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サイクルミルフィーユシールド

ロボットは人を守り、人もまたロボットを守ります。

 『追われ嵐』到来四日前。


 《こんなはずでは》

「仕方がないわこんなの……どうすることもできないもの」

 《(ああ、お労しやカリン姫様、嘆かわしや我が魂)》


 カリンとコウが、2人で散歩に出かける日、いわゆるデートの約束があった。それはお互いの親睦を深める意味がおおく、その日を二人とも心待ちにしていた。しかし、その約束を反故にする出来事が国で起こってしまう。


《山道が潰れたからその撤去作業だなんて……それもこんな森の奥まで》

「仕方ないのよ……この道が潰れてしまったら、ほかの国への郵便だって、観測所の伝令だって使えないんだもの……だから、仕方ないのよ」

 《なにも僕らが行かなくたって》

「あなたは私のベイラーで、私は皆を鼓舞(こぶ)するために行かなきゃならないの。コウはそれともお留守番がよかった? 」

 《は! 連れてきて下さり感謝しています姫殿下(ひめでんか)

「その呼び方、二度としないで」

 《はい! わかった! カリン! 大丈夫! ぱぱっと終わらそう!》


コウはもとより、カリンのテンションがだた下がりである。己の使命を全うすることになんら異存はなく、それを執行するのに躊躇はないとはいえ、自然現象における災害がこうもタイミング悪く起きることに苛立つのは、彼女の人間の感情として持ち合わせている。


 山道を、コウ達を含めベイラーが6人。乗り手とは別に4人。一0人の人間と6人のベイラーで片付けていく。土砂崩れが起きてしまったようで、道には木の根と岩、それと泥が散乱している。幸いベイラー医のガインも一緒であり、万が一怪我しても問題は無かった。


「……あら? 」

《カリン? 》

「足跡だわ」

 《足跡?》

「これは、逃げてる? 上も下もしっちゃかめっちゃか……コウ! 見える!?」


 カリンが道で見つけた僅かな痕跡から、その生物が付近にいることを察知し、あたりを見回すと、その対象が良く見えた。カリンの視力は、およそ常人より高くなっている。


 《ああ。見えた。けっこう遠いね》

「はぐれる距離じゃないわ。見てしまって、放っておくのも嫌だもの」

 《じゃあ行こう》


 カリンがコウを小走りで動かし、森の中に入ってく。文字通り草の根を分けて進んでいくと、目的の場所にでた。そこにはカリンが見つけた動物がいる。


 ラブレス。ゲレーンでよく見る、恐竜のような姿をした動物であり、大きさから見て、まだ子ども。奥にはその親が、外敵から身を守るべく発達したであろうゴツゴツした肌が仇になり、木に引っかかっている。すでに相当暴れたのか、周りは折れた木々や草が散らばり、さらにそれが足元に絡まって、それはそれはしっちゃかめっちゃかな状態になっていた。


「大丈夫よ、すぐ取ってあげる。コウ!」

 《無理やり通ろうとして、枝が体に刺さっちゃって動けないみたいだ。ブレードで上の木を切れば、なんとか》

「なら、そうしましょう。いけるわね!」

 《お任せあれ!! 》


 左手のサイクルがまわり、いつぞやの決闘以来のサイクルブレードを生み出す。剣先が生え、徐々に刀身がうまれていき、最後に柄ができあがると、その柄を折り取る。簡易的な片刃の剣は、切れ味こそあれど、耐久力に関してはまるでない。一度切ればいいカミソリのような仕上がりだった。


 武器を生み出したことで、子供のラブレスが、急にコウに突進をしかけてくる。その行動は、その生み出された武器で、自分の親になにかするつもりなのかと、暗に怒鳴れているようだった。野生の動物であれば当然の反応である。


 《ああ! ごめん、そうじゃないんだ! ええっと、カリン!》

「一瞬でやるわ! せーの!」


一閃。親のラブレスを捕まえていた木を切断する。同時に、刀も壊れるが、ラブレスはその自由の身となった。すると親子のラブレスはコウの事に反撃を加える事もなく、猛スピードでどこかへ行ってしまう。まだ刺さった木を抜ていないのも関わず、その様子は必死そのものだった。


《大丈夫なのかな》

「変ね」

 《カリン?》

「あの子、ずいぶん怯えていたわ」

 《ベイラーを見たからだろ?》

「あなたじゃなくて、もっとほかの何かから怯えているわ。この森では一体何が起こっているの?」


 その時、今度は森の奥から、さらに大きな、木々をなぎ倒す音が聞こえてくる。同時にその音には、ベイラーがサイクルを回している時にでる、独特な切削音も混じっていた。


 《なんだ? ベイラーが木々をなぎ倒しながらこっちにきてる? 》

「でも、足音が聞こえない。別の何かが向かってくる? それってまさか」


カリンが急にコウを、その音から逃げるように動かした。同時に、カリンの感覚が流れ込んでくる。その木々をなぎ倒している謎の正体も、カリンは知っていた。


《ゲレーンミルワーム? 》

「この森ではとても大切な生き物! 土を食べて良くしてくれるの!」

 《ようはミミズか! でもなんで逃げるの?》

「私たちがどうこうできるものじゃないの! いいから走って! こうなったミルワームたちは、人間なんか簡単に押しつぶしちゃうんだから!」

《それってどういう事? 》 

「連れてきた人たちが危ない!! 」


 コウの頭にはまだ疑問符が浮かんでいる。ミミズといえば人間の指より細く長い、およそ人に危害を加える生物ではなかった。それをなぜカリンが、こうも血相を変えているのか。


 その疑問は、遠目で、その姿を見たことで一瞬で晴れた。ゲレーンミルワームの姿は確かにミミズそのままだった。しかし、大きさが違う。


 太さでいえば()()。長さは()()


《(なんで、どうしてこう、この国の生物は大きいんだ!? )》


 そして、カリンが血相を変えているのは、その大きさの事では無かった。


 大群。ミルワームが列をなして木々を押し流しながら、こっちに向かってきている。このままいけば、作業中の人たちと重なるルートであった。さらにはそのゲレーンミルワームが押し寄せている先頭には、見覚えのある青いベイラーが走っている。そのベイラーは、足を怪我しているようで、スピードが出ていない。


《カリン! ベイラーだ! ベイラーがミルワームに追われている!》

「見えてる! でも、ベイラーならミルワームに追いつかれるなんて」

 《足を怪我してるんだ!!》

「なんですって!」


 カリンが二つの選択肢を頭の中であげた。一つはあのベイラーを助け、後ろの作業チームは、他のベイラーの判断に任せる事。もう一つは、あの青いベイラーを見捨てて、すぐ作業している人間をこのワームの群れから遠ざける事。


 しかし、その二つの選択肢にはどちらも問題があった。一つ目の選択肢の場合、他のベイラーがこの事態に対処できるかどうかが不明であった。すでにコウ達がいる場所は道の外れであり、偶然ラブレスを見つけ作業場から離れたコウ達以外、まだ誰もこの異変に気が付いていない。もし他のベイラーがこの異変を見逃している場合、作業中の人間たちを、結果的に見捨てる事となる。


 そして二つ目選択肢の場合。あの青いベイラーは、なにか重大な情報を持っており、見捨てた場合その情報を捨てる事になる。この道はゲレーンにとって観測所や郵便に使われる重要な道であり、その道を通ってくるベイラーは何かの情報を伝えたくてこちらに来ている可能性が非常に高かった。


 カリンは、あげた選択肢で、『どちらの利の方が上か』を、必死に考えている。どちらかを切り捨てでも、片方を必ず守る選択肢を、すぐさま導き出してみた。


 コウは、その現実主義者なカリンを尊敬すると同時に、カリンが思い描きつつも、すぐさま頭の隅に追いやった三つ目の提案を忘れていない。


《後ろの作業の人たちにこのことを伝達して、ここへ引き返して、あのベイラーを助けよう》


 それは、第三の選択肢。両者ともに助けるというもの。一見簡単にみえるが、その提案をすぐさま却下した理由をカリンは告げる。


「速さが足りないわ。今にもあの追われているベイラーはワームの群に飲み込まれそうなのに、今から作業している人たちの元にいってから、こっちに戻ってだと絶対に間に合わない」


 それは単純な時間の問題。木々をなぎ倒しながら進むミルワームは、いまにも青いベイラーを押しつぶさんとしている。すぐに助けに行かなければならない。しかし、青いベイラーを助けた後では、後ろにいる作業場の人たちにこの異変を伝えられない。


《赤目になれば、どうかな?》

「それは」


 しかし、コウは屈しなかった。ただ一つの突破口は、赤目となり、人知を超えた力をえて、この体に速さを会得し、成しえるはずもない第三の選択肢を叶えようというもの。


「でもそれは……あのあと、一回もなれなかったのよ?」

 《だからってこれから一度もできないわけじゃない》

「でも」

 《きっと、いま挙げた選択肢は、どちらもカリンが納得できていない。それに、僕のことを計算にいれていない》

「ミルワームをベイラーで、それも一人でどうにかなんてできない。あなたも見たでしょう?」

 《ベイラーを抱えて、ミルワームの進行の外に置くことくらいはできる》

「その選択肢は、軽率で、あまりに理想論でなくて?」


 カリンの反論は、ともすれば子供を叱るような言い方だった。こうして口論している間にも、時間は失われていく。決断が遅くなるほど、被害は抑えられなくなる。


《でも君が納得できる。君はどちらかを切り捨てることになったら、すぐ切り捨てる対象を選べる人間だ。君は、現実主義者だ。でも、考えが捨てきれない。どっちも助けるって、そう言ってくれカリン。それが、君の納得できる答えのはずだ。隠し事なんて、この中じゃできないんだから》


 だがコウは、それに真向から答えた。1人では、カリンの選択肢のどれかしか選べなかった。だが、今ここにはニ人いる。


「失敗したら私たちがミルワームに飲み込まれるわ。それでも行くのね?」

 《僕一人ならそうなる。でも、今はカリンがいる。だから信じて》


 コウは、自分の言いたい事を確かに伝えた。言葉選びが正しかったかどうかはカリンの判断にゆだねられる。ひと呼吸置いたあと、カリンが決断する。


「いいこと? 全力疾走よ!コクピットの中の私のことは考えなくていい! 」

 《いいんだね? 》


 カリンの顔は、どこか誇らしげでだった。


「私にコウが信じてと言ったのだから、コウも私を信じなさい!」

 《わかった!信じる!! 》


 膝を曲げる。足を肩幅以上に開く。胴体が傾くクラウチングスタートでは、体を固定されていないカリンがコックピットから落ちてしまうため、小学生の徒競走でみるような、簡易的なポーズとなる。


「《行けぇ!!》」


 2人の声が重なると同時に、コウの全身に力が漲り、滾っていく。


 コウの足裏で土が吹き飛んだ。砂利が飛び、草木が舞う。景色が後ろへ飛んでいく。7mの巨体が森の中を駆けていく。


「速く! もっと速く!」


 そのまま、グングンスピードをあげていく。足跡を森に盛大につけながら、作業している一団まで戻っていく。作業中の人間を見つけ踏ん張と、道に両足分のブレーキ痕が残った。


「姫様!? コウを赤目にしてまでどうしたのです!?」


 作業中だったネイラが、突然現れたコウをみて驚く。カリンは、もたらされた成果に満足しつつ、コックピットから顔だけ出して声を荒げる。


「作業を中断なさい! ゲレーンミルワームの群れがこちらに迫っています! あなたたちは早く上に登って! 」

「ミルワームが!? こんな時になぜ? 」

「理由を論じている暇があって!? 」

「し、失礼しました! すぐに! 」

「よしなに」


 カリンがすぐさま顔を引っ込め、道を引き返す


「姫様! なぜ、元来た道をお戻りになられるのです!? 」


 ネイラがもっともな意見を述べる。今危険だと自分でいった舌の根も乾かぬうちに、すぐさま戻ろうとするのであれば当然の忠告だった。


 《救助作業をしてきます。ご安心を、姫様とすぐ戻ります!》


 再び加速をかけ、来た道を駆け抜けていく。青いベイラーの足がどこまで怪我しているのか、遠目では不明であったが、ここで助ける事ができなければ、せっかくのカリンの信頼を不意にする行為になる。それだけはなんとしても避けたかった。


「あのベイラーが見えて!?」

 《はい! 見えました……あのベイラーは!》

「知っているの?」


 すでに怪我は相当酷いのか、ついに倒れ込んでしまった。乗り手も怪我をしているのかもしれない。マントをつけた青色、否。空色をしたベイラー。


《ミーンだ!? 》

「お友達? 」

《はい! ミーンといって、郵便をするベイラーです!》

「なるほど。手紙が届かないのは、贈られる者にとっても贈る者にとっても不幸です。なんとしても助けます」


 カリンが力強く宣言した。同時に、救出する案が出る。


「《盾を使って隙を作る》」

 《同じでしたね》

「いいえ。あなた、あの薄い盾でどうやってワームを防ぐおつもり?」

 《そ、それは、厚みをまた出せば》

「二回目の博打(ばくち)は打ちません」

 《な、ならどうするんです!?》

「バイツが言ってくれてたでしょう。展開する速さだけは良いって。なら何度も作るの!」

 《何度も? 》

「わからないなら見ていなさい! まず走って救出! 」


 カリンの考えが読めないまま、倒れこんだミーンと地面の間に、自分の体をすべりこませて受け止める。腕にかかえたベイラーはミーンで間違いなく、すでに左足を酷く削られていた。


《これは、崖から落ちたのか》

《君は……お城にいた白いやつ》

《君、ミーンだろう? 乗り手のナットは無事か?》

《ナットは、怪我を我慢してる》

《大丈夫、この先に腕のいいネイラって医者がいる。君も治せる》

《それより、もっと大事なことをが……後ろ! 》


 ゲレーンミルワームが首を大きく持ち上げ、こちらに落ちてくる。動きこそ鈍重だが、その破壊力は、木をなぎ倒していたことをみれば明らか。


《カリン! シールドを!》

「ええ!」


 左手でミーンを支え、右手でサイクルシールドを創りだす。大きさはワームと遜色ないほどの大きさにできた。練習通り。しかし、いとも簡単にその盾は、ベキベキベキと軽い音をたてて崩れていく。


《ダメだ!やっぱり()()! 押しつぶされる。ああ、さらば、さらば》

「お黙り! さらばじゃない!」


 カリンが激昂しながら、再び同じ大きさのものを展開し、ミーンを抱えながら一歩横へとずれる。ワームが再びのしかかり、重さに耐え切らず、また割れる。三度、同じものを展開する。さらに一歩横に。ワームが大きく蠢き、シールドは粉々に砕け散る。


《でも、二歩は稼いだ! 》

「ワームが重なる!」


 動きを止められたワームに、さらに後ろからワームが重なる。完全なる渋滞事故。そしてシールドの大きさよりも高くワームが重なれば、その重さを防ぎ切れずワームが落下し、コウが下敷きになってしまう。


 ここで、コウがひらめく。


《カリン! ミルフィーユだ!》

「なんで急にお菓子がでてくるの!」

 《重ねるんだ! 薄い盾でも、重ねていけば!》

「分厚い盾になる!」


 シールドを、連続で二枚重ねるようにして作り出す。単純計算でさきほどよりニ倍頑丈なシールドができあがる。そして頑丈になったために、わずかながら時間が空く。


「あと、三歩!」


壊れればまた作り、壊ればまた作りを繰り返し、一歩一歩、ミルワームの進路から離れていく。しかし、シールドが頑丈になればなるほど、後ろに控えていたミルワームが押し寄せ、ついには、作る速度より壊れる速度の方が速くなっていく。


「あと、一歩! 」


 シールドが軋みをあげ、その一端に至るまでひび割れていく。


「今! 飛び込んで!!」

《はい! 》


 カリンの指示した瞬間、コウが脇道へと飛び退く(とびのく)。背中から着地するようにして倒れこむと同時に、シールドが一気に崩壊し、ミルワームが雪崩れ込んでいった。ミルワームにミルワームが重なり、ぼよんぼよんと地面で弾んでいる。


《……カリン! 怪我は!? 大丈夫!?》


 あれだけの加速、そして最後には背中から落下するなどした。乗り手のカリンには相当以上の負担を強いたことに気が付き、慌てて安否を確認する。


「ええ。踏ん張ってみせましたとも……郵便屋さんは大丈夫?」

《足以外問題ありません……でも……ナットが……ナット?》


 ミーンの中から、ナットが這い出てきた。骨が折れているのか、ぷらぷらとしている腕を支えており、、頭からは血を流している。すでに息も絶え絶えだが、必死に何かを伝えようとしていた。


「その声は……カリン様で、あらせられます……か?」

「はい、喋らなくていいですから、あなたは早く手当を」

「ご報告します。観測所からです」

「観測所? なぜ郵便のあなたがその報告を?」

「緊急の、報せでし、た。一大事で、あると」

「一大事?」

「『追われ嵐』が迫っています……今日を入れ四日後、北より接近する、とのこと」

「――なんと」


 一瞬、様々な感情が、僕の中に流れ込んできたと思えば、カリンはコウのコックピットから出てた。そうして、今にも倒れそうなナット少年をカリンは抱きとめる。


「よく、よく伝えてくれました」

「ダ、ダメです、お召し物が汚れます」

「お気になさらずに。貴方、名はなんと?」

「ナット……ナット・シングです」

「ではナット。よく、やってくれました。あなたはこの国を救いましたよ」

「光栄、です。叔父さんに自慢できます」

「その方のベイラー、こちらへ……ああ、いいえ、私が行きます」

 《そ、そんな》


 ナットを軽々と抱っこし(怪我をした腕を気遣ったのか、抱えこんだ抱き方。俗に言う、お姫様だっこ)カリンはミーンに近づいた。


 その時初めて、カリンはミーンの体に気が付く。


「あなた……腕が」

 《生まれた時には既にありませんでした。代わりに誰よりも早い足を、ソウジュは与えてくれたのです》

「北の観測所からここまで? 三日はかかったろうに」

 《急いでいましたので、一日です》

「一日! それは……本当に足が速いのですね」

 《自慢の足です……今は動かせませんが》


 ミーンが苦笑しながらも誇る。

 

「私のベイラーが、あなたの名をミーンと言っていましたが、合っていますか?」

 《は、はい。ミーンと言います》

「ではミーン。よくやってくれました」

 《はい……あの。ナットは、治りますか? 」

「はい。大丈夫ですよ」

《腕がなくなったりしませんか? 》


 ミーンは、そのことが気がかりでしょうがなかった。


「それも大丈夫です。膿んでいたりしていません。優秀なお医者様もちょうど連れていますから、応急処置以上のことができるでしょう」

 《よかった……よかった……》

 

 もうなんの憂いもないとばかりに、ミーンは安心した声を上げた。カリンは、その声を聴き、コウに振り向く。納得し、行動し、この結果を望み、そしてついに勝ちとった。


 その顔は、実に晴れやかだった。


「コウ! ナットを手に乗せて! ミーン。すこし大雑把になってしまうけど許してもらえて?」

 《大丈夫、足がこれだから。むしろお願い。早く》

「コウ! ミーンも一緒に!」

 《わかった》



 カリンが乗り込み、ミーンを肩に担ぐ。足をプラプラさせてしまうが、彼女の引きずって歩くよりいいという判断であった。つぎに、ナットを手のひらにのせる。骨折患者をつまみ上げる訳にもいかず、スコップの要領でナットをすくい乗せた。


「四日……間に合わせないと」


 カリンがぼやいた瞬間、コウの頭の中に悲惨な光景が飛び込んでくる。黒く染まった雲。横に殴りつける暴風。肌を突き刺す激しい豪雨。空に轟く雷鳴、それによって燃える森。そして何より、人を、作物を、家を、そしてベイラーすらも押し流す土砂崩れ。


 それは伝承に伝わる『追われ嵐』の全容だった。この大災害に、あと4日で備えなければならない。その事実にコウも、カリンも震えていた。

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