ベイラーの戦術
「お頭!! 」
「あ、ああ。落ちた漁師たちはどうだったの 」
「何人かいねぇって騒いでらぁ」
「……そう。居ないの」
上空では、青いベイラーがは空を我が物顔で飛んでいる。白いベイラーであるコウもまた空に飛び上がり、サイクルブレードで立ち向かうが、二対一であることに加え、相手の連携によってことごとく翻弄されて居た。海賊のサマナは一度海へもどり、本来の救出に勤しむ仲間たちに近況を聞く。だがその結果は芳しくなかった。名前を呼んでも返事をしない漁師や、今この場に居ない漁師がすでに出てしまっている。海に流されてしまったか、沈んでしまったか、もっと別の要因か。理由はいくらでも頭に浮かび、セスの体を縛る重りとなる。状況が目まぐるしく変わりすぎて、彼女の中で後悔と混乱を生じさせて居た。
「《もっと早く来ればよかった。など考えてはいまいな》」
「セス。黙って」
「《今必要なのことはわかっているな? 今、サマナはそれでいいのか? 》」
コクピットの中に居て、ベイラーと乗り手の思考は共有される。言いたいことをいわずともわかり、視界も同じものを見ることができる。だというのに、こうしてセスが口に出しているのは、このサマナという少女には、時折思考の共有のみを遮断する癖があった。それは過去の経験から身につけた彼女の自衛手段の1つであり、決してベイラーの恐怖に起因するものではないが、ベイラー側からすれば、それは心を閉ざし、共に生きることを拒絶する事に他ならない。ベイラーは乗り手が居なければ走ること上手くいかない。そんな彼等にとって、人間側から拒絶されるのは耐え難いものがある。
だがセスは、そんな彼女との付き合い方を知っている。突き放すでもなく、慰めるのでもなく、ただ、それでいいのかと言い続ける。それが彼女にとって、劇薬以上の効果をもたらす事を知っている。
「良くない! わかってるって! お前たち! 後続の輸送船はどれくらい後ろにいるの!? 」
「へ、へい。もうすぐですぜ。勘がいい子供がいるんでさぁ」
「よし。ならひとり迎えにいってやって。あの貴族さんのお仲間が輸送船にいる。船をつくって引っ張ってやって! 」
「お頭はどうするんでぇ? 」
「あのおかしなベイラーを海に叩きつけてやる」
「あーおっかねえ」
「わかったらいって。いってってばぁ! 」
「へいへい! 」
海賊が笑いながら反転する。カリンの仲間である龍石旅団がいる船は後方からやってくる。迎えが必要だった。それを仲間の海賊に任せ、自分はセスをあの青いベイラーの元へと向かわせる。
「《ああ。そうして気張るお前は好ましい》」
「これが終わったら息抜きくらいさせてよ? 」
「《ああ。人には休息が必要だ。だが今ではない》」
セスがサイクルボードで再び波に乗る。向かう先の空には、青いベイラーの二人が、コウを空中で切り刻まんと動いて居た。すぐさま、赤いベイラーが海の力を借りて飛び立つ。
◆
「二対二じゃなくなったなぁ、白いベイラー!! 」
「《このぉ!! 》」
すれ違いざまの斬撃を間一髪でしのぐ。すると今度は反対側からサイクルショットで狙われ、大急ぎでジェットを吹かす。射線から逸れて一安心する暇もなく、また別方向からの斬撃がコウに見舞われ、今度は防ぐことかなわず、身体に一筋の切り傷ができる。先程から、カリンがとっさにコウを後ろへと倒れさせ、致命傷を免れて居た。この一方的な攻防で、コウの体は傷だらけになっている。大きな傷がなくとも、これ以上攻撃を食らえば、致命傷になりえる危険な状態だった。
「《空でこんな連携なんて、どうすればいい》」
「まず飛び道具を潰すのが木の根でなくて? 」
「そうしよう! 」
カリンの言葉は、定石や肝要と意味は同じである。
「「《サイクルショットォオオ!! 》」」
コウがブレードを持たない腕で針を作り、サイクルショットで、新たに現れたベイラーに向けて放った。直線で標的へと向かう針は、青いベイラーの胴体に向けたしかに放たれる。
だが、青いベイラーも対応する。空中で棒立ちになった状態から、一瞬で飛行できる状態に変形し、一気にコウたちから距離をとった。直線に伸びたサイクルショットの軌道から逃れ、コウから一定の距離を取った後に、再びこちらにサイクルショットを放つ。コウは対応を余儀なくされ、針を捨てて、今度はサイクルシールドを生み出して耐えた。
「《スナイパーって感じだ。ああも一瞬で距離を離されたら何もできない》」
「追いつける? 」
「《追いつけるけど、それはパームもだ。背中から斬られる……油の減りも気になる》」
「あの青いベイラー、やっぱりあなたと同じように飛んでいるのかしら」
「《……だとしたら、油切れが狙える》」
「余所見いただきぃ!! 」
コウが閃いた瞬間、パームの一撃が頭上に迫って居た。ブレードでどうにか防ぐも、剣圧を止められずに高度を落とす。立ち直る暇もなく、パームが連撃をかけてくる。上段からの一撃から、切り上げ、斬りはらい。剣術としては一流のカリンも、足場のない空では防ぐのに手一杯だった。
「《カリン! 後ろだ! 》」
「このぉ! 」
背後に陣取るもうひとりのベイラーがサイクルショットで狙いをつけているのを確認したコウが叫ぶ。シールドで防ごうと左手でサイクルを回そうとした時、その腕をパームのベイラーが捉えた。
「その隙いただくぜぇ!! 」
パームが吠え、青いベイラーが突進する。反応が遅れた深々とコウの右腕にサイクルブレードが突き刺さる。木々が引き裂かれる音と、硬度の高い金属がカチ合うような、耳障りの悪い音が辺りに響いた。ベイラーの腕からは血の代わりに破片が海へと落ちていく。
「コウ!? 」
「《油切れなんか期待できない、このままじゃこっちがやられる! 》」
「そうだ! これで終わりだぁ! 」
ブレードを突き刺したパームはそのまま肉薄し、空中でコウの身体を拘束する。一瞬でも空中で動きを止めることは、背後にいるベイラーに狙い打たれることを意味している。
「《ま、まずい! 》」
力任せに振り払おうとしても、先程突き刺さった右腕が上手く動かない。青いベイラーのブレードが邪魔をしてコウの身体を鈍くしていた。
背後のベイラーが、コウの飛行能力を奪うべく、その肥大化した肩に狙いをつけてサイクルショットを放つ。今度は三発ではなく、五発。この青いベイラーの乗り手は、確実にコウを海に沈めて、この空にいるのは、パームと自分だけなのだと知らしめる気だった。
しかし、その第一射を行った時、赤いベイラーが遮ったことで、企みは砕け散る。
「「《サイクルブレード!! 》」」
赤いベイラー、セスが、自分の身体と同じように赤い目となって、サマナと意思を重ねていく。そうしてい生み出された海賊由来のブレードは、普段よりも重く鋭いものになる。そして、せっかく作り出したブレードを、躊躇なく投げつけた。
柄を起点に回転しながら、青いベイラーへと放物線を描いてとんでいくブレード。それはたしかに青いベイラーの肩口を捉え、深々と傷を残して落ちていった。セスはさらにサイクルボードで空を翔け、コウをひったくるようにパームから奪う。
「一人にしてごめん」
「ど、どうなさったの」
「救助は終わった。このあと貴族さんのお仲間もくる。そうすれば逃げるなりなんなりできる」
「よかった。漁師さんたちは無事なのね? 」
「うん。でも、悪い報せが一個だけ……全員は助けられなかった」
海にボートで落下し、水しぶきをあげながら着水する。空にはまだ悠然と青いベイラーがその翼を広げて佇んでいる。
「私はあの男がゆるせない。ただ奪うだけで何もしないあの男が」
「……ええ。私も」
「《でもどうすればいい。あの2人のベイラー、隙がない》」
「前衛と後衛。役割がはっきりとしてる分戦術として有効なのね」
「……提案があるんだ」
サマナが作成を切り出すと、コウは首を傾げて、カリンは眉をへの字に曲げて考え込んだ。
「……うまくいく? 」
「《失敗したら間抜けにも程がある》」
「《だが、やらないのはもっと間抜けだろう》」
セスが笑うように二人を急かした。それは自分の乗り手の提案が愉快であったのと同時に、セスがこうして他人に心を許して、自身の考えを話しているのがとてつもなく嬉しかったからだ。
「《すくなくとも、『アレ』はまだここにいる。苦労するのはベイラーだけだ。だが、白いベイラーが無理だというのなら、サマナの考えは行えない。やれるか? 》」
「《……あの、パームって男は、ゲレーンでひどいことをしてきた男なんだ》」
「《そうらしい》」
「《でも、今、空にいる青いベイラーが、どうしてパームと一緒にいるのかも知りたい。だから、やるよ。まだ油も残ってる》」
「《よし。なら、はじめるぞ……上!! 》」
空から、大量のサイクルショットが降り注ぐのを、コウはサイクルジェットで空へ、セスがサイクルボードで波に乗って海へと回避する。水柱が何度もあがりながら、致命傷に至らずに済む。
「勘のいいいやつらだ。おい。お前は空にいろ。俺はあの白いのを片付ける。さっきとおなじように、後ろから傷だらけにしてやれ」
パームが指示を飛ばすと、もう一方の青いベイラーは首肯で答える。両腕にサイクルショットを構え空を進む。パームもまたブレードを構えて切り刻もうと勇んだ時、赤いベイラーが意図のわからない行動を行う。
誰が乗るのかもわからない船を、次から次へと作り始めた。大きさもバラバラで、手当たり次第にとりあえず作っているという印象が拭えない。
「なんだぁ? っと」
疑問におもって確認しようとするの、横から白いベイラーに邪魔をされる。ブレードとブレードがぶつかりあい、木屑が海へと落ちていく。すでにベイラー同士の戦いが長引き、海には相当数の破片が落ちて居た。
「《カリン。あれをやろう! 》」
「よくってよ」
「なぁにをグダグダ言ってる! 」
ブレードで受け流し、コウを自分より下の高度へと突き落とす。だがコウはメゲずにサイクルジェットで強引に上空に飛び上がる。乱高下によってカリンの体がベルトで締め上げられ、肺から空気が強引に押し出され、咳き込んだ。意識が一瞬朦朧となる。
「《カリン!? 》」
「だい、じょうぶ。 平気。だから、行く!! 」
「《分かった!! 》」
背後に目を配りながら、 射線にパームを重ねるよう、円形に回るようにして動く。こうすることで、サイクルショットを撃ってくるもう一人の青いベイラーの援護を無力化するコウたちの目論見。そして思惑通り、背後に陣取っていたはずのベイラーは動き回るコウを捉えることが出来ず、捉えたとしても、すぐさま射線にパームが入り、援護を行うことができなくなっている。この状況を、コウたちは望んでいた。
「《いまだ!! 》」
その隙を見たコウが、一瞬で距離を詰める。手に持ったブレードを大きく振り上げて、そのまま、パームのベイラーに当てることなく、全身で前へと。そのまま、身体を宙で一回転させる。コウ達が経験で身につけた 、ベイラーの空戦用剣術。その一番最初の技。名前さえついてない攻撃は、空中でベイラーの体重を乗せた、地上さながらの剣戟ができるだけでなく、この星にもある、遠心力を加えて剣圧も上げた斬撃。
パームがギリギリでその攻撃に気がつき、ブレードを上段に構えて防ごうとする。しかし。コウの体重も載せた一撃は、青いベイラーが作り出した細いブレードでは耐えきれず、ブレードごとパームを吹き飛ばした。頭部を真っ向から叩きつける斬撃は、青いベイラーを切り裂き、海へと叩き落とす。パームも今度は自分に襲いかかるであろう衝撃に身構える。さきほどまでずっと援護していた別の青いベイラーも、パームのベイラーが海へと落ちたことで、ガムシャラにパームへと飛んでいく。
「まだ空を飛び慣れてないっていうのか……あ? 」
パームの身体を襲った衝撃は、たしかに海に叩きつけられたものだったが、想像との差異があった。いつまでたってもベイラーが濡れない。それどころか、ぷかぷか浮いている。何が起こったのか確認すべく、パームはコクピットから乗り出て状況を見ると、不可思議な光景が広がっていた。自分のベイラーが簡易的な船に乗っており、その周りに、誰も乗っていない船が無数に浮かんでいる。先ほどまで、この数の船は無かったにもかかわらず、今現在たしかにパームの周りに船が作られていた。
「なんだぁ? 」
「《これからわかる》」
ふと声が聞こえると、突如視界が高速で前に移動し始める。目線をうごかせば、背後にいた赤いベイラー、セスが船を無造作に蹴飛ばし、船を移動させていた。ほどなく流された海の上を漂う。
「何がしたいんだ?……まぁいい。傷の具合は……顔がやられるか。でもまだ動けそうだな」
ペシペシと船に叩きつけられたベイラーの顔を叩く。一つ目のベイラーは反応を返さないが、そんなことも意に返さず、翡翠色をしたコクピットに乗り込んでいく。すぐ側には、先ほどまでパームを援護し続けていた、同じく青いベイラーがひざ立ちでパームの復帰を待っていた。
「ケーシィ! お前のベイラーはまだ飛べるな!? 」
パームが、仲間の名を叫びながら再び青いベイラーを空へと向かおうとしたとき、船が下から突き上げられるようにして揺れた。飛び上がろうとしたベイラーが思わず前につんのめる。
「今度はなんだ? 」
体勢を整える前に、今度は目の前に水柱が下からわきあがる。そこに見えるのは、2つの巨大な目、ふたりのベイラー など見向きもせずに、その口を開けて、『群れから離れた魚』を食べようと動いた。あの漁師を襲った『海の家』バエメーラが、今度はパーム達を乗せた船を食べようと口を開く。
「なんだぁ!? 」
パームは目の前の光景に驚き、衝動で武器を構える。構えてしまう。だが、そのサイズ差はブレードで覆るような物でもなかった。自分に害を成す物は、攻撃によって排除してきたパームの習慣が、ここで致命的な行動として露見した。
「ケーシィ! 」
大口が閉じる瞬間、パーツが仲間の名を叫びながら、二人の青いベイラー諸共飲み込まれた。バエメーラは飲み込んだ海水を口の間から吐き出しながら、再び海の中へと戻っていく。
「……何もかも上手くいっちゃった」
「《お前が考えたんだぞ。サマナ》」
「《呆気なかったぁ》」
バエメーラがパームを飲み込むのは一瞬だった。もう空には、あの笑い声は聞こえてこない。
「……あのベイラー、結局一言も喋らなかったのね。やっぱり脅されてたのかしら」
「《リクと同じで、喉がないのかも》」
「空は飛ぶし姿は変わるし、ベイラーてなんでも出来てしまうのね」
コクピットの中で操縦桿を握るカリンの考えが透けて、思わずコウが具申した。
「《いや、変形はできないからね? 》」
「鳥の方が早かったのに? 」
「《なら今度は、人と同じなままで、あの青いベイラーより早くなればいいだけだ》」
「そう。期待してる」
「《とにかく、一度船に戻ろう。カリンも休んだ方がいい》」
「ええ。ベルトに思っいきり締め付けられて痛いわ」
セスがサイクルボードを蹴りながら、コウはゆっくりと速度を落としながら、レイミール号へと戻ろうとした時。背後で巨大な水柱があがる。
振り返った先には、先程海に潜ったはずのバエメーラが、あの巨体を痛みに悶えさせている。 なんども首を左右に振り、背中の甲羅に住んでいた海藻や魚達が振り落とされていく。
サマナとセスが、突如起こった荒波に飲まれぬように、サイクルボードを巧みに操り、消して横から波を受けぬように立ち回る。コウはすぐさま上昇し、空から何が起こったのかを確かめる。
そしてすぐに、バエメーラがなぜ苦しんでいるのかがわかる。長い首を、口にむかって遡るように何が上がっていく。最後の最後まで飲み下そうとするバエメーラの反抗も虚しく、遂には口から遡ってきた物を吐き出した。
先程飲み込まれた筈のベイラーが、2人して海へと帰ってきた。一ツ目が怪しく太陽の光を反射している。
「な、なんてことを」
「《カリン? 何が見えた? 》」
ゲレーンの、緑豊かな自然の中で育ったカリンの目の良さが、あのベイラー達が行った行為を、観察して推論してしまえた。そして自ずとでる答えが、カリンを更に激情に駆らせる。
「切り刻んだのよ。あの生き物を内側から! 」
青いベイラーは、その全身を返り血で染めていた。パームは、ブレードで内臓から文字通り這い上がる。
「へっへっへっへ。仕切り直しといこうぜ! 」
青い身体を紅く染めたベイラーが、そこにいた。
パームさん絶好調です




