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海の旅人

「《……これ以上は、俺もどうしようもできねぇ》」

「姫さま。どうかガインを責めないでやって」

「ええ。2人ともよくやってくれました」


  戦いの後、サーラからの輸送船と合流した海賊船レイミール号。頭を串刺しにされたコウを治療すべく、すぐさまベイラー医のガインが治療に取り掛かった。顔の半分におおきな槍が突き刺さっていたが、これを摘出するのに、丸々1日を費やした。その苦労の甲斐あって、槍は外れたが、未だに起きていない。コウは日を浴びれるように、ガインがこさえた椅子に座らせている。


  あれから、救助した漁師たちを家に返すために、サーラへと進路をとり、2隻の船はゆっくりと進んでいる。風がなく、波もすくないため、なかなかはやくつけないでいた。


「お后様には、私が報告しておきます。ゆっくり休んでください」

「ありがとう。ええと……ロペキスさん、で合っていますか? 」

「はい」

「お后様によろしく」


  輸送船の船長であるロペキスが報告を上げながら、船員に檄をとばすべく戻る。ロペキスもロペキスで、今回の事件がまだ終わっていない事に胃を痛めている。対策を考えねばならないと思いつつ。あのパームが、おかしなベイラーと共に再び現れたことをどう報告したものか考えあぐねた。


  入れ違うように。オルレイトがカリンの元へとやってきた。



「姫さま。食事をとってください。これリオとクオがつくったんですよ。ほら2人とも」

「どうぞ! 」

「がんばりました! 」


  オルレイトは双子のクオとリオをつれて持ってきたのは、パンに具材がのせられた、船の上でも食べやすい物。具材が大きすぎて、すこしはみ出しているが、一生懸命作られたのはありありと伝わってくる。


「ありがとう。いただくわ」

「コウまだ寝てるの? 」

「お寝坊さんだ」

「そうね。お寝坊さんね」


  カリンが運んでくれたサンドイッチをてにとりながら、座り込んで動かない自分のベイラーを見る。力なく下がった腕。未だ治らない傷の数々。ふと、後ろから音が聞こえる。ベイラーが船の昇降機で上がってきた音。そこには、カリン率いる龍石旅団のベイラー達が居た。レイダ、リク、ミーン。三人がコウの元へと歩いてくる。


「《コウ、顔が… 》」

「《ーーー!! 》」


  レイダが頬を撫でるようにコウにできた傷にふれる。リクは、コウに何が起こっているのか分かっていないのか、終始オロオロしている。そんな中、ミーンだけが、冷静にカリンに話しかけた。膝をつき、目線をギリギリまで下げる。


「《姫さま……パームが現れたのは、本当ですか》」

「……」


  未だ一口も食べて居ないパンを落としそうになりながら、カリンは目を背けることができずに、しかし、たじろぐこと無く答える。


「ええ。あのパーム・アドモントがあらわれました。空を飛ぶベイラーを操り、船を何度も襲って居たのです。……そして、そのベイラーには仲間もいました」

「《……姫さま。冬に、ナットに言ったことを覚えて居ますか? 》」


  その言葉は、カリンの最も恐れて居た言葉だった。ついに、パンも落としてしまう。せっかくクオとリオが作ってくれた物を落とすつもりなど毛頭なかったのに、自分がミーンの乗り手に言った言葉が、何より重くのしかかった。


「《人を殺し、ベイラーを痛めつけ、森の生き物もたくさん害したあの男を殺さないことを、姫さまは『これでいい』とおっしゃいました。ナットはあの後、鉈をもってパームの首を落とそうとした。でもできなかった。それは、殺された叔父さんを想っての為だ。でも、姫さま。本当にあれでよかったんですか》」


  ただただ、確認のようにミーンが続ける。その中でも、カリンはじっと、耐えるように、自身が過去にナットに行ったことを反芻する。


「《あの時、パームを亡き者にしていれば、コウは怪我をすることもなかった。漁師達が襲われることもなかった。姫さま。本当に、あれでよかったんですか》」


  パーム・アドモントは、ナットの育ての親をその手で殺害している。その方法もまた、ベイラーごと火にかける非情なものだった。冬にパームを捉えた時、カリンはパームの命を奪うことをしなかった。それは、この男の非道を国中に、国を超えてさらに遠くまで知らせる為ではあったが、ナットはそうではなかった。今すぐにでもパームの首を落として欲しいとすら言っていた。しかしカリンは、その首を落とす役目をナット自身にさせて、思いとどまらせたのである。


  あの時、カリンは、自分の正しさをナットに押し付けたと思っていた。それでコウと一悶着あったほどだ。だがそもそも、あの時の自分の判断が、『正しい』と思っていたことが、一番の傲慢であると気がつかされた。それも、こうしてコウを傷つけてようやく分かったことだ。


  「それでも」


  しかし、どれだけ言われようとも、彼女は後悔しない。できない。全て納得の元で人々と話し、助け、そして助けられてきた彼女には、だれかを罪人にすることを容認できなかった。それが、自分の仲間であれば尚更であった。


「それでも、あれでよかったのよ」


  悲しみとも怒りとも違う、自責と疑念が入り混じった、一言で表せない感情が体を支配し、意思に反して目頭から涙が一滴こぼれてしまう。しかし、ミーンから顔を背けることはしない。


「《そうですか》」


  ミーンの心情は、乗り手でないカリンにはわからない。ゆっくりと立ち上がるミーンに、果たして自分の決意が伝わっているのかどうかはわからない。しかし少なくとも、ミーンは納得し、これ以上の追求をする事はないのだけがわかった。先ほどまで止まっていた風がゆっくりと吹いていく。その風はミーンのマントを舞い上がらせ、船に着いた帆を張らせていった。


「落としてる。たべるよー」

「きゃぁ!? 」


  ミーンが去った後、涙を拭っていると、足元に座り込んだサマナがカリンの落としたパンをつまんでいた。 カリンは、落ちたものを食べている文化の差と、こんなに近くにいたのにサマナの存在に気がつかなかった自分の気の緩みと、サマナの、自分に比べて薄着すぎて、臍や太ももが丸出しになっている格好に三重で驚いてしまった。


「あ、あなた! 服はどうしたのです!? 」

「ん? ええと、変、かな」

「そ、そんな肌を出して」

「ああ、着るもの少なくなったの。だからコートも干してる」

「そ、そうゆう訳ではなく……」

「私の格好はどうでもいいの。それより、あの白いベイラーは大丈夫? 」


  船べりに座り込んでパンを貪る。となりに座るように催促するサマナに従い、自分も座ろうとすると、彼女の右目の事を思い出し、左側へと回り込んだ。


「何も言わないの。コクピットにも入れなくて」

「一応ジャベリンは抜けた ? 」

「ええ。腕のいいベイラー医がやってくれたわ」

「でも、目を覚まさないの? 」

「……ええ」


  貪ったパンはあっという間にサマナの胃の中に消え、髪の間から見える赤い目が、しばらく船の上を眺める。その目に移るのは、白いベイラーを心配そうに見るカリンの連れ達。海賊の仲間以上に色々なベイラーやその乗り手達がいた。真っ先に、海賊にとって縁遠い給仕行うマイヤに目がいった。


「あの、給仕服の女は? 」

「マイヤね。炊事洗濯。なんでも出来ちゃうすごい人よ。髪を結ってもらったりしてるの 」

「私の短い髪じゃ結ぶのは無理かな……あのマントをつけたのベイラーは、腕はどうしたの? 」

「ミーンは生まれつき無いの。普段は郵便をしてくれて、脚がとってもはやいのよ。乗り手は……見つけた。今見張りをしてくれているわね。あの子よ」

「あの、でっかいのは」

「リクね。双子のベイラーがくっついているの。だから乗り手も二人。力持ちなの」

「二人乗り?……さっきみた双子?」

「そう! 私もまだ2人を間違えてしまうの。そっくりなのよ」

「なら、あの赤い肩した緑のは」

「レイダ。サイクルショットが上手で、私とコウと一緒に教えてもらったのよ。乗り手はオルレイト。体が弱いけど、計算だったり、商いが出来て、この旅で何度も宿の交渉をしてくれてるわ」

「じゃぁ、あの白い布をつけたのが、ベイラー医? 乗り手はどんな人? 」

「そう。ガイン。指を20本まで増やせる、とっても器用なベイラー。乗り手は人間の医者のネイラ。ちょっと不思議な人だけど、とっても優しい」

「……珍しいのばっかりだ」

「珍しいんじゃなくって、みんなすごいのよ。それに、あなたのベイラーだって」

「セス? 」

「ええ! 自分で波をつくってそれにのって飛ぶなんて! どうやって思いついたの? 」

「あれは、えっと……」


  ゆっくりと経緯を話すサマナ。だが話の順序がバラバラで、最初に『どこでできるようになったのか』場所の話をしたかと思えば、いきなり『いつできるようになったのか』時間の話に飛び、要領を得ない。


「それで、一番つよい波がでるって日に、えっと、それが1年前で、それで」

「(ベイラーに乗っている時はもっとハキハキしていたのに、どうしたのかしら)」

「でも、波は結局こなくって、だから、自分で作ってみたの。最初は、空の上で波はつくらなくって、そしてらセスが」

「《岩場にぶつかりそうだったから無理やり足場をつくったのさ》」


  上から覗き込む琥珀色。赤い肌をしたベイラーは、サマナのベイラー、セス。


「《貴族の。こいつは普段は人と話すのが苦手なんだ。あまり質問責めにしてくれるなよ》」

「え、ええ! 」

「《サマナ。さきほど、向こうの船長から話がきた。わが海賊はこれにて解放される。冤罪だと分かったのだからな》」

「そ、そっか」

「《こいつらをさっさと下ろして、帰るとするぞ》」

「え、でも」

「そ、そうね。私たちはこれでお別れね」


  海賊と、貴族。そもそも立場が違う。かたや、ついこの間までサマナは囚人だったのだ。それがこうして一緒に戦っている事があってはならない。サマナもそれは理解しているが、どうしても煮え切らないでいた。


「《まさかとは思うが、アジトにまで連れていく気じゃないだろうな》」

「……」

「《やめておけ。船長になんて言われるか。いや、それだけならまだいい。万が一に『彼女ら』にみつかったら、盟約を破る事になる》」

「(彼女ら? )」


  カリンの疑問を押し流すように、サマナはゆっくりと、それでもしっかりと言葉を紡ぎ出す。


「でも、たくさん助けられた。貴族さんがいなかったら、まだあの牢屋の中だ」

「《それは向こうの勘違いだ》」

「でも、疑いが晴れたのは、間違いなくこの人のおかげだ」

「《……まさか、本当にアジトに連れて行く気か》」

「あそこなら、あの白いベイラーを起こせるかもしれない」

「《まさか、『彼女ら』に会わせるのか!? なぜそこまでする!? 》」

「……理由は」


  目を伏せるサマナ。カリンはカリンで目の前の問答に口出しできずにいた。最初に、アジトに招かれる事への遠慮もあり、また、まだ知らない『彼女ら』の事もあるが、サマナは、白いベイラー、つまりコウを『起こせるかもしれない』というのだ。一体なぜそんなことが海賊にできるのか、自分が質問をしたいくらいだった。


「……私が、この貴族から奪ったからだ」


  サマナが伏した顔を上げた。その赤い目に、赤いベイラーが映る。だが、カリン自身には、サマナに奪われた物についてまるで見覚えが無いために、目を丸くしてしまう。


「《ほう。何をだ》」

「パンだ。手作りの、具沢山で、きっと誰かに食べてもらうことを想って作られた飛び切り旨いやつ」


  それは、先ほど落としたパンのことだった。


「海賊は奪っただけで終わってはいけない。それは『彼女ら』の盟約よりも上回る。だから、助ける」

「《……本気のようだ》」

「もちろん」

「《口が達者になった。だがその言葉、『彼女ら』の前でも言うんんだぞ。手助けはしてやらん》」

「も、もちろん」

「《おまえたち! 進路をアジトに取れ!! 》」


  セスがサマナに変わって指示を飛ばした。その事に反発する海賊もいたが、それも一瞬のことで、すぐさま進路が変わってく。


「海賊さん。いいの? 」

「うん。いいさ……ただ。1個だけいい? 」

「はい? 」

「これから見ることは、他言しないで。どんなものでも。何が起きても。それは守って欲しい」


  先程までのおどおどした彼女はどこへ行ったのか、片方だけ残った赤い目の強さがカリンを射抜く。その約束を守らねば、必ず報いを与えるという目。少し前まで普通に話ていたのにも関わらず、いや、それだからこそ、報いを与えるという目。


「分かったわ。絶対に言わない」

「……よし」


  立ち上がり、すたすた歩く。そのまま、甲板を上がり、帆のある柱まで駆け上がる。


「野郎ども! アジトに帰るぞ!! 」

「「「あいあいさー!! 」」」


  セスが飛ばした指示と同じだというのに、返事は何倍も強く大きい物だった。風が強くなり、船を推し進め始める。風向きが変わっていた。


 ◆


「あの、ここがアジトなの? 」

「まだこ入り口……さっき言った帽子は被った? 」

「被ったけけれども、ここは……」

「《おいおい。こいつはあ》」

「《カリン様! 下がってください!! 》」

「レイダ! 気をぬくなよ!! 」


  輸送船はサーラの港に戻って行った。そこで助けた漁師達と、ロペキスに別れを告げ、カリン率いる龍石旅団は海賊船レイミール号に乗換えていた。元からいた海賊のベイラーは、自分でボードを作り並ぶように海を渡っている。


  そして、アジトだと言われてきたのが、サーラのすぐ側。住人達は決して寄り付かない『リュウヨクの崖』と呼ばれる、断崖絶壁の場所だった。そして、その崖には、ある生き物が跋扈している。その生き物こそ、サーラの人々が近寄らない理由だった。


「《リスクキルがこんなにも!! 海賊! 私たちを罠に嵌めたというのか! 》」


  翼を広げればベイラーと同じ大きさにもなる、肉食生物リスクキル。レイダはこの生物と街中で出会い、散々な目に合っている。ガインに至っては、このリスクキルに背中を壊されていた。


「何を怖がってるの? 」

「怖がるって、あれは人を喰うだろう!? それにここはどう見てもリスクキルの住処じゃないか!! 」


  リュウヨクの崖、そこに空いた細い谷間にギリギリ船が通れる場所があった。崖が両脇に迫るその上では、こちらを見る大量のリスクキル。ぎらりと牙を光らせ、翼を広げている。


「ああ、こいつらを知らないのか」

「《知っていますとも! ついこの間、街に来たリスクキルは人を食っていました!! それを》」

「その人を食ったリスクキルと、ここにいるリスクキルは違うよ」


  今にもサイクルショットを撃ちかねないレイダと対照的な落ち着き様のサマナ。リスクキルのことを知らないカリンも、流石に違和感を感じてレイダ達を静止させる。


「二人とも、招かれた身として失礼です。その腕を下ろしなさい」

「《し、しかし! 》」

「あの生き物が凶暴なのは理解しました。しかしこうして襲って来ません。それで良しとしなさい」


  カリンの言葉で渋々腕を下ろすレイダ。ガインはガインで、いつでもネイラを守れるように立ち位置を

 崩さない。二人が納得する理由が必要だと感じたカリンが説明を求めた。


「でも、なぜリスクキルはこちらを襲わないの? レイダが言うには、人を食べてしまうのでしょう? 」

「あいつらは賢い。こっちを食べるよりも生かす方が得だと知っているんだ」

「生かす? 」

「端的に言えば餌をあげてる。でも、必要以上には与えない。たまに、群の中で飢え死ぬ奴が出ない程度の量をあげればいい。『俺たちを喰うより待った方が餌がもらえる』と分からせる。そうすると、餌をやる奴を覚える。だから私たちは襲われない」

「でも、私たちは? 」

「だから帽子をかぶせたんだ。私たちと同じだから、襲ってこない」


  ギラギラとした視線を浴びながら、ゆっくりと崖の合間を進むレイミール号。しばらくすると、水位が下がっていき、その手前に、船から降りる為の梯子が見えてくる。


「もうベイラーを下ろしていいよ。ここなら足もつく。あ、白いベイラーはだれか担いでやって」

「分かったわ。リオ、クオ、お願いできて? 」

「「はーい!! 」」


  黄色いベイラー、リクに双子が乗り込むと、4本の腕がゆっくりとコウを掴み、肩に担ぐようにして運んでいく。


「さて。いくか。セスの手に乗って」

「は、はい。赤いベイラーさん、よろしくて? 」

「《こういう事はあまりやらんから、しっかりと掴まれ。振り落としても気がつかん》」


  サマナはセスに乗り込み、カリンはその手に飛び乗る。そして、あろうことか、セスは甲板から直に飛び降りていく。着地の際に、盛大に水柱が上がる。


「《しまった。癖で》」

「こらぁ!! だ、大丈夫かい貴族さん」

「な、なんとか」


  指にしがみつくようにして耐えたカリンは、すでに服がびしょ濡れだった。


「《ちょうどいい。水浴びでもしていけ。もっとも『彼女ら』と仲良くなれなければ命はないのだから》」

「彼女ら? 先程からなんのことなの? 」

「《ベイラーとその生き方は似ているが、お前たちと共に生きることをやめた者たちだ》」


  崖の間からわずかに入る日差しを浴びながらあゆみをすすめる。すると、途中に洞窟に入ってく。内部はひんやりと涼しくも、生き物が住んでいる様子はなかった。


「山の中にある洞窟と違うのね」

「《元はここも海に浸かっていた。だが海が気まぐれでも起こしたのか、遥か昔に海はここまで来ることを辞めた。塩気が強すぎるこの洞窟では、苔1つ生えない》」


  セスが話しをしながら歩みをすすめて、どれくらい経ったのか。暗い洞窟の中では時間の感覚が薄れていく。そして、セスの手の平の揺れになれ始めた頃。ようやく洞窟が途切れる。出口は入り口よりもさらに小さく、ベイラー達も潜るのがやっとの大きさだった。体の大きなリクがむりやり肩を細め、カニのように歩いてようやく通り越す。


「ここが、私たちのアジト。ようこそ。サーラから忘れられた街へ」


  そこには、縦穴にひろがる砂浜が広がっていた。一番奥には、組み上げられた木造の塔。その周りには、何個か湖が点在していた。だが、そのどれも旗が立っており、一箇所の覗く全てに、まるで己の物だと主張するように、旗が突き刺さっている。


「さて……船長は寝てるかな。セス。ここでまってて。貴族さん。一緒に」

「え。ええ。」

「『彼女ら』 に会おう」


  コクピットから降り、カリンをつれて、その旗の立った湖の淵にたつ。その湖の色はどこまでも深く、吸い込まれそうな色をしている。


「旗のある場所には落ちないほうがいい」

「なに、そんなに深いの? 」

「違う。 そこは人間が潜るには深すぎる。それに、落ちたら引きずられる」

「……何に? 」

「それに今から会う」

「話してくれてもいいのではなくって? 」

「そういった奴は誰一人として信じなかった。だから見てもらう」


  カリンの頭には疑問符しか上がってこないが、そんなカリンを横目に、懐から、小さな筒を取り出す。それは手のひらに収まるほどの大きさで、センの実で塗られているのか、木目を境に二色に分かれていた。その片方から口をつけ、大きく息を吹き込む。


  一瞬、この吹き抜けのアジトに、高い笛音が響く。反響してずっと大きく聞こえたその音に、ベイラー達が反応する。


「呼び方は、ベイラーと同じなのね」

「《ああ。そして、声の出し方も似ている》」

「それって」


  セスの答えの前に、変化がカリンの前に起こる。湖に大きく泡が立ち始める。その泡は一挙に増えていく。そして、その変化はひとつの湖だけでなく、旗の立っているすべての湖から上がっている。ぼこぼこと鳴るその音は、この吹き抜けの場所で異様に響いた。


「な、なにが」

「たじろがないで。この後が大切だから」


  そして、一瞬泡が治ると、ちゃぷんと小さな音がなる。水面に見える淡い色。それがゆっくりと、この湖に上がって来る。そして、淵から一定の距離でとまると、ゆっくりとその姿が現れた。


「あらあら。かわいそうな片目の子。お友達を連れてきてしまったの? イケナイわぁ」


  女性に見える。宝石を水に溶かしたような、緑と青の混じった淡い色。それが長い髪の毛だと気がつくのに、カリンは時間がかかった。瞳は黄金の色だが、瞳孔が大きくてほとんどが黒く見える。胸もとを隠す服は一目では素材を判別できない。なにより、出された言葉も、張り付いた前髪の拭う仕草も、水滴のついた体も、紛れもなく人間だが、その肌の色は海と同じく淡い青。


  「まぁ! 森の恋人が一緒なのね。さぁさぁよくみせて頂戴」


  そして、湖からあがり、器用に座り込んだ。その姿に、カリンは息を飲んだ。へそから下が、人間ではない。尾びれがあり、その背中には背びれがあり、服に見えていたのは、目の前の者がつかう胸ビレが脇から巻かれてそう見えるようになっていた。


  そして、周りの湖から、同じような姿をした者がじっとこちらを見ていた。


  人魚。コウがいたならばそう評した『彼女ら』は、海賊と同居していた。大きな違いは、彼女らには鱗がなくつるつるで、胸ビレが脇から生えている。だがそんなことをカリンが知るよしもなく、ただただ、目の前で見ているものが信じられなくなっていた。


魔法は無いです。ただ色々なものがいます。ロボットであったり人魚であったり。

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