ベイラーの恋人
「ねぇねぇお姉様。あの子ぜんぜん動かないわ。せっかく会えたのに」
「貝殻みたいに真っ白ね。とっても綺麗」
「肩だけ色が違うのは色を後から付けたのかしら」
湖から、人魚が現れた。それも、この海賊のアジトは、同時に人魚達の住処でもあったようで、周りの湖からたくさんの人魚が顔をだしては、白いベイラー、コウに有る事無い事感想を言って行く。一方。突如現れた『人以外』かつ『人語』を話す見知らぬ者に、カリン達は大いにたじろいでいた。
「ぼ、僕は夢でも見ているのかな」
「大丈夫よナット君。あたしさっき頬をつねったけど痛かったから夢じゃないわ」
「えい」
「痛いって言ったわよ!? なんでつねるの」
「ネイラさんでも痛いのか……」
「ナット君たまにびっくりするほど失礼ね」
「ナットがあそんでるー」
「私も〜」
「こらリオちゃんクオちゃん混ざらないで! ああ!! そこはぁ!? 」
双子がネイラにちょっかいを出し始める。いまいち緊張感が無いのも、目の前に理解できない現象が起きて平静を保とうとしている為。そんな中でも、オルレイトはじっと観察を行なっている。その様子をみたセスが忠告する。
「のっぽの人、あんまりみないほうが」
「ミルブルス、に近い、のか? 上半身は僕らとなにも変わらないように見れるけど……」
「オルは冷静ね。助かるわ」
「でも、本で見たことはある。人間のような体と、魚にも似た足をもった、海にすむ女達の話。でも今、僕の目の前にいるのは………」
「でも、なぁに? 」
淵にいる、一番最初に話しかけてきた人魚がオルレイトの目を射抜いた。意思が伴っているとは思えない、焦点を合わせていない瞳。しかし、オルレイトはその目をそらすことができない。まるで、体が縛られた化のように動けなくなっていく。そして、口から出た言葉は思いもよらないものだった。
「本に、描かれていた絵には、もっと醜い姿だった」
「まぁ! 醜いなんて酷いわぁ! 」
「オル!? 貴方なんて言葉を!」
「え?……今、僕が言ったのか? 」
オルレイトが喉をしきりに触る。自分が何をしたのか理解が及ばない。
「ぼ、僕は今、何をいった?? 」
「何を言っているの? 」
「ぼ、僕は、ただ本より綺麗なんだなと言いたかっただけで、そんな醜いなんて」
「いいえ。貴方は思ったのよ。でも、それを口にするのは良くないとも思った。だから飾ったの」
口元に手を持って行き、クスクスと笑う人魚。
「私たちは飾り立てた言葉なんて、私たちが見つめれば簡単に剥がしてしまえるのよ? 」
「読唇術、なんてものじゃないな。みすかされる」
オルレイトが感心する最中、人魚の放った言葉は、カリンらをさらに震撼させる。
「 でも、私たちは人をからかうのが大好きなのよ? 嫌々空を浮かぶ龍とは違うわ」
「龍……龍のことを知っているの!? 海賊さん。こ、この……『人』? は、一体……」
「き、貴族さんそれはだめだ!」
「あら? あらぁ? あらぁ!? 」
龍。今も何処かで空に浮かぶ、その正体を誰も知らない神秘の生き物。大きさは山脈に匹敵し、嵐を食するその姿を、カリンは故郷のゲレーンで一度見た事がある。
この混沌にあって、自分の知る単語が出されてついカリンが言った言葉。制止できなかったサマナは大いに後悔し、その言葉を聞いた人魚は、カリンの元へと泳いで来る。一瞬頭まで潜ったと思えば、縁のギリギリに現れ、その全貌を見せつけた。たしかに上半身は人間だが、下半身は哺乳類系の、海に住む生き物と同じ形をしている。体全体の割合はほとんど下半身が占めており、大きさで言えば、人間を圧倒的に凌駕している。
「人じゃないわぁ。私たちはシラヴァーズ。この海に住む者全ての恋人であり星の旅人。呼びたい時は、旅人さんと呼んで」
「星? 旅人? 」
「あら、星を知らない? 」
「星、というのは、あの、夜空に光るあの星? 」
「本当に何も知らないのねぇ」
あっはっはと笑うのは、シラヴァーズと名乗る乙女達。はにかむ笑顔は少女にも見えれば、妖艶な淑女にも見える。
「もう一度『人』と呼んだが貴女の最期。人が生き絶えると、赤々とした肌がどんどん蒼くなっていくのよ。あれは何度みても飽きないわぁ」
自らの頬を撫でならが、『それ』を思い出しているのだろう。高揚する仕草は人間と全く同じ。だが会話が致命的に噛み合わない。そのことがカリンらに、シラヴァーズを決して人間と同じものではないのだと理解させた。たじろぐままのカリンらを置いて、サマナが前にでる。そして来るときにかぶっていた帽子を脱ぎ、腰から曲げて頭をさげた。
「メイロォ。まず、約束を破ったのを謝ります。ごめんなさい」
「そうそう。まず頭を下げるのがいいのよ」
最初にカリンと出会った、メイロォと呼ばれたシラヴァーズが得意げにうなづく。どこまでも人を小馬鹿にしているような仕草。
「……怒らないの? 」
「なぜ怒ると思ったの? かわいそうな片目の子」
「私は、あなたたちの約束を破ってよそ者を入れた。だから、てっきり」
「ああ、そのこと。それはそうよ」
小馬鹿にした表情が、一瞬にして小さくなる。同時に、黄金の瞳が細く睨む。武芸を嗜むカリンが、思わず構える。隣にいたオルレイトがその動作に驚く。『突然構えた事』に驚いたのではない。『今構えた事』に驚いたのだ。オルレイトが知るカリンが、構えたを取る理由はただ一つ。自身に闘気や殺気を向けられた時に彼女は構えを取る。それは今、殺意がこの地に充満していることを意味していた。
シラヴァーズ達から、尋常ではない殺気が溢れ出ていた。
「怒りはしないわぁ。ただやっぱり許さないだけよぉ!! あっはっは!! 」
「そ、それは!! 」
「可愛い妹達! 気高いお姉様達! あの子達をお家に連れて行きましょう!! 」
「「「「「「「「「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」」」」」」」
メイロォが声をかけると、いっせいにシラヴァーズが牙を剥いて来る。サマナだけでなくカリンへ、そして旅団の全員に掴みかかり、一気に湖へと引きずり込んでくる。
「ま、まって。せめて話を! 」
「いやよお! 約束を破った者には報いを! 」
「「「「報いを! 報いを! 報いを! 」」」
女の悲鳴にも似た叫び声がカリンを襲う。濡れたシラヴァーズの力は見た目以上に力強く、振り解くことも、はじき返す事も出来なかった。
「剣を抜くしか無いというの……今、私なんて」
「勇ましいのねぇ! 」
すぐさま腰にある剣を抜き、相手を切り裂かんとしてしまう。カリンの中ではもちろんそんな事はせず、話し合いで誤解が解けるものだとおもってた、だがまず最初に思った事をそのまま口に出してしまう。人間の言わない方がいいと思ったほんの僅なことでも、シラヴァーズの前には簡単に暴かれてしまう。
「どうするの? 腕を切り裂く? 喉を突き刺す? どれでもやってごらんなさいなぁ」
「そ、そんなつもりは無いの! ただ、私は身を守ろうと」
「そうなの? なら鎧でもきてくればよかったのに。重くなってちょうどいいわぁ」
「こ、この」
「口を抑えなくていいの? また『そんなつもりのない』言葉がでてしまうわよ? 」
カリンがハッとし、両手で口を抑えた。考えた事が思ったまま出てしまう事で、これ以上場を荒らす事は避けたかった。そして当然、両腕がふさがることになる。両足を掴まれ、肩を掴まれ、ついには湖へと引きずられてしまう。
「姫さまぁ!? こ、こんのぉ! 離せぇ!! 」
オルレイトが懐にあった剣を手にとり、首に回った腕を切り払おうとした時、何重ものシラヴァーズに絡みつかれながらも、叫ぶ医者が居た。
「オルレイト君! 姫さまがどうして剣を抜かないのか考えて!! 」
「し、しかしネイラさん!! このままじゃ!! 」
「くるしいッツ、息がぁ」
「ナットをいじめるなぁ! 」
果敢にも双子の姉、リオがその両足でナットを締め付けるシラヴァーズを蹴とばそうとする。だが、あまりに体重が違いすぎて、まるで効果がない。それどころか、その両足を一掴みにして逆さにされてしまう。
「おねぇちゃん! うわあああ! 」
クオが姉の奮闘を真似るも、同じように蹴飛ばすも、また同じように逆さまに吊るされる。
「《ーーーッ!!》」
ベイラーで一番最初に反応したのは双子のベイラーであるリクだった。担いだコウを無造作に置いて、4本の足でシラヴァーズをふみつぶそうとする。
「ん? 恋人に手をあげるなんてイケナイ子。でもその足はもっといけないわぁ」
「《ーーー? 》」
問いかけが分からず、足を上げたまま硬直する。そして、シラヴァーズが言葉だけでなく過去も暴く。
「人を踏み潰したのでしょう? それもたくさん。足元に真っ赤な花が咲いて楽しかった? 」
「《ーー!! ーー!! 》」
「(パームが乗り手の頃の話をなぜ!? )」
カリンの記憶に呼び起こされたのは、パームと始めて会敵した冬の時、彼は足元にいる部下に気がつかず、ベイラーで踏み潰してしまっている。その踏み潰した部下は、名前を名乗ることもできずに絶命した。そのベイラーこそ、脅されるままに力を振るうリクであった。
「人以外にもたくさんの獣を殺しているわね? まぁまぁ可愛そうに。獣達痛かったでしょうねぇ」
「ーーー………」
掲げた足が力なく下がり、うな垂れるように体が傾いていく。握る拳は開かれて行き、さっきまでの勢いなど何処かへ行ってしまった。無防備なリクに向け、まとわりつくようにシラヴァーズが群がる。反抗する事も出来ず、なすがまま、されるがままに湖へと引きずられていく。
「《リクを離せぇ!! 》」
ベイラー達がリクを沈ませまいと、シラヴァーズをひきはがしにかかる。人間よりも大きいとはいえ、ベイラーの力であれば容易に助けられる。鷲掴みにして引き剥がし、仁王立ちで威嚇し、群がるシラヴァーズを蹴散らした。
「あーれー」
「お姉様ぁ! ちょっと荒っぽいですわぁあの子達」
「そうねぇ。ならみんな一つに集まって頂戴」
「「「はーい」」」
周りにいた湖と、この場にある湖は繋がっているようで、すぐさま周りにいるシラヴァーズが一箇所に集まっていく。それは人間とベイラーを足した数よりも多くなった。
「《そんな増えたところで》」
「可愛い妹。底に落ちてたこれを使ってみましょうか」
「ええそうしましょう! くれぐれもお肌に気をつけてね」
湖の底から、今度はシラヴァーズが武器を浮上させる。それはこの間まで船に積み込まれていた、サーラ製の特製品。その威力はベイラーにも通用する対空兵器。海水に濡れ、藻の付いた弦には、たしかに太い弓矢が番われている。
「うっちゃえ☆ 」
ひとり飛び切り髪を飾っているシラヴァーズが仕切り、弓弩を放つ。海賊用に用意され、船に積まれて居たであろうその武器は、水に濡れてもなおその威力は衰えず、真っ直ぐに進んでいく。
ギラリとひかる穂先。その初弾は、最前で立って居たミーンへと突き刺さる。
「《こんな弓矢がなんでこんな威力な……の》」
太腿に突き刺さった弓矢にバランスを取られ、そのままうつ伏せで倒れてしまうミーン。
「水色のやつあったりー! 次ー! 」
浮上させた弓弩は一つではなかった。残り2つの弓弩から矢が放たれ、ガイン、レイダにそれぞれ命中する。レイダはとっさにサイクルシールドを作る事で、その威力を軽減さるも、その矢はシールドを突き破り、レイダの体に突き刺さる。ガインはシールドを作る事も出来ずに、もろにその威力を受け、右腕を貫かれた。
「《ベイラーの体を壊せる弓、いつのまにそんなものが……》」
「流れ着いてきたのよ。怖いわねぇ。恋人に使う為にこんな物をつくるなんて。人はいだって怖いわぁ」
「……それをわかっていて、ベイラーに向かって撃ったの? 」
それは自然と、カリンの口からこぼれて居た。塞ぐのもわすれ、引きずりこまれるのも忘れた、ただ、確認したかった。シラヴァーズが睨みつけ、再び言葉をさぐり出そうとしたが、今でた言葉以外は口から出てこなかった。続けるようにカリンが問う。
「わかって居ながら、どうして? 」
その問いは、シラヴァーズには慣れきったものだった。
「ベイラーは私たちの恋人。でも貴方達人は違う。身分という壁は人を言葉の差以上に広げてしまった」
「な、なぜ今身分なんて」
「よく見れば、いい身なりしているわ。もしかして身分が高い、という人なのかしら」
「わ、私は……ゲレーンの王。ゲーニッツワイウインズの娘、カリン・ワイウインズ」
名乗るつもりはなかったが、一瞬でも思ってしまったために口から出て行く言葉達。そして、その言葉の中にあった、故郷の名が、シラヴァーズ達には響いた。
「ゲレーンから? 」
ざわめくシラヴァーズ達が、口々にゲレーンの名を謳う。深い森であったり、透き通った川であったり、それは、この度で故郷を離れたカリンには懐かしさを覚えた。
「なら、貴方は、あのギフトを知っているの? 」
「え。ええ。私の父が、乗り手としています」
「そう。そうなの……」
静まり返る海賊のアジト。先ほどまでとは打って変わって、湖に浮かぶ波紋がやけに目に付いた。そしてシラヴァーズの髪から滴り落ちた雫が湖に落ちた時、その目は、殺意から変わって居た。メイロォは周りで引きずりこもうとしたシラヴァーズを制止させ、同時にベイラー達に群がるシラヴァーズも湖へと帰らせていく。事の顛末を見守るように、他のシラヴァーズが目だけを水面から出している。
「じゃぁ、いいわ」
「いい、というのは? 」
「ええ。掟を破ったことを許します」
「では」
「でも」
殺意からは変わって居た。しかし、興味以上の対象に向ける目で、さらに無垢で、残酷な目。
「おうちでたくさんお話をきかせてね? ゲレーンから来たお人」
「……はい? 」
「ゲレーンからの旅人なんて全然こっちにこないのよ。だから、やっぱりおうちには連れていくわ」
「海の、中ですか」
「そうよぉ。あ、大丈夫。私がたくさん質問をするから。貴方はそこにいるだけでいいの。なんでか、いっつもこうしてしまうと、人は泡をふいて溺れてしまうのだけど、私たちは楽しいから」
「さぁ。 海 の 底 で お 茶 を し ま し ょ う? 」
全身から鳥肌が立っている。カリンはこの時、シラヴァーズのことを誤解していたのだと気がついた。彼女らは、たしかに話を聞くことはできる。ただ、こちらの生命がどうなろうとも、恋人とさえ謳うベイラーがどうなろうとも、彼女たちが楽しければいいのだ。そしてそもそも、彼女たちは人間を『海の中では呼吸ができない』という前提を知りもしない。ましてや知ろうとましない。ただ、自分の感情の赴くままに行動し、実行する。
「獣より酷い」
「あら怖い。お話しをたくさん聞かせてね? 」
ただ1人、海に引きずられそうになるカリン。オルレイトはその手を伸ばして掴もうとすると、背後から別のシラヴァーズがのしかかった。
「邪魔するなよー。メイロォお姉様のとばっちりがこっちにまでくるだろう」
「どけ! どかないと姫さまが!!」
「あ、もしかしておまえ、あのひとのことよく知ってる? さっきも私たちの体についてなんかいってたもんな? もしかして賢いかぁ? ならこいつは私がもらうー!! 」
「な、なんでそうなる! や、やめろ、僕は泳げない! 」
「大丈夫大丈夫。おうちまでは連れてってあげるから」
会話が、通じなかった。ただただ湖に引きずられていくカリンとオルレイト。旅団も、セスも、ベイラーも、すべての抗いが無に帰す。その瞬間だった。
アジトの温度が変わった。
「……なに? 」
振り返るメイロォの目に移るのは、先ほどまるで動かなかった、あの白いベイラー。だが、様子がちがっていた。肩から、そして顔に空いた目から炎が漏れ出し、吹き上げている。海賊のアジト一体に熱風が生まれている。
「炎を、使うベイラー?? 」
「そ、そうよ! コウはあの炎で空だって飛べるんだから! 」
「何を言っているの? 空を飛ぶなんか鳥でもできるわ。でも炎は違う」
メイロゥの カリンを見る目が、好奇心から別のものに変わっていた。
「炎は元来、人が操って来たものよ。それがどうして私たちの恋人がそんな事になっているのよ」
それは、ベイラーはそんな事をしないという。経験を覆す未知への恐怖。
「で、でも他にもいるわ。ああやって空をとぶベイラーが、船を襲っていたのよ」
「なら聞くわ。その空を飛ぶベイラーはあんな姿になったの? 」
「あんなって、さっきからコウの姿がまるで……」
たしかに、先ほどまでそこにいたのは、自分を乗り手としてくれた、始めて乗り込んだベイラーだ。白い肌も、赤く染まった肩も知っている。琥珀色のコクピットはもうすでに何回も触っている。
だというのに、その姿が、同じに見えなかった。肩を内側から焼き尽くそうとするように燃え盛る炎は、コウ自身を飲み込んで大きくなっていく。そして何より、怪我をしているはずの顔から、その、ジャベリンを受けて大穴を開けた顔から、炎が隙間を埋めるように燃えている。そして、声が聞こえた。
「《カリンに、手を、だすなぁ》」
燃え盛るなど無視して、疾走するコウ。怒りに震えてた声は怒号にしては小さく、呟きにしては大きすぎた。それは、この場に居るものに、自分が今から行う事の宣言であった。
疾走するコウ。乗り手がいないのにもかかわらず、砂浜をたしかに踏みしめ、足跡を深く残していく。その加速は、カリンをコクピットに乗せた時と遜色がなかった。そして、湖に引きずられていく仲間たちなど目もくれず、駆け出した勢いのまま跳躍までしてみせる。その高さは、サイクルジェットをもつコウでなければ不可能な高度。
「あれが、ベイラー? あれではまるで……」
「《つかまえたぁ!! 》」
湖に着地水するコウ。人間では足のつかない場所でも、ベイラーであればまだ足がついた。それでも胸元まで海水は満ちて、肩にまで水が入っていく。だがその水も、燃え盛るコウの前に、一瞬で蒸発していく。
そして、カリンを払いのけ、メイロォを握り込んだ。
「《お前は、お前はぁあ!! 》」
「は、はは。お前が、お前が私たちの恋人であはずがない」
精一杯の反抗をすべく、リクと同じ手でコウを追い詰めんとする。シアヴァーズの読心。その応用として、過去を紐解くことで、相手のトラウマを紐解く。だが、それがコウには一切通用しなかった。それはなぜか。
「こいつ!? 怒りしか、今、怒りしかないというの!? 私への怒りで、動かない体を動かして、燃えるはずのないものを燃やして居るというの!? 」
そして、コウは怒りで我を忘れている。だがその思想はむしろ、怒りによってより鮮明にしてた。握りしめる力がどんどん強くなっていく。
「が、があ……がが」
「コ、コウ!? やめて! これ以上は!! 」
「《だめだ。ここでこの人魚は、俺の手で!! 》」
その先の言葉を、カリンは言って欲しくなかった。自分のベイラーであるならば尚更だった。
「だめぇええええええ!!! 」
メイロォを握る手が、さらに強さを増した頃。どこからか風切り音がなる。最初、それは空から聴こえ、徐々にこちらに近づいてくる。
そして、その音の正体がわかる前に、しわがれた声が聞こえた。
「まったくやんちゃどもめ」
バズンと、重い木々がぶつかって砕ける、耳障りの悪い音が聞こえたと思えば、コウの手からメイロォが落ちていた。コウの手首に向け、誰かが武器を放ったのだ。その持ち主を、この場で誰よりも海賊のサマナがよく知っていた。
「サイクルブーメラン!? 船長!? 」
「船長? 船長は貴方ではなくて? 」
「これをなげなぁ 」
しわがれた、しかし誰よりも大きな声が聞こえたと思えば、今度は袋が投げつけられた。見当違いな場所に落ちたソレを必死に掴み中身をみる。中身の事は、今度はオルレイトがよく知っていた。
「これは肥料……糞か!? 」
「やつら見てくれを気にするんだ。これを投げつけりゃ一日はよってこない。グズグズするなぁ!! 湖で
ミイラになりたいかい!? ほれぇ!! 」
オルレイトの横に立ったしわがれた声の持ち主の姿。それはオルレイトの腰の位置に顔がある老婆だった。腰が曲がってしまい、本来の身長になっていない。杖をつきながら歩く姿は、あまりに不安になるというのに、その声色が全てを吹き飛ばす。サマナと同じ装いだが、頭につけた羽飾りが地面に引きずるほど大きかった。サーラの習わしでいけば、たしかに船長の証。
「ぼさっとするなぁ!! 」
「は、はい! みんな! はやく!! 」
「ばっちぃ」
「あとで洗ってあげるから」
海賊たちと旅団の皆が協力し、渡された肥料をぶん投げていく。
「いやぁ! 」
「せっかく磨いたばっかりなのにぃ!! 」
老婆の言う通り、あそこま執拗だったシラヴァーズが蜘蛛の子を散らすように去っていく。ただ1人、メイロォを除いて、その場からいなくなった。
「……まだいたのね。諦めの悪い」
「さっと連れて行かないからだろうに」
「いやよ。あなた汚いもの」
「そうかい。さっさと行きな」
老婆との短い会話を終え、そのまま湖へと沈み込んでいく。
「一体、今のは……コウ! コウはどうしたの!? 」
カリンが状況の変化で見失った自分のベイラーを見る。そこにいたのは、標的が眼前からいなくなり、手が空虚をさまよっている、燃え盛るベイラー。
「……コウ? 」
「《ーーー次は、必ず、必ず……》」
それ以上、言葉を発することはない。あれほど燃えていた体から徐々に炎は収まり、顔の穴も元のままになった。そして。支えを失ったコウが湖の淵で大の字に倒れこんでしまう。目の光は、消えたままだった。
「大丈夫よねコウ……あの、先ほどはありがとうございました。ええと貴方は」
「ああ!? すまないねぇ!? もうちょっと大きな声でいってくれねぇかい」
「ええと、ありがとうございました!! 」
「はい。聞こえましたよっと」
「今、そちら…に…」
カリンが立ち上がり、老婆に直接お礼を言いに行った時、そのことに気がついた。老婆の目には包帯がまかれている。その目は窪み、有るはずのものが無いのだけはわかってしまう。
「私たちのキャプテン……タームお婆ちゃん。私の、おばあちゃんだ」
「ああ! サマナかい? 帰ってきたなら使いを寄越せといっとろうが!! 」
見当違いの方向に怒鳴る老婆ターム。杖をついた盲目の海賊がそこにいた。
そろそろ生物図鑑的な回をつくります。
同じタイミングで登場人物紹介3も掲載。




