬撃でも、ブレードが壊れることもない。コウも、そしてカリンも思い至るも、会話が続くことはない。パームが再び刃を携え襲いかかり、コウにブレードを使わせる。再び、一進一退の攻防が始まる。お互い、決定打が出せない。
「これじゃぁ、ブレードを重ねられない!」
「《動きも止めないと。でも、どうやって》」
何度目かの切り結びの中で、算段を立てている側のコウ達が押されていく。コウ達が勝利の手を模索している中、パームはがむしゃらに二刀流での乱撃を続けている。今己が出せる最善手を、最速で打ち続けている。それは長い目で見れば、場当たり的な最善手しか打たないパームは愚かに見えるが、そもコウ達には、その勝利の1手が分かっていない。であるならば、最善手であろうと、動き続けることで相手の動きを制限できる状態にあるパームにとって、最善手こそ勝利の手に繋がっている。
そして、勝利を模索している側に、埋めようのない隙が出来た瞬間、最善手は何よりも効く1手となる。それは、ブレードとマチェットが、再びお互いに壊れた瞬間。
カリン達は、ブレードを作ろうと一歩下がった。そしてパームは、武器を使わず蹴り込んだ。
コクピットが盛大に揺れ、コウが始めて、尻餅をつかされる。
「やはりまだまだ甘ぇ!! こいつでぇ……ッ!」
パームが二刀を振り下ろそうとした時、間合いの外からサイクルショットが打ち込まれる。それをマチェットを犠牲に防ぎ、コウから飛び退いた。コウ達には、そのサイクルショットには見覚えしかなかった。
「オル!? 」
「《レイダさん! 》」
尻餅をついたコウの横に、緑色のベイラーが右側に立っている。傷だらけだろうと、コクピットに穴が開いていようと、その姿に淀みはない。緑色のベイラー、レイダが立ち上がり、コクピットからオルレイトが前髪越しにカリンを見た。包帯を手ずから巻いているが、締め付けが緩いのか、すでにほころび始めている。
「まだ、やれます」
「オルレイト、あなた、怪我を」
「だから、一瞬だけです。一瞬だけ無茶はします。それ以上は姫さまにお任せします」
「……強情ね」
「君ほどじゃない」
レイダがコウを立ち上がらせる。その姿をみたパームがほくそ笑む。
「今更木屑がひとり増えようが、どうしようっていうんだ」
「《ひとりじゃないさ》」
高速で回転するブレードがザンアーリィへと向かう。片手間でそれを弾くも、その一瞬目線を防がれたことで、パームは、もう一つの、長く伸びた鉤爪を見逃す。鉤爪には長いロープが結ばれている。
それはパームに向かったものではなく、そのさらに向こう側。すでに倒れたボードに向けて放たれた。器用に鉤爪が食い込みながら、ふわりとロープをたわませて、サイクルボードを手元へと戻す。
派手な色合いをした赤いベイラー、セスがコウの左側に立っている。
「片手じゃ難しいなぁ」
「サマナ! 」
「……一瞬なら手伝うよ。それでなんとかなる? 」
「ええ! なんとかしてみせる!! 」
コウが両足に力を込めて立ち上がる。三者の風貌には大きな違いがあったが、そこにある意思に違いは無い。
「《一瞬、あのベイラーの動きを止めてくれ。それで、なんとかする》」
「《もちろんだ》」
「《仰せのままに》」
コウが、2人に頼み、2人はそれに快諾する。
勝利への1手が、始まった。
主人公の貴重な無双シーン




