表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/359

ベイラーの恋人

「ねぇねぇお姉様。あの子ぜんぜん動かないわ。せっかく会えたのに」

「貝殻みたいに真っ白ね。とっても綺麗」

「肩だけ色が違うのは色を後から付けたのかしら」


湖から、人魚が現れた。それも、この海賊のアジトは、同時に人魚達の住処でもあったようで、周りの湖からたくさんの人魚が顔をだしては、白いベイラー、コウに有る事無い事感想を言って行く。一方。突如現れた『人以外』かつ『人語』を話す見知らぬ者に、カリン達は大いにたじろいでいた。


「ぼ、僕は夢でも見ているのかな」

「大丈夫よナット君。あたしさっき頬をつねったけど痛かったから夢じゃないわ」

「えい」

「痛いって言ったわよ!? なんでつねるの」

「ネイラさんでも痛いのか……」

「ナット君たまにびっくりするほど失礼ね」

「ナットがあそんでるー」

「私も〜」

「こらリオちゃんクオちゃん混ざらないで! ああ!! そこはぁ!? 」


双子がネイラにちょっかいを出し始める。いまいち緊張感が無いのも、目の前に理解できない現象が起きて平静を保とうとしている為。そんな中でも、オルレイトはじっと観察を行なっている。その様子をみたセスが忠告する。


「のっぽの人、あんまりみないほうが」

「ミルブルス、に近い、のか? 上半身は僕らとなにも変わらないように見れるけど……」

「オルは冷静ね。助かるわ」

「でも、本で見たことはある。人間のような体と、魚にも似た足をもった、海にすむ女達の話。でも今、僕の目の前にいるのは………」

「でも、なぁに? 」


淵にいる、一番最初に話しかけてきた人魚がオルレイトの目を射抜いた。意思が伴っているとは思えない、焦点を合わせていない瞳。しかし、オルレイトはその目をそらすことができない。まるで、体が縛られた化のように動けなくなっていく。そして、口から出た言葉は思いもよらないものだった。


「本に、描かれていた絵には、もっと醜い姿だった」

「まぁ! 醜いなんて酷いわぁ! 」

「オル!? 貴方なんて言葉を!」

「え?……今、僕が言ったのか? 」


オルレイトが喉をしきりに触る。自分が何をしたのか理解が及ばない。


「ぼ、僕は今、何をいった?? 」

「何を言っているの? 」

「ぼ、僕は、ただ本より綺麗なんだなと言いたかっただけで、そんな醜いなんて」

「いいえ。貴方は思ったのよ。でも、それを口にするのは良くないとも思った。だから飾ったの」


口元に手を持って行き、クスクスと笑う人魚。


「私たちは飾り立てた言葉なんて、私たちが見つめれば簡単に剥がしてしまえるのよ? 」

「読唇術、なんてものじゃないな。みすかされる」


オルレイトが感心する最中、人魚の放った言葉は、カリンらをさらに震撼させる。


「 でも、私たちは人をからかうのが大好きなのよ? 嫌々空を浮かぶ龍とは違うわ」

「龍……龍のことを知っているの!? 海賊さん。こ、この……『人』? は、一体……」

「き、貴族さんそれはだめだ!」

「あら? あらぁ? あらぁ!? 」


龍。今も何処かで空に浮かぶ、その正体を誰も知らない神秘の生き物。大きさは山脈に匹敵し、嵐を食するその姿を、カリンは故郷のゲレーンで一度見た事がある。


この混沌にあって、自分の知る単語が出されてついカリンが言った言葉。制止できなかったサマナは大いに後悔し、その言葉を聞いた人魚は、カリンの元へと泳いで来る。一瞬頭まで潜ったと思えば、縁のギリギリに現れ、その全貌を見せつけた。たしかに上半身は人間だが、下半身は哺乳類系の、海に住む生き物と同じ形をしている。体全体の割合はほとんど下半身が占めており、大きさで言えば、人間を圧倒的に凌駕している。


「人じゃないわぁ。私たちはシラヴァーズ。この海に住む者全ての恋人であり星の旅人。呼びたい時は、旅人さんと呼んで」

「星? 旅人? 」

「あら、星を知らない? 」

「星、というのは、あの、夜空に光るあの星? 」

「本当に何も知らないのねぇ」


あっはっはと笑うのは、シラヴァーズと名乗る乙女達。はにかむ笑顔は少女にも見えれば、妖艶な淑女にも見える。


「もう一度『人』と呼んだが貴女の最期。人が生き絶えると、赤々とした肌がどんどん蒼くなっていくのよ。あれは何度みても飽きないわぁ」


自らの頬を撫でならが、『それ』を思い出しているのだろう。高揚する仕草は人間と全く同じ。だが会話が致命的に噛み合わない。そのことがカリンらに、シラヴァーズを決して人間と同じものではないのだと理解させた。たじろぐままのカリンらを置いて、サマナが前にでる。そして来るときにかぶっていた帽子を脱ぎ、腰から曲げて頭をさげた。


「メイロォ。まず、約束を破ったのを謝ります。ごめんなさい」

「そうそう。まず頭を下げるのがいいのよ」


最初にカリンと出会った、メイロォと呼ばれたシラヴァーズが得意げにうなづく。どこまでも人を小馬鹿にしているような仕草。


「……怒らないの? 」

「なぜ怒ると思ったの? かわいそうな片目の子」

「私は、あなたたちの約束を破ってよそ者を入れた。だから、てっきり」

「ああ、そのこと。それはそうよ」


小馬鹿にした表情が、一瞬にして小さくなる。同時に、黄金の瞳が細く睨む。武芸を嗜むカリンが、思わず構える。隣にいたオルレイトがその動作に驚く。『突然構えた事』に驚いたのではない。『今構えた事』に驚いたのだ。オルレイトが知るカリンが、構えたを取る理由はただ一つ。自身に闘気や殺気を向けられた時に彼女は構えを取る。それは今、殺意がこの地に充満していることを意味していた。


シラヴァーズ達から、尋常ではない殺気が溢れ出ていた。


「怒りはしないわぁ。ただやっぱり許さないだけよぉ!! あっはっは!! 」

「そ、それは!! 」

「可愛い妹達! 気高いお姉様達! あの子達をお家に連れて行きましょう!! 」

「「「「「「「「「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」」」」」」」


メイロォが声をかけると、いっせいにシラヴァーズが牙を剥いて来る。サマナだけでなくカリンへ、そして旅団の全員に掴みかかり、一気に湖へと引きずり込んでくる。


「ま、まって。せめて話を! 」

「いやよお! 約束を破った者には報いを! 」

「「「「報いを! 報いを! 報いを! 」」」


女の悲鳴にも似た叫び声がカリンを襲う。濡れたシラヴァーズの力は見た目以上に力強く、振り解くことも、はじき返す事も出来なかった。


「剣を抜くしか無いというの……今、私なんて」

「勇ましいのねぇ! 」


すぐさま腰にある剣を抜き、相手を切り裂かんとしてしまう。カリンの中ではもちろんそんな事はせず、話し合いで誤解が解けるものだとおもってた、だがまず最初に思った事をそのまま口に出してしまう。人間の言わない方がいいと思ったほんの僅なことでも、シラヴァーズの前には簡単に暴かれてしまう。


「どうするの? 腕を切り裂く? 喉を突き刺す? どれでもやってごらんなさいなぁ」

「そ、そんなつもりは無いの! ただ、私は身を守ろうと」

「そうなの? なら鎧でもきてくればよかったのに。重くなってちょうどいいわぁ」

「こ、この」

「口を抑えなくていいの? また『そんなつもりのない』言葉がでてしまうわよ? 」


カリンがハッとし、両手で口を抑えた。考えた事が思ったまま出てしまう事で、これ以上場を荒らす事は避けたかった。そして当然、両腕がふさがることになる。両足を掴まれ、肩を掴まれ、ついには湖へと引きずられてしまう。


「姫さまぁ!? こ、こんのぉ! 離せぇ!! 」


オルレイトが懐にあった剣を手にとり、首に回った腕を切り払おうとした時、何重ものシラヴァーズに絡みつかれながらも、叫ぶ医者が居た。


「オルレイト君! 姫さまがどうして剣を抜かないのか考えて!! 」

「し、しかしネイラさん!! このままじゃ!! 」

「くるしいッツ、息がぁ」

「ナットをいじめるなぁ! 」


果敢にも双子の姉、リオがその両足でナットを締め付けるシラヴァーズを蹴とばそうとする。だが、あまりに体重が違いすぎて、まるで効果がない。それどころか、その両足を一掴みにして逆さにされてしまう。


「おねぇちゃん! うわあああ! 」


クオが姉の奮闘を真似るも、同じように蹴飛ばすも、また同じように逆さまに吊るされる。


「《ーーーッ!!》」


ベイラーで一番最初に反応したのは双子のベイラーであるリクだった。担いだコウを無造作に置いて、4本の足でシラヴァーズをふみつぶそうとする。


「ん? 恋人に手をあげるなんてイケナイ子。でもその足はもっといけないわぁ」

「《ーーー? 》」


問いかけが分からず、足を上げたまま硬直する。そして、シラヴァーズが言葉だけでなく過去も暴く。


「人を踏み潰したのでしょう? それもたくさん。足元に真っ赤な花が咲いて楽しかった? 」

「《ーー!! ーー!! 》」

「(パームが乗り手の頃の話をなぜ!? )」


カリンの記憶に呼び起こされたのは、パームと始めて会敵した冬の時、彼は足元にいる部下に気がつかず、ベイラーで踏み潰してしまっている。その踏み潰した部下は、名前を名乗ることもできずに絶命した。そのベイラーこそ、脅されるままに力を振るうリクであった。


「人以外にもたくさんの獣を殺しているわね? まぁまぁ可愛そうに。獣達痛かったでしょうねぇ」

「ーーー………」


掲げた足が力なく下がり、うな垂れるように体が傾いていく。握る拳は開かれて行き、さっきまでの勢いなど何処かへ行ってしまった。無防備なリクに向け、まとわりつくようにシラヴァーズが群がる。反抗する事も出来ず、なすがまま、されるがままに湖へと引きずられていく。


「《リクを離せぇ!! 》」


ベイラー達がリクを沈ませまいと、シラヴァーズをひきはがしにかかる。人間よりも大きいとはいえ、ベイラーの力であれば容易に助けられる。鷲掴みにして引き剥がし、仁王立ちで威嚇し、群がるシラヴァーズを蹴散らした。


「あーれー」

「お姉様ぁ! ちょっと荒っぽいですわぁあの子達」

「そうねぇ。ならみんな一つに集まって頂戴」

「「「はーい」」」


周りにいた湖と、この場にある湖は繋がっているようで、すぐさま周りにいるシラヴァーズが一箇所に集まっていく。それは人間とベイラーを足した数よりも多くなった。


「《そんな増えたところで》」

「可愛い妹。底に落ちてたこれを使ってみましょうか」

「ええそうしましょう! くれぐれもお肌に気をつけてね」


湖の底から、今度はシラヴァーズが武器を浮上させる。それはこの間まで船に積み込まれていた、サーラ製の特製品。その威力はベイラーにも通用する対空兵器。海水に濡れ、藻の付いた弦には、たしかに太い弓矢が番われている。


「うっちゃえ☆ 」


ひとり飛び切り髪を飾っているシラヴァーズが仕切り、弓弩を放つ。海賊用に用意され、船に積まれて居たであろうその武器は、水に濡れてもなおその威力は衰えず、真っ直ぐに進んでいく。


ギラリとひかる穂先。その初弾は、最前で立って居たミーンへと突き刺さる。


「《こんな弓矢がなんでこんな威力な……の》」


太腿に突き刺さった弓矢にバランスを取られ、そのままうつ伏せで倒れてしまうミーン。


「水色のやつあったりー! 次ー! 」


浮上させた弓弩は一つではなかった。残り2つの弓弩から矢が放たれ、ガイン、レイダにそれぞれ命中する。レイダはとっさにサイクルシールドを作る事で、その威力を軽減さるも、その矢はシールドを突き破り、レイダの体に突き刺さる。ガインはシールドを作る事も出来ずに、もろにその威力を受け、右腕を貫かれた。


「《ベイラーの体を壊せる弓、いつのまにそんなものが……》」

「流れ着いてきたのよ。怖いわねぇ。恋人に使う為にこんな物をつくるなんて。人はいだって怖いわぁ」

「……それをわかっていて、ベイラーに向かって撃ったの? 」


それは自然と、カリンの口からこぼれて居た。塞ぐのもわすれ、引きずりこまれるのも忘れた、ただ、確認したかった。シラヴァーズが睨みつけ、再び言葉をさぐり出そうとしたが、今でた言葉以外は口から出てこなかった。続けるようにカリンが問う。


「わかって居ながら、どうして? 」


その問いは、シラヴァーズには慣れきったものだった。


「ベイラーは私たちの恋人。でも貴方達人は違う。身分という壁は人を言葉の差以上に広げてしまった」

「な、なぜ今身分なんて」

「よく見れば、いい身なりしているわ。もしかして身分が高い、という人なのかしら」

「わ、私は……ゲレーンの王。ゲーニッツワイウインズの娘、カリン・ワイウインズ」


名乗るつもりはなかったが、一瞬でも思ってしまったために口から出て行く言葉達。そして、その言葉の中にあった、故郷の名が、シラヴァーズ達には響いた。


「ゲレーンから? 」


ざわめくシラヴァーズ達が、口々にゲレーンの名を謳う。深い森であったり、透き通った川であったり、それは、この度で故郷を離れたカリンには懐かしさを覚えた。


「なら、貴方は、あのギフトを知っているの? 」

「え。ええ。私の父が、乗り手としています」

「そう。そうなの……」


静まり返る海賊のアジト。先ほどまでとは打って変わって、湖に浮かぶ波紋がやけに目に付いた。そしてシラヴァーズの髪から滴り落ちた雫が湖に落ちた時、その目は、殺意から変わって居た。メイロォは周りで引きずりこもうとしたシラヴァーズを制止させ、同時にベイラー達に群がるシラヴァーズも湖へと帰らせていく。事の顛末を見守るように、他のシラヴァーズが目だけを水面から出している。


「じゃぁ、いいわ」

「いい、というのは? 」

「ええ。掟を破ったことを許します」

「では」

「でも」


殺意からは変わって居た。しかし、興味以上の対象に向ける目で、さらに無垢で、残酷な目。


「おうちでたくさんお話をきかせてね? ゲレーンから来たお人」

「……はい? 」

「ゲレーンからの旅人なんて全然こっちにこないのよ。だから、やっぱりおうちには連れていくわ」

「海の、中ですか」

「そうよぉ。あ、大丈夫。私がたくさん質問をするから。貴方はそこにいるだけでいいの。なんでか、いっつもこうしてしまうと、人は泡をふいて溺れてしまうのだけど、私たちは楽しいから」


「さぁ。 海 の 底 で お 茶 を し ま し ょ う? 」


全身から鳥肌が立っている。カリンはこの時、シラヴァーズのことを誤解していたのだと気がついた。彼女らは、たしかに話を聞くことはできる。ただ、こちらの生命がどうなろうとも、恋人とさえ謳うベイラーがどうなろうとも、彼女たちが楽しければいいのだ。そしてそもそも、彼女たちは人間を『海の中では呼吸ができない』という前提を知りもしない。ましてや知ろうとましない。ただ、自分の感情の赴くままに行動し、実行する。


「獣より酷い」

「あら怖い。お話しをたくさん聞かせてね? 」


ただ1人、海に引きずられそうになるカリン。オルレイトはその手を伸ばして掴もうとすると、背後から別のシラヴァーズがのしかかった。


「邪魔するなよー。メイロォお姉様のとばっちりがこっちにまでくるだろう」

「どけ! どかないと姫さまが!!」

「あ、もしかしておまえ、あのひとのことよく知ってる? さっきも私たちの体についてなんかいってたもんな? もしかして賢いかぁ? ならこいつは私がもらうー!! 」

「な、なんでそうなる! や、やめろ、僕は泳げない! 」

「大丈夫大丈夫。おうちまでは連れてってあげるから」


会話が、通じなかった。ただただ湖に引きずられていくカリンとオルレイト。旅団も、セスも、ベイラーも、すべての抗いが無に帰す。その瞬間だった。


アジトの温度が変わった。


「……なに? 」


振り返るメイロォの目に移るのは、先ほどまるで動かなかった、あの白いベイラー。だが、様子がちがっていた。肩から、そして顔に空いた目から炎が漏れ出し、吹き上げている。海賊のアジト一体に熱風が生まれている。


「炎を、使うベイラー?? 」

「そ、そうよ! コウはあの炎で空だって飛べるんだから! 」

「何を言っているの? 空を飛ぶなんか鳥でもできるわ。でも炎は違う」


メイロゥの カリンを見る目が、好奇心から別のものに変わっていた。


「炎は元来、人が操って来たものよ。それがどうして私たちの恋人がそんな事になっているのよ」


それは、ベイラーはそんな事をしないという。経験を覆す未知への恐怖。


「で、でも他にもいるわ。ああやって空をとぶベイラーが、船を襲っていたのよ」

「なら聞くわ。その空を飛ぶベイラーはあんな姿になったの? 」

「あんなって、さっきからコウの姿がまるで……」


たしかに、先ほどまでそこにいたのは、自分を乗り手としてくれた、始めて乗り込んだベイラーだ。白い肌も、赤く染まった肩も知っている。琥珀色のコクピットはもうすでに何回も触っている。


だというのに、その姿が、同じに見えなかった。肩を内側から焼き尽くそうとするように燃え盛る炎は、コウ自身を飲み込んで大きくなっていく。そして何より、怪我をしているはずの顔から、その、ジャベリンを受けて大穴を開けた顔から、炎が隙間を埋めるように燃えている。そして、声が聞こえた。


「《カリンに、手を、だすなぁ》」


燃え盛るなど無視して、疾走するコウ。怒りに震えてた声は怒号にしては小さく、呟きにしては大きすぎた。それは、この場に居るものに、自分が今から行う事の宣言であった。


疾走するコウ。乗り手がいないのにもかかわらず、砂浜をたしかに踏みしめ、足跡を深く残していく。その加速は、カリンをコクピットに乗せた時と遜色がなかった。そして、湖に引きずられていく仲間たちなど目もくれず、駆け出した勢いのまま跳躍までしてみせる。その高さは、サイクルジェットをもつコウでなければ不可能な高度。


「あれが、ベイラー? あれではまるで……」

「《つかまえたぁ!! 》」


湖に着地水するコウ。人間では足のつかない場所でも、ベイラーであればまだ足がついた。それでも胸元まで海水は満ちて、肩にまで水が入っていく。だがその水も、燃え盛るコウの前に、一瞬で蒸発していく。


そして、カリンを払いのけ、メイロォを握り込んだ。


「《お前は、お前はぁあ!! 》」

「は、はは。お前が、お前が私たちの恋人であはずがない」


精一杯の反抗をすべく、リクと同じ手でコウを追い詰めんとする。シアヴァーズの読心。その応用として、過去を紐解くことで、相手のトラウマを紐解く。だが、それがコウには一切通用しなかった。それはなぜか。


「こいつ!? 怒りしか、今、怒りしかないというの!? 私への怒りで、動かない体を動かして、燃えるはずのないものを燃やして居るというの!? 」


そして、コウは怒りで我を忘れている。だがその思想はむしろ、怒りによってより鮮明にしてた。握りしめる力がどんどん強くなっていく。


「が、があ……がが」

「コ、コウ!? やめて! これ以上は!! 」

「《だめだ。ここでこの人魚は、俺の手で!! 》」


その先の言葉を、カリンは言って欲しくなかった。自分のベイラーであるならば尚更だった。


「だめぇええええええ!!! 」


メイロォを握る手が、さらに強さを増した頃。どこからか風切り音がなる。最初、それは空から聴こえ、徐々にこちらに近づいてくる。


そして、その音の正体がわかる前に、しわがれた声が聞こえた。


「まったくやんちゃどもめ」


バズンと、重い木々がぶつかって砕ける、耳障りの悪い音が聞こえたと思えば、コウの手からメイロォが落ちていた。コウの手首に向け、誰かが武器を放ったのだ。その持ち主を、この場で誰よりも海賊のサマナがよく知っていた。


「サイクルブーメラン!? 船長!? 」

「船長? 船長は貴方ではなくて? 」

「これをなげなぁ 」


しわがれた、しかし誰よりも大きな声が聞こえたと思えば、今度は袋が投げつけられた。見当違いな場所に落ちたソレを必死に掴み中身をみる。中身の事は、今度はオルレイトがよく知っていた。


「これは肥料……糞か!? 」

「やつら見てくれを気にするんだ。これを投げつけりゃ一日はよってこない。グズグズするなぁ!! 湖で

ミイラになりたいかい!? ほれぇ!! 」


オルレイトの横に立ったしわがれた声の持ち主の姿。それはオルレイトの腰の位置に顔がある老婆だった。腰が曲がってしまい、本来の身長になっていない。杖をつきながら歩く姿は、あまりに不安になるというのに、その声色が全てを吹き飛ばす。サマナと同じ装いだが、頭につけた羽飾りが地面に引きずるほど大きかった。サーラの習わしでいけば、たしかに船長の証。


「ぼさっとするなぁ!! 」

「は、はい! みんな! はやく!! 」

「ばっちぃ」

「あとで洗ってあげるから」


海賊たちと旅団の皆が協力し、渡された肥料をぶん投げていく。


「いやぁ! 」

「せっかく磨いたばっかりなのにぃ!! 」


老婆の言う通り、あそこま執拗だったシラヴァーズが蜘蛛の子を散らすように去っていく。ただ1人、メイロォを除いて、その場からいなくなった。


「……まだいたのね。諦めの悪い」

「さっと連れて行かないからだろうに」

「いやよ。あなた汚いもの」

「そうかい。さっさと行きな」


老婆との短い会話を終え、そのまま湖へと沈み込んでいく。


「一体、今のは……コウ! コウはどうしたの!? 」


カリンが状況の変化で見失った自分のベイラーを見る。そこにいたのは、標的が眼前からいなくなり、手が空虚をさまよっている、燃え盛るベイラー。


「……コウ? 」

「《ーーー次は、必ず、必ず……》」


それ以上、言葉を発することはない。あれほど燃えていた体から徐々に炎は収まり、顔の穴も元のままになった。そして。支えを失ったコウが湖の淵で大の字に倒れこんでしまう。目の光は、消えたままだった。


「大丈夫よねコウ……あの、先ほどはありがとうございました。ええと貴方は」

「ああ!? すまないねぇ!? もうちょっと大きな声でいってくれねぇかい」

「ええと、ありがとうございました!! 」

「はい。聞こえましたよっと」

「今、そちら…に…」


カリンが立ち上がり、老婆に直接お礼を言いに行った時、そのことに気がついた。老婆の目には包帯がまかれている。その目は窪み、有るはずのものが無いのだけはわかってしまう。


「私たちのキャプテン……タームお婆ちゃん。私の、おばあちゃんだ」

「ああ! サマナかい? 帰ってきたなら使いを寄越せといっとろうが!! 」


見当違いの方向に怒鳴る老婆ターム。杖をついた盲目の海賊がそこにいた。




そろそろ生物図鑑的な回をつくります。

同じタイミングで登場人物紹介3も掲載。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ