海賊の追跡
海賊が再び現れた。その報せを聞いて船に飛び乗る。寝込んでいたオルレイトが意地で起き上がり、リオとクオは薬を飲んだ事で熱が下がった。ベイラーも龍石旅団の面々と一緒に付いていき、襲われた漁船に二隻の船で向う。そこでカリン達が見たものは、散らばる破片に、海に沈むまいとしがみつく人々。仕事道具である網は破け、進路を決める帆は柱ごと折れていた。
再び指揮を任されたロペキスが、ロープを垂らして漂流した漁師達を引き上げていく。何人かは水を飲み込んでいて意識がない。カリンらはネイラの指示に従い、各々の状態によって対処を変える。意識があり、怪我もない比較的無事な人間には、タオルを渡して自分で拭いてもらう。問題は意識がないが怪我をしているもの、もしくは怪我だけしているもは、持ってきた包帯や薬で対処した。問題は意識がなく怪我もしている人間だ。ネイラが医者としての知識を最大限に働かせて処置を施す。二番目に知識のあるオルレイトが補佐に入る形でネイラに付き従う。双子のリオとクオは真水を配り、ナットがベイラーを指揮しながらロープを引き上げるのを手伝う。
「大丈夫か! 」
「お、俺は平気だ。けど船が駄目になっちまった。明日からどうすりゃいいんだ……」
ロペキスに言葉に答える漁師達。飲み込んだ水を吐き出して一安心したのか、これから先のことを考えてしまい、一層憂鬱になっている。濡れた体も陰鬱な感情を後押しした。ほかの助かった漁師たちも、同じように途方にくれている。船がなければ漁もできず、明日市場に魚を送ることができない。自分一人で暮らしているなら、釣竿を垂らしてその日暮らしで構わないが、彼らは国中に魚を仕入れて暮らす漁師。魚がとれなければ、生活できない。
「船はまた作ればいい。今は助かったから良しとはくれなくて? 」
「あんたは……」
「お水はいかが? 」
「あ、ああ。いただくよ」
カリンは双子と一緒に水を配っていた。サーラの服に着替えていたために、身分が分からずに困惑する漁師。ただ、その立ち振る舞いが自分たちと違っている為にやけにまじまじと見てしまった。
「何か? 」
「い、いや。ありがとう」
「なんだこりゃぁ!! 」
突如声を挙げた簡素な囚人服に身を包んだ少女。サマナが現状を把握してロペキスに叫ぶ。
「これを私たちがしたとおもわれてたの!? 」
「そうだ。サーラではこんな事がよくおきている」
「へんなこと言っちゃいけないよ! これじゃぁただの強奪じゃない!! 」
「……お前たち海賊は違うのか? 」
「ほかは知らなけど、私たちは違う! 奪うことと与えることを同時にやるのが私たちだ! どっちか片方偏ったら、それはただの泥棒だ。絶対にそれはやっちゃいけないことなんだ 」
「《そうゆうことだ》」
下から声が響く。声に驚いた漁師たちがひっくり返る。ベイラー用の窓から連れてこられたセスが顔を出した。ツノが邪魔して不自然な姿勢になる。
「《あの取り決めも、服と食料をもらう見返りに、その船が陸に帰れるように守る。それがセスのやっていたことだ。襲ったあとは必ず守る。それが掟であり、流儀だ》」
「《かっこいいこと言ってるとこ悪いんだけど足蹴にしないでくれないかな!? 》」
「《−−−!! 》」
「《む。すまん。ベイラーがこんなに詰め込まれるとは思わなかった》」
「《わかってて頭を踏んづけてるだグヘェ!? 》」
「《すまん足が滑った》」
船の中は混沌としてるらしく、コウの悲鳴が何度か聞こえてくる。龍石旅団の5人のベイラーのほかに、赤いベイラーまで入っているのだから、狭いのは仕方ないと言えた。
「姫さま。換えのタオルが用意できました」
「ありがとうマイヤ」
「姫?? まさか、あんたが今、ゲレーンから来たっていう」
漁師がその先の言葉を言おうとすると、カリンが漁師の唇に人差し指をあてた。薄眼で漁師を見て、その言葉を遮る。
「しー」
「? 」
「誰でもいいのではなくて? 早く、家族の元に帰って差し上げて」
「は、はい」
「着替えも用意しています。あちらに」
そそくさと移動する漁師たちを尻目に、マイヤが苦言を呈した。
「姫さま。なにも隠すことはないのでは? 」
「お父様にバレたら面倒だもの。いいの」
「なら、隠し方をもう少し考えてくださいませ」
「あら、あれではいけない? 」
「漁師が恋に落ちてしまいます」
「……まさかぁ」
「ひめさまー」
「おわったー」
「ありがとうクオ、リオ。新しくお水を貰いに行きましょうね」
全否定しながら再び水を配りに行くカリンら。件の場面を目撃してしまったサマナがマイヤに問いかける。
「……ねぇ、あの貴族さん、あれ本気で言ってるですかぁ? 」
「海賊にしては察しがいい様子で」
「嫌われたなぁ」
「全部本気でいってますよ。カリン様は昔からああですから」
「あっそ……従者は大変だねぇ。ところで、従者さんは落ちたの? 」
「海賊は今度は医者にかかりたいようで」
「わかった。わかっった。ごめんね!! この話題は今後なし……ロペキスー」
「(この子、こんなオドオドしたような子だったかしら)」
マイヤが海賊の言動に違和感を感じながら、足枷を引きずりながら指揮をするロペキスの元に向かう。一応引きずって見せているだけで、本当は飛び跳ねるくらい、サマナには容易にできるが、捕まっているというアピールも含めてそのままにしてある。
「呼び捨てにするな! なんだ! 」
「やられた船は何隻ー? 」
「なに? 」
「やられた船は何隻だっていってるのー」
「二隻だ! それがどうした」
「なるほど……なるほど」
それだけ聞いて満足すると、体を船から乗り出して、おもむろに海を見始める。最初はぼーっと焦点の合ってない状態でいたが、やがて一点に視点が絞られて行く。それは流れていく船の破片。漂っているようにしか見えないが、サマナには別のものが見ていた。首をふって破片の方向を見定めると、今度は漁師の元に向かう。
「……えっとね、まだ沖に船はいる? 」
「あ、ああ。仲間がもっと沖に」
「はっはーありがとー」
返礼にハグをするサマナ。カリンがそれを見て一瞬ぎょっとするが、漁師も漁師で慣れたようにハグを返した。サーラの、海の上で行われる感謝の印であることを知るのはもう少し先になる。
「さて。ロペキスロペキス」
「連呼するな!今度はなんだ! 」
「ここから西に向かって」
「なんでだ」
「そこにまだこれをやった海賊がいる」
あたりが騒然とする。それはその言葉がどのような意味を持つのかだけではなく、その囚人服の少女が言い切った際の言葉に、なんのゆるぎもなく、ただただ憮然と事実を確信をもって答えていたから。
「なぜわかる」
「海が教えてくれた。今は引き潮で、船が沖に流されやすい」
「潮の流れだけで海賊の行き先がわかるか」
「わかるよ。だってこの船、取れた魚がいないんだ」
「……漁師、そうなのか」
ロペキスが確認をとる。さきほど着替えにいった漁師が戻ってきて伝えた。一度思案するように頭をかくと、記憶が呼び起こされていく。
「そ、そうだ。海藻をぶんどっていったと思えば、こっちがとった魚も全部とって行きやがった! 」
「……やつらも飯を食わなきゃならないってことか。海賊。よくやった」
「よくやったじゃないよ。これをなんとかしなよ」
足枷を見せつけるようにして器用に足を掲げた。
「なんも悪くない人間を、しかも協力している人間に、まだこんな重たいものをつけている気? さすがにそれはちがうんじゃないかなぁ」
「……それを取ってにげる気だろう」
「冗談だよー。それに、えっと、この船を襲った海賊はいい仕事する。とことん壊してとことん奪う。人に怖い思いさせることができるのは海賊としてはいい部類になるんだよ」
「お前らだって海賊だろうが」
「うん。海賊。でも、人だ。海賊には流儀がある。でもそれは人として当たり前の部分を違えたら意味がないんだ。この海賊は、それを破った……海賊は、約束を違えたやつらを決して許さない」
静かに、だが譲らぬ目がそこにあった。必ずこの惨状を生み出した海賊に報いを与えるという決意がある。ロペキスには、その目に見覚えがあった。この国に嫁いできて、強者たちを薙ぎ倒し、曲者たちを説き伏せてきたあの女王を。
「おっかない女ばかりサーラには集まるんだなぁ」
「えっ? 」
「うちの女主人を思い出していたところだ。おい! 外してやれ」
ロペキスの指示にしたがい、足枷が外されて行く。短い間ながら不自由だった足が自由になり、飛び放て具合を確認する。
「でもいっこだけ問題があるんだよ」
「なんだ? 」
「船。こんな遅い船じゃ間に合うかどうか」
「……後ろをみてこい」
「後ろ? 」
言われた通りに、船をぐるりと回って後ろに立つ。そこには、この船に曳航されている、二隻目の船。ドクロの旗と、船首についた刃が鈍く光っている。サマナたちが乗ってきた船が、そこにいた。囚人服姿の海賊たちがようやく気が付いてもらえてうれしいのか、その手を引きちぎれんばかりに振っている、
「仲間も一緒だ……使えるんだろう? 」
「いい仕事するじゃんロペキス!! ぽっと出の船長でもすごいよ!! 」
「ぽっと出とかいうな! 」
「さて……お姫さまー。ちょっといいかなー」
水を配るカリンを呼び止めて、これからのことを話すサマナ。
「あのコウっていうベイラー、空飛べたよね? 逃げた奴らを追うのにちょうどいいや」
「ええ。こんどこそ海賊退治を……あー!!! 」
カリンがその手にもった水を落としながら叫ぶ。器が転がり、水が撒き散らされ、足にかかった。だがそんなことを気にすることなく、カリンが自己嫌悪に陥りながらも状況の打開を試みるため、サマナの肩をつかんで揺らした。
「あなたの船に油はあって? 」
「あ、あぶらぁ? 何に使うのそんなの」
「あるのかどうか聞いているのです!! 」
肩をつかんで揺らすと、サマナの首が人形のようにガクンガクン揺らされる。何度も何度も縦方向に揺らされるのと同時に、横からの波が加わることで、非常に簡単に人間を酔わせる装置が完成した。
「あ、あるから、やめ、気持ち悪い」
「あるのね! よかったぁ」
掴まれた肩が急に離され、体の揺れが治らないためにふらつくサマナ。淵にしがみつくようにして耐えながら、詳細を語る。同時に、サマナの中で、この女の危険度が急上昇していった。
「なんで油なんかいるんだ? 料理でもするのか」
「補給! コウがとぶには油がいるのよ!! 」
いっている意味が何一つわからなかった。サマナの中でカリンの危険度は振り切っていく。だが、同時に、この女なら、協力すれば必ず海賊をぶちのめしてくれるという確信ももてた。
「乗っていって。『レイミール号』って言うんだ」
◆
「《俺も集めてたとは言え、心もとないなぁ》」
「樽半分あっただけでも幸運なんだよ! 海の上で贅沢をいうなんて、これだから森育ちは」
乗り込んだコウの肩に、少々古くなった油が継ぎ足されていく。レイミール号の中は乱雑さの極みで、ベイラーと人間が共用するためというより、ただとりあえず広く作っておいたと言う趣きの倉庫部分に、海賊たちは生活していた。飲んだものも食べたものも放置されている。最低限は掃除しているそうだが、それでも、綺麗だとは言えなかった。
「今はこんなだけど、ねぐらに変えれば元どおりだからいいんだよ。いやーこっちの船は落ち着くー」
「ねぐら、ねぐらね」
カリンが補給されるコウを眺めながら、別れた仲間たちを想う。海賊船の中はベイラーにとってはさらに狭いために、コウ以外のベイラーは乗り込むことができなかった。ここにいるのは、あの時おそってきた三人のベイラーだ。
「その緑色は、センの実なの? 」
「《ああ。これ?……みればわかるよ》」
「? 」
カリンが言う通りにちかよって海賊たちのベイラーをみると。うっすら緑色ではあるが、その表面は
けっして滑らかなものではないとわかった。からだの表面に小さな貝類が何個も付着していた。さらに、その貝の中には、細くちいさな生き物が蠢いてる。その不気味さに、小さい悲鳴があがる
「《ローブキーの卵だ》」
「卵!? 」
「《人の非常食だって。焼くとぱりぱりしてうまいんだとか》」
「食べるの!? 」
「いったでしょー? 海の上じゃ贅沢できないから、ベイラーにも手伝ってもらっている」
ベイラーの肌に非常食を育てさせている。ゲレーンでは考えもしなかった発想に驚きながら、好奇心が刺激されてさらに見回す。
ふと、不自然な点に気がついた。ぐだぐだしている海賊は別として、サマナにはなしかける海賊はすべて左側から話しかけている。わざわざ遠回りしている海賊もいる。だが、些細な違和感だったために、さらに特徴的な違和感に気がついき、すぐま頭の隅にもいなくなった。
「あら。あの赤いベイラーがいないのね」
「今あいつは『漕いで』くれてる」
「漕ぐ? なにを? 」
「《あの外輪、ベイラーが回してたのか! 》」
「白いベイラー、カンがいいんだ。さて」
「あなた、何を……!? 」
サマナが立ち上がると、突如服を脱ぎ捨て始める。まるで邪魔だと言わんばかりに囚人服をぬぎすて、散らかっているゴミと同じように投げ捨てた。一糸まとわぬ姿になった時、始めてカリンがその顔に気がついた。その目には右側に目がなく、左側にある目も、赤く透き通っていた。海賊たちがわざわざ遠回りしてでも左側から話しかけていたのは、右側の視界がないサマナを慮っての行動だったと気がつく。さらには、目の色。
「赤い、目? ベイラーと同じ……」
「……あんま見ないで」
「ご、ごめんなさい」
「さて……と」
一目も気にせず着替えていくサマナ。羞恥心などかけらも見せずに上着を羽織る。それは、サマナの細い体を覆うようなコート。ズボンはを履くも、サイズがあっていないためにその手で一つずつ折っていく。最後に、この船の船長を示す長い羽飾りを髪につけ、右側を覆うように羽を目立たせた。
「……うん。しっくりくる」
「お頭ー! 見えましたぜぇ!! 」
海賊が漁師たちの行っていた船を見つける。
「漁師たちは無事? 」
「海賊にやぁおそわれてないみたいですぜ。むしろこれから俺たちに襲われるって勘違いするんじゃねぇですかねこれ」
「……あなたの読み、外れたわね」
「それならそれでいいよ。襲われた船がなかったってことなんだから」
着替えて心構えのついたサマナにとって肩透かしを食らった形ではあるが、漁師たちの船が無事であるに越したことはなかった。すぐさま仲間の海賊に指示を飛ばす。
「あの船を守ってやるぞ。見返りにたっぷり魚をもらおう。今日の飯は釣ったばかりの魚に決まり!! 」
「お、お頭ぁ!! 」
「こ、今度はどうしたの? 」
「こっちにきて外をみてくださせぇ!! 」
「外? 」
階段を駆け上がり、甲板にでるサマナ。追いかけるようにしてカリンがついていく。そして目にしたものは、この海の上では、そしてこの世界ではありえない光景だった。
「ふ、船が、も、燃えてる……!?」
そこにあったのは、たしかに船の形をしていた。真新しい帆が、まだ航海を始めてすぐであることをわからせた。だが今、船に動力を与える帆は無残にも灰になっている。甲板にいた漁師たちが、その身を守ろうと海に飛び込んでいく。その光景をみて、サマナが叫んだ
「だめだ!! こんな沖じゃぁ、すぐに魚にくわれちまう!! 」
「助けに行きましょう! 」
「そうするしかなさそう。お前らは後からこい! 倉庫ひらけぇ!! 」
サマナが、懐から貝を取り出す。よく見ればそれは穴がいくつか開けられた楽器であることがわかる。カリンも、胸元にさげた、赤い宝石のはめ込まれた笛を取り出す。海賊たちが船長の指示にしたがい。鎖を引き扉を下げていく。同じくして、二人から音階こそ違えども、たしかに彼らを呼ぶ音色が奏でられた。一呼吸で吹き切ると、船の後ろへと歩みをすすめ、そのまま船の縁へと足をかけた。
「怖い? 」
「まさか。信じているもの」
「……私も。だから怖くない」
そして、ふたり同時に船の上から飛び出した。一瞬そらに浮かぶサマナとカリン。しかし、星はふたりを空に送り出したりなどしない。すぐさま落下が始まった。このままであれば海に落ち、魚の餌になるのは明白。だが、そうはならない。
倉庫から躍り出たふたりのベイラー。赤い体をもつベイラーと、白い体をもつベイラーが、自分の乗り手を受け止める。コウはその手のひらで、セスは足を伸ばして乗り手を捕まえる。乗り手たちがベイラーの体を走り、琥珀色のコクピットへとその体を沈めていく。操縦桿を握り、視界と意識の共有が始まる。
「サイクルジェット! 」
「サイクルボード! 」
コウが肩の炎を燃えあがせ、体を浮かす。その力は落下する力を上回り、コウを大空へと羽ばたかせた。セスは、自身よりも大きなボードをこさえ、コウとは逆に、逆らうことなく波に乗って、燃え盛る漁船へと向かう。赤と、白のベイラーが並び立ち、人々を救助せんと海を駆けた。
レイミール号は足漕ぎボートを想像していただければ




